大傑作というのとは違うし、完成度も高いとは思えないんだけど、不思議と読んでしまう。
帯にもあるとおり「手掛かりはたった一つ」だということがわかるシーンでは鳥肌が立ちました。このたった一つの手がかりから、謎と犯人を掘り起こしていく謎解きサスペンスかと思ってしまったのですね。B・S・バリンジャーあたりの。
いやいやまさかこんなにもあっさりと犯人が見つかるとは思ってもみませんでした( ̄□ ̄;) 。えっ、このあとどうやって話を持たせるつもりなの、などと要らぬ心配までしてしまいましたとも。
ところがここからが面白いんです。犯人は見つかったものの、恐喝犯ゆえに被害者は発覚を恐れて非協力的。警察の友人は、証拠がなければ動けないと言う。そこでキャソンは独自に捜査&張り込みを開始するのですが……。
犯人が狡猾というよりも、素人捜査の悲しさで、ことごとく裏をかかれますがそこが映画的でよろしい。証拠集めだったはずの捜査が、いつのまにか心理的ゆさぶり目的に変わってしまっている都合のいいゆるさも欠点にはならない。安手のサスペンス・ドラマみたいな展開なのに、読んでいるあいだじゅうわくわくした。ホームズが引用したシェイクスピアの台詞に「The game is afoot」という有名なのがあるけれど、本書はまさに狩りとしての探偵小説。キャソンは犯罪者コレクターという変人で、その犯人捕縛に対する情熱が全編を覆っている。そこが読ませるのです。
謎解きゲームでもなければ男の生きざま垂れ流しでもない、犯人を追いかけ追いつめるという(ある意味)もっとも純粋な形のミステリ小説でした。
瀬戸川氏曰くの「イギリス的」なラストもよい。
風変わりな趣味の主キャソン・デューカーは、ある夜の見聞をきっかけに謎の男バゴットを追い始める。変装としか思えない眼鏡と黒髪を除けばおよそ特徴に欠けるその男を、ロンドンの人波から捜し出す手掛かりはたった一つ。容疑者の絞り込み、特定、そして接近と駒を進めるキャソンの行く手に不測の事態が立ちはだかって……。全編に漲る緊迫感と深い余韻で名を馳せた、伝説の逸品。(裏表紙あらすじより)
『The Hammersmith Maggot』William Mole,1955年。
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