『レベル3 異色作家短篇集13』ジャック・フィニイ/福島正実訳(早川書房)★★★★☆

 ほとんどすべての作品で、同じようなアイデアが核になっているんだけれど、そんなの全然気にならない。ノスタルジー、ロマンス、ユーモア、優しさ、温かさ。肯定的なことばかりの小説があったっていい。『The Third Level』Jack Finney,1957年。

「レベル3」(The Third Level)★★★★★
 ――ニューヨーク・セントラル鉄道の社長や、ニューヨーク=ニューヘイヴン=ハートフォド鉄道の社長ならば、山と積んだ時間表にかけて、地下は二階しかないと断言するにちがいない。しかし、ぼくにいわせれば三階だ。なぜかなら、ぼく自身が、グランド・セントラル駅で、地下三階に行ってきたからである。

 わざと誤訳したような「レベル3」という邦題と、恩田陸も指摘している冒頭のすばらしさのおかげで、本書中でももっとも記憶に残る作品。内容は過去への憧憬という、どこを切ってもフィニイ節。もしかするとフィニイは、ヘタなSFオンリーの作家よりも、多彩なタイムトラベル方法を描いた作家なんじゃないだろうか。
 

「おかしな隣人」(Such Interesting Neibors)★★★★★
 ――正直なはなし、ヘレンベック夫妻に、どこかおかしなところがあると、最初から思っていたとはいえない。たしかに、ちょっと変わっていることには二つ三つ気づいたものの、すぐに頭から振り払ってしまった。

 もしもタイム・マシンが発明されたら――。それを理論面から描いたのが筒井康隆タイム・マシン」やディック「おせっかいやき」だとするならば、感情面から描いたのが本篇ということになろうか。人類の終わりを描きながらもなぜかノスタルジック、かつ怪しい隣人ものとしてとぼけた味わいがある。
 

「こわい」(I'm Scared)★★★☆☆
 ――去年、ある晩のこと、家へ戻ってからラジオをつけた。メジャー・バウズの声が聞こえてくる。「さておつぎは――」そこでラジオがぷつんと切れた。メジャー・バウズがとっくに死んでいたことを思い出したのは、しばらく経ってからだった。

 フィニイお得意の理屈によらない感傷的なタイムトラベルを、サスペンス風に料理しようとしているんだろうけれど、それだけにあんまり「こわい」とは感じられない。せいぜい「ふしぎ」な話であるし、むしろそれこそがフィニイの魅力だと思う。
 

「失踪人名簿」(Of Missing Persons)★★★★☆
 ――普通の旅行案内所へいくような顔をして入っていくんです。ありふれた質問を二、三しなさい。旅行の計画とか、休暇の過ごし方とか。ただし、せいてはいけませんよ。彼の方からいわせるんです。何もいわれなければ、あきらめたほうがよろしい。

 さすがにタイムトラベルばかりじゃあとフィニイも思ったのかどうか、でもやっぱり中身は“現在からの脱出”という、フィニイ印なのでした。ただしここまで熱烈に脱出に焦がれている登場人物というのは、フィニイ作品のなかでもめずらしいかも。何となく現実に違和感を感じている、という人物が多いものね。積極的に脱出を試みる主人公だからこそ、偶然の作用するタイムトラベルというアイデアは使えなかったのか、タイムトラベルを採用しなかったからこそ、こういう主人公ができあがったのか。
 

「雲のなかにいるもの」(Something in a Cloud)★★★☆☆
 ――チャーリイは目立たない小男だった。ボックスに入り電話をかけた。ベルはとあるビルの四階で鳴った。聞こえてきたのは、グレタ・ガルボキム・ノヴァクかという得も言われぬ声であった。途端にチャーリイの頭上に雲がわき上がり、目も覚めるような美人が横たわった。

 現在からの逃避を、雲の中の妄想という漫画的で直接的な手法で描いた作品。ところがこれがフィニイにはめずらしいことに、最終的には現実を肯定して終わる。漫画的な手法があまり成功していないのが残念。
 

「潮時」(There is a Tide...)★★★☆☆
 ――ぼくは自分のアパートの居間で、ただ一人、朝の三時から四時のあいだに、その幽霊を見たのである。その幽霊が、良心とたたかっているような感じだったので、それが半生後のぼく自身の幽霊なのではないかという気がしてきた。ぼくは、同僚を陥れる決心をしかねている最中だったのだ。

 フィニイ流タイムトラベルを謎解き風にからめた好篇。一人の死が、別の一人の人生を変える、というのは当然の話で、人の命はそれだけの重さがある。しかしだからこそ、主人公は結局罪の意識にさいなまれながら生きていかなければならないのではないだろうか? ファンタジー風の殻はまとっているものの、やはり人を殺したのだから。過去を殺すよりも、同僚を陥れる方が気がかりだったのかな? ファンタジー風でちょっといい話風をまとった恐ろしい話。
 

「ニュースの陰に」(Behind the News)★★★☆☆
 ――ジョニイはタイプにむかって『警察署長、ズボンを失うなり』と打った。ところがその記事が、一面に掲載されてしまったのである。このまま西部で人生をやりなおそうかと真剣に思ったほどだった。そのとき使いの少年がやってきて、署長が犬にズボンを破かれたと教えてくれた。

 隕石を溶かした活字を使うと記事の内容が実現する、などという、相変わらずむちゃくちゃな設定(^^;。現実を操作することの恐ろしさを、作中人物が指摘しているけれど、作品自体からは受けるのは暢気でのんびりとした印象。フィニイのユーモアがもっとも出ている一篇だと思う。
 

「世界最初のパイロット」(Quit Zoomin' Those Hands Through the Air)★★★★★
 ――あの夜、少佐殿はペンシルバニア通りを馬に揺られて歩いておった。少佐の発明を使えば、九十年のちの世界に行けるから、今夜、戦争に勝つんだそうだ。わしは「イエスサァ」と答えた。将校というやつはたいていいかれとる。

 タイムマシンを発明し、意図的にタイムトラベルをして、歴史に影響を与える――タイムトラベルものらしいタイムトラベルもの。完璧に思えた計画が不慮の事故で……という展開から、“語る理由”まで、ショート・ストーリーのお手本のような作品。
 

「青春を少々」(A Dash of Spring)★★★★☆
 ――ラルフ・シュルツは雑誌の最新号を読み始めた。「バスにはほかにも空席があった。だがその席の隣には、美しい若い女が座っていた――」おれだって毎日バスに乗る。こういう女の子に会ったとする。で? おれは背が低く、おまけに眼鏡をかけている。

 「雲のなかにいるもの」と同じく、妄想から広がる恋愛譚。おしゃれなラストと爆笑ものの伏線が忘れがたい。ある意味『電車男』っぽいかもしれない。「雲のなか〜」もそうだったけど、描かれる美男美女がステレオタイプな“美男美女”すぎて、魅力がまったく感じられないのがおかしい(^^)。
 

「第二のチャンス」(Second Chance)★★★★☆
 ――ぼくは五七年式の最新型の新車を持つよりも、このジョーダン・プレイボーイのような中古車を持つ方が嬉しかった。その日ぼくにはデートがあった。時間がないので作業着のまま車に乗り込むと、いつの間にか周りは旧型車ばかりになっていた。

 SFとして見るならばあまりにも無邪気な作品。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を小粒にしたような。しかしそれも読み終えたからこそわかることで、読んでいる最中はどういう展開になるのかわからずにけっこうはらはらした。タイムトラベルこそ例のように例のごとくなんだけど。
 

「死人のポケットの中には」(Contents of the Dead Man's Pocket)★★★★★
 ――ここは暑いな……。暑い。地獄――罪の意識。トム・ベネクは窓を開けた。仕方がない、仕事があるのだ。妻を一人で映画に行かせ、ドアをばたんと閉めると、仕事のメモが風でひらひらと舞い、窓の方へ動いてゆく。

 初めて読んだのは北村薫編『謎のギャラリー 特別室』収録の「死者のポケットの中には」でした。『37の短篇』とは違い当時でも本書は入手可能だったものの、手を出しづらい価格ではあったので大助かりの書籍でした。本書をまとめて読んでみると、やはり本篇の完成度が高い。『37の短篇』や『謎ギャラ』に選ばれた理由はそれだけではなくて、フィニイにしてはミステリ味がある方だからなのだろうけど。わかってても心臓に悪い。
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