『人間狩り ダーク・ファンタジー・コレクション1』フィリップ・K・ディック/仁賀克雄訳(論創社)★★★★★

 100%のエンターテインメント作家だったんだねえ。ゴリゴリに面白い。アンハッピーな話ばっかりなので、結末がわかってしまうのが玉に瑕だが。『Second Variety』Philip K. Dick。

「パパふたり」(The Father-Thing)★★★★★
 ――パパはガレージにいて、自分としゃべっていた。だけど夕食にやってきたのはほかのやつ、パパによく似た別の方だった。

 『20世紀SF』「父さんもどき」で初めて読んだ。邦題も「父さんもどき」の方がいい。子どもの想像力とか勘のよさとか不安や違和感を描いた名作というのは、あらゆるジャンルに存在するし、SFやファンタジーにもいくつかあるけれど、ここまでガチガチのSFというのは意外と少ないかも。なんのてらいも小細工もなく宇宙人や異生物を描ききっているのが爽快。宇宙人はみんな悪い奴で、人類は尊厳をかけて戦うのだ。
 

「ハンギング・ストレンジャー(The Hanging Stranger)★★★★☆
 ――エド・ロイスは車に乗り、自分の店に向かった。公園の街灯に何かが吊り下がっていた。その黒い包みに近づいてみると、思わず唾を飲んだ。それは人間の死体だった。

 街灯から死体がぶら下がっているのに、誰も気にしない。みんなどうかしてしまったのか、それとも自分がどうかしてしまったのか――と、まあ、解説にも書かれてあるけど、早くも本書の冒頭二篇で、よくいえば主要テーマの変奏、悪く言えばワンパターンが明らかになります。しかしこの手の侵略・人体乗っ取りSFってアメリカならではのパターンという気がするのだが。しかも精神を乗っ取るのではなく人体をまるごとコピーってのが不経済きわまりない(^^;。考えてみれば、例えば吸血鬼に咬まれると吸血鬼になる、なんていうのもいいかげんな話で、そういう意味の“いい加減さ”が我慢できない人だったんでしょうねえ。
 

爬行動物」(The Crawlers)★★★☆☆
 ――彼は巣を作っていた。分泌液をにじみ出し弱いところを補強した。その農民はブレーキを軋ませてトラックを止めた。そいつは見事に潰れていた。ぎょっとしたのはその顔だった。しばらくはそれを正視できなかった。

 アヴラム・デイヴィッドスン「尾をつながれた王族」やリチャード・マシスン「男と女から生まれたもの」なんかも連想させる“得体の知れないもの”の話なんだけど、得体が知れないままにしておいて不気味さを増幅させるのではなく、説明しちゃうところがディックです。表と裏が逆転するオチなんかも。愛情と憎悪というのを描いて胸が悪くなる作品ではある。
 

「よいカモ」(Fair Game)★★★★☆
 ――ダグラスは椅子から上半身を起こした。恐怖の表情で窓を見つめていた。窓にひとつの巨大な眼があった。部屋を意味ありげに見回している。その後もその眼は現れて、ダグラスだけを見つめていた。

 これは「よいカモ」と訳してよいのだろうか。「狩りの獲物」として追われる人間を描いたサスペンスだと思ったら、実は「よいカモ」のお話でした、というオチではないのかな。「眼」というのがイメージがわかない。目の表情(?)が読みとれるらしいところからすると、目玉ではなく瞼つきの眼のようではあるが。作中でいろいろ理屈が述べられているけれど、それよりもディックは逃げるとか戦うとかいうサスペンスがうまい。こういうバカバカしい(誉め言葉)お話を、ここまで緊迫感のある作品にしてしまうのだからすごい。
 

「おせっかいやき」(Meddler)★★★★★
 ――未来を探るのは法律で禁じられている。だがもう手遅れだった。秘密裡に訪問した百年後の世界は平和な世の中だった。だが同じ百年後を再訪問してみると、すっかり変わっていた。慌ててもう一度調査機を派遣すると、さらに悪い方に変わっていた。

 タイトルといいラストといい、いかにも“オチのある話”なのだが、内容や文章自体は例のごとくいたってシリアス。こういうタイムパラドックスはいやですねえ。底意地が悪い。オチとは別に作中で描かれているのはヒッチコック『鳥』のような単純な怖さなのだが、それだけに怖い。
 

「ナニー」(Nanny)★★★☆☆
 ――ナニーがいなければとてもやっていけなかっただろう。子供たちもナニーが大好きだった。だが最近ナニーは夜中にこっそり裏庭に出ていた。何をしているのだろう。もういちど修理にだすべきだろうか。

 ケータイやパソコンやゲームなんて、まんまとこれに乗せられてます。実際問題そこまで頻繁にアップデートする必然性なんてほとんどないんだけれど、そうしないと使えなくなるんだから仕方ない。仕方がないと思いつつ当たり前になってしまっているのがいやだ。
 

「偽物」(Imposter)★★★★★
 ――オルハムは困惑した。ネルスンたちが銃を突きつけたのだ。「外宇宙のスパイとして、君を逮捕する」二日前、外宇宙船が地球に侵入した。乗っていた人間型ロボットがある人間を殺して、その男に化けた。ロボットには爆弾がしかけられている。そしてロボットの化けたのがオルハムだというのだ。

 最後がわかりづらい。この訳文では「アルファ・ケンタウリ」で爆発が起こったことになっちゃわないかい。「もしもこれが……」というキーワードも間が抜けているというか、切れ味が悪い。もっと普通に言いそうな言葉じゃないとねえ(これは訳のせいではなく原作のせい?)。自分が何者かのか誰にもわかってもらえない、という恐怖とサスペンスこそ一級品だけど、ラスト三行がいまいち。※福島正実訳で確かめたら、最後の台詞は「オルハム〜」ではなく「ぼく〜」になっていたな。それならわかる。
 

「火星探検班」(Survey Team)★★★☆☆
 ――彼らは火星から戻ってきた観測用ロケットを点検した。火星が最後の頼みの綱だった。金星には溶岩と蒸気しかない。だめなら、人類はおしまいだ。

 可もなく不可もなくといったところかなぁ。例えばほかの人ならもっと地球に対する憧憬を描き込んだり、オチを重視したショート・ショート風にしたり、風刺を強めたりするんだろうけど、本篇はあくまで探検の様子がメインというか、ある状況下におかれた人々の話なのです。
 

「サーヴィス訪問」(Service Call)★★★★☆
 ――ベルに答えてドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。「今晩は。ご連絡いただいた修理マンです。スウィブルを調整しにまいりました」スウィブルとは何だ? 書類を見た。エレクトリック・サーヴィス。設立1963年。スウィブルは、まだ発明されていなかった。

 典型的なディストピアもの。機械に管理されるという設定も定番である。ところがサーヴィス訪問というアイデアがいっぷう変わっている。ディックはこんなふうにギャグじみた設定をわりとよく使うのだが、相変わらず文章自体にはユーモアのかけらもないからスリリングに楽しめる。もちろん笑ってもよいが。
 

「展示品」(Exhibit Piece)★★★★★
 ――二十世紀の古風なスーツを着たミラーを見て、フレミングは眉をひそめた。「きみが二十世紀の展示品に対して仕事熱心なのは認めるが……」ミラーはそれを無視して、展示品のなかへともぐりこんだ。

 ユーモアと作風がミスマッチな作品が多いなか、これはユーモアが見事に決まった作品。なにもこんなにお洒落な追いつめ方しなくても(^^;。
 

「人間狩り」(Second Variety)★★★★★
 ――鋭く尖った鉤爪が球体から飛び出し、渦のように回転してロシア兵を襲った。米兵器クロウにやられたロシア兵の手には、和平を申し出るメモが残されていた。最近クロウの数が増えているのが気にかかる。ヘンドリックスは自らロシア軍基地に向かった。

 これはどう考えても直訳「変種第二号」の方がいい。初めに出版した集英社編集者のセンスなのかな。ほかの作品同様、結末は見え見えではある。でもわかっていてもハラハラドキドキさせるのが、やはりうまい。殺人兵器が自ら変種を作り出したなんていう無茶苦茶な話を、これだけシリアスな物語にできちゃうってのは何なんだろう。最初の一ページ目からすぐに、そういう世界の話なんだ、ってのを納得させちゃうものね。殺人兵器がうじゃうじゃ湧いてくるシーンの不気味さと戦慄、誰が機械なのかというサスペンス、孤立した部隊によるサバイバル……どれを取っても文句なしの一級品。
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人間狩り
フィリップ・K.ディック著 / 仁賀克雄訳
論創社 (2006.8)
ISBN : 484600760X
価格 : ¥2,100
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