『S-Fマガジン』2007年04月号(612号)【「ベストSF2006」上位作家競作】★★★★★

 SFが読みたい!2007』アンケート上位作家特集。さすがにみんな安定している。表紙イラストは佳嶋。デジタルビアズリーみたいな、ポップと頽廃の組み合わせがおしゃれ。椎名誠の新連載も始まった。

「蜜柑 『空の園丁(仮)』第二部冒頭より」飛浩隆/森山由海イラスト★★★★☆
 ――〈青野〉市の梅雨明けは、ふつう夏休みのまぎわになる。小野寺秋は、あの人の部屋に行くのならきょうにしようかと考えている。最初に見たのは去年の暮れだった。白い顔と赤い口、黒い睫毛が印象的だった。チョコレートをくれた。

 長篇の一部分なので本来なら評価のしようがないのだけれど。実際、いかに筆力のある著者とはいえ、本篇だけ読んだかぎりでは「苦痛の集積」のものすごさが、取ってつけたような感じで伝わってこない。思春期の甘酸っぱ〜さみたいなものを、そのまま後ろ暗さ/後ろめたさにシフトする手際がめちゃくちゃうまい。それもちゃんとSF的に。森山由海のイラスト(?)が想像力を喚起する。
 

「迷える巡礼」ジーン・ウルフ柳下毅一郎訳/田中光イラスト(The Lost Pilgrim,Gene Wolfe,2002)★★★★★
 ――自分自身の時代を離れる前、わたしは日記をつけようと決めた。なにかの探検隊に加わるために送り出されたはずだったが、到着してしばらくすると、なぜここにいるのかわからなくなっていた。女たちが浜辺を歩いていた。鎧を着ている。船には男たちがいた。

 神話をSF的に語り直すという点ではパロディであり、実際そういう楽しみがたくさんあって、そこここでニヤニヤ笑った。クローンとか六本腕とかね。一方で語り手の本来の目的だった探検隊の方も、まあ宗教がらみというのがジーン・ウルフらしいと言える。最後の一言にもちゃんと伏線があるところも。ただ気になるのは、欧米の読者はこのタイトルを見てどう思うんだろう? 先月号の予告では仮題が「The Lost Pilgrim」て原題そのままになっていたんだけど、日本語で「ピルグリム」といったら普通名詞というよりアレ以外は連想しようのない固有名詞に近いんじゃないかと思う。だから読む前から本来の目的の方は見当がついちゃったんだよね。(というかソノ話だと思ってた)。田中光にしてはわりとイラストっぽいイラスト。
 

「七パーセントのテンムー」山本弘★★★★☆
 ――「ねえ、聞いてよセンセイ、俺、テンムーなんだってさ」瞬と同棲しだして八か月ほどになる。そういえば思い当たるふしがいくつかあった。I因子欠落者は、自意識を持たないという噂がささやかれていた。

 最近(?)話題のトピックが、流行りものに乗っかっただけのものではなく、ちゃんと一個のSFとして仕立て上げられています。そのうえ現代社会批判にもなっていて。テンムー(ゾンビ)っぽい行動を取る人、という風刺の部分と、テンムー(I因子欠落者)、というSF部分は、別物であるはずなのです。いかに作中で頭の固い人批判をしているとはいっても、このラストはあまりに頭が柔らかすぎるなあ(^^;。
 

「千歳の坂も」小川一水★★☆☆☆
 ――安瀬眉子、八十九歳。調査票通りだ。非難されるところなどない。不老不死を拒んでいなければ。平均寿命が百二十歳を越えたころ、年金も医療保険も廃止され、国民健康維持法が施行された。日本国民は健康であろうとしなければならない。

 安っぽいなあ。最後はギャグだし。笑った方がいいのか、それとも作者は真面目なのかが判断つかない。主体性のない語り手といい、生と死という問題を著者は扱いかねている感じ。シリアスにもなれない、ユーモアも描けない。
 

「ローグ・ファーム」チャールズ・ストロス/金子浩訳Rogue Farm,Charles Stross,2003)★★★★☆
 ――ファームは農場のまえの道に居座って異音を発していた。大きさは中くらい、たぶん五、六人が組み込まれているだろう。「脳をください。木星に行きます」今世紀初頭、ゲノムをアップデートして光合成で自給自足を始める人間が現れ始めた。

 こういう啓発系というか開眼系の作品は好きじゃないのです。作中で肯定しているわけではないんだけれど、そういう弱い人間自体が我慢ならない。ただ、そういう感想を持つのも、わたしが人間側に立って読んでいるからであって、ファーム側から見れば理不尽に排除されているだけなんだろうけれども。どちらも“人間”だという点で、究極の異星人との非理解SFである。ただどちらにしても、マディの場合に関して言えば、思想的にどうこうではなく、逃げだよね。やっぱりそこが好きになれない。『アリス』の芋虫みたいな犬のキャラがサイコーです(^^)。
 

「大使の孤独」林譲治★★★★☆
 ――胸をバール刺されたペロシの死体、そして人間型ロボット=大使の姿があった。デイノーには人間のほかにもう一組の知性体がいる。それが大使だ。五年前、人類は異星人とのファーストコンタクトに成功した。意思疎通のためのモデルがデイノーである。ロボットは大使が外界と接触するためのものだ。事故、と思われた。

 事故か、他殺か。典型的な本格ミステリ的設定。人間とのコミュニケーションが取れない、人間とはまったく思想・文化・生命観が違う異星人に、人間に対する殺意というもの自体存在するのか。SFとしてもミステリとしてもなかなかよい。ただ最後がねぇ……。別にうまくまとめなくってもよかったのに。イラストの長谷川正治は宇宙船とか描かせるとよいのだけれど、人間はエラいことになってるぞ……。

 【「ベストSF2006」上位作家競作】はここまで
 

「My Favorite SF」(第16回)石黒達昌
 星新一「ひとつの装置」(『妖精配給会社』より)。2006年08月号「この世の終わりは一体どのような形になるのだろうか?」が面白かったので気になっていたのだが、けっこうベテランさんだったんだ。ただ、本職が医師ということで作品数は少ないみたい。手に入るのもJコレクション『冬至草』くらいだ。

「おまかせ!レスキュー」106 横山えいじ
 

「乱視読者のSF短篇講義」若島正(第4回 レイ・ブラッドベリ「イラ」)
 ポオとホーソーンの影響というのが面白かった。
 

笑う犬椎名誠椎名誠ニュートラル・コーナー》
 この人はこういう引き出しをほんといくらでも持っているんだろうな(^^)。「人間のいとなみ」というキーワードで葬式の話から排便の話に移ってしまう強引さ! これを強引だと気づかせないところがシーナ節。
 

「Cutting the World」中川悠京《SF Magazine Gallary 第16回》
 「夜を切り裂く」というのは絵にしてあるのに、仕方ないとはいえ「矛盾と楽観」の方はごまかしているのが残念。わりとマンガチックな絵です。
 

「『蟲師』誌上先行公開」

「『老人と宇宙』刊行」
 

「MEDIA SHOW CASE」矢吹武・小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・編集部
◆いよいよ『パフューム ある人殺しの物語』が公開です。『デジャヴ』はあらすじ読んだだけじゃよく理解できないので映画で確認してみたい。

◆編集部紹介の『capsule』、SF度やらジブリのアニメやらよさそうだったんだが、試聴してみるとダンス色が強すぎてまったく好みではなかった。
 

「SF BOOK SCOPE」千街晶之長山靖生・他
風野春樹氏が岸本佐知子『ねにもつタイプ』を紹介してました。

◆林哲矢氏は、レム『大失敗』、若島正編『狼の一族 異色作家短篇集』、ハミルトン『鉄の神経お許しを 他全短編 キャプテン・フューチャー全集』、オールディス『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッドなど、話題作が目白押し。いま書いていて気づいたんだが、カタカナ英語にしては「ザ・ヘッド」とちゃんと「ザ」を落とさずに書かれてあるのって珍しいような気がする。最近はこうなのかな。

◆がーん(゚д゚lll)。石堂藍氏は降板か。まあファンタジーだからもともと好みに合うのは少なかったんだが。ジェフリー・フォード『記憶の書』はファンタジーか。まあそうか。「迫力や小説の密度が前作に劣る」というのは残念。

笹川吉晴氏が、クイン『グランダンの怪奇事件簿 ダーク・ファンタジー・コレクション』、レジナルド・ヒル異人館を紹介。未チェックだった作品のなかでは、ゴールデン『闇に棲む少女』が気になる。ランダムハウス講談社だから、単なるホラーではない気がするんだよね。

千街晶之氏紹介は、北山猛邦『少年検閲官』。最近の本格ミステリ系の作家って、小説としてだけではなくミステリとしての構成すらも接ぎ木したような作家が増えている。はたして著者はどうなのか、気になるところ。

牧眞司氏紹介はジャスパー・フォード文学刑事サーズデイ・ネクスト3 だれがゴドーを殺したの?』。これねえ。けっこう紹介されてはいるんだけど、キワモノ的な設定とヴィレッジブックスというブランドの合わせ技のせいで購入に踏み切れない。

長山靖生氏は東雅夫クトゥルー神話事典 第三版』を紹介。「好きだなあ」の一言に大爆笑(^^)。クトゥルーは大の苦手なんだが、欧米の作品を読むのに聖書や神話の知識が不可欠なのと同様、ホラーや幻想小説の読者には必須だろうなあと思い、取りあえず購入だけはしてみた。入門編みたいになればいいという希望も込めて。
 

「小角の城」(第10回)夢枕獏

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第27回)田中啓文

「SFまで100000光年 44 真トゲアリ本トゲナシ」水玉螢之丞
 「真イカ」の「真」ってなによ? 「本マグロ」の「本」ってなによ?っていう話。
 

大森望のSF観光局」04 ミステリ史の中のSF史
 iTunes Storeで売ってるSFラジオドラマの話から、小鷹信光『私のハードボイルド』の話へ。双葉十三郎といえばいみじくも、『ミステリマガジン』今月号の特集、チャンドラー『大いなる眠り』の翻訳者でもある。
 

「デッド・フューチャーRemix」(第60回)永瀬唯【第11章 きみの血を 第7滴】
 今回はエリック・フランク・ラッセル『超生命ヴァイトン』。冒頭で長々と今までのおさらいをしているのは、「吸血」=「生命力の収奪」という前フリでした。だから厳密に言うと『超生命ヴァイトン』は吸血鬼ものではない。
 

「SF BOOK SCENE」金子浩
 ケリー・リンク&ギャビン・J・グラント編、エレン・ダトロウ編『ファンタジー&ホラー年間傑作選第十九集』にたっぷり筆が割かれています。こういうの、ミステリみたいに毎年邦訳してくれないのかな。当たり外れを考えると、原書で読むのはしんどい。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2006.9/10〜2006.11/12》川口晃太朗
 今回はそれほど面白そうなのはなかった。
 

「SF挿絵画家の系譜」(連載13 中島靖侃大橋博之
 『S-Fマガジン』創刊号の表紙を飾った画家さんである。
 

「サはサイエンスのサ」146 鹿野司
 前回に引き続き法律の話。検察は自信のない事件を起訴しない→無罪の人を起訴=人権侵害→マスコミは起訴=犯人扱いする→有罪率を下げるわけにはいかない、だってさ。ギャグではないのですよ。筒井康隆の小説ではないのですよ。

「家・街・人の科学技術 04」米田裕
 今回は電池について。

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
◆「中国は宇宙の覇者となるのか」金子隆一……「サはサイエンスのサ」に引き続き、ギャグではないのですよ。テラフォーミングの勉強会だと称して、地球を捨てるのはけしからんなどと血迷ったことを言いだす方々がこの国のトップなのです。

◆「ねつ造問題を批判する資格」香山リカ……そうか批判されているのか。わたしは怒るというより呆れる感じだったんだが。なんでこんなバレバレのことするかね〜とかって。どう考えてもあり得ないことを鵜呑みにする人たちの方がキモチワルかったし。でも世間的には怒りなわけね。
 

タイムパラドックス・クライシス」八川克也《リーダーズ・ストーリイ》

「近代日本奇想小説史」(第57回 PR未来小説の登場)横田順彌
 PR小説なんていうとつまらなさそうだけど、三越のPR小説はこれがけっこう笑えるのである。ひとえに濱田四郎のセンスのおかげだろう。
 

「私家版20世紀文化選録」100(最終回) 伊藤卓
 映画『アラバマ物語』、漫画『夏のロケット』。最終回である。いきなりだなと思ったら、ちょうど100回だったのだ。

「天川の辻」(霊峰の門 第九話)谷甲州
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