帯に「精神力に自信のない方は読むと危険です!」だなんて書かれているから、どんなオソロシイ話が収められているのかと思ったら、これまでの短篇集のなかで一番笑える。
「経理課長の放送」★★★★★
――って言ったって素人なんだから無理でね。せめて正午までで勘、え、もうマイク入ってるんですか。え。あ、あの失礼いたしました。えと、あのIBC、無限放送、あのラジオ無限です。
おたおたあたふたするラジオ実況中継文体には大爆笑間違いなしだが、「精神力に自信のない」中間管理職にとっては笑い事じゃないのかもしれないなあ。
「悪魔の契約」★★★☆☆
――悪魔と取り引きしたい。利七は本気でそう願っていた。「おお。悪魔よ出てこい」突然キナ臭い煙が立って、西日の中に悪魔が立っていた。「呼んだろ」「ああ、呼んだ」「契約か」「そうだ」
掟破りなラスト。というか初めと終わりだけであいだがない。小説自体が掟破り。四ページ強しかないのに、最初の二ページを利七のコンプレックス描写にこってり使って、肝心の悪魔が出てきてから残り二ページは駆け足(^^;。
「夜を走る」★★★★☆
――テレビ局の前で乗せた女の客や。えげつないグラマーやさかい、わいのきんたま爆発寸前やがな。「新大阪駅」低い声でそないいよったけど、わいが黙っとったもんやさかい、気むずかしい運転手や思いよったんやろか、全然話しかけてきよらへんねん。
ハードボイルドみたいなタイトルを裏切る(いやタイトル通り?)、妄想アル中タクシー・ドライバーの一人語り。アル中ってのはちょっとずるいな、と思うけど、アクの強い客にはアクの強い運転手ということで。面白さ倍増。
「竹取物語」★★★★☆
――月の植民地に叛乱が起きた。それから百二十年間、地球と月は国交断絶状態にあった。だが月の資源は乏しい。おれは月よりの使者として地球に出発することになった。おれほどの適任者はほかにいない。
非常にSF的というか、ごくあっさり書かれているくせに、われわれが常識だと思っているものを覆してしまった破壊力がある。こういうのをあっさり書いちゃうから天才なのです。
「腸はどこへいった」★★★★★
――英単語を覚えるのに一番いい場所を知っているか。便所だ。おれは英語の成績がいい。便器の上にしゃがんで単語を暗記するからである。単語を覚えるのに夢中で気づかなかったのだが、ふと気づくと何日もぜんぜん大便が出ていないのである。
誰が見てもホラとわかるホラ話を、楽しくノーテンキに聞かせてくれるホラ吹きって、実は意外なほど少ないと思う。くっだらねえ(^^;。そこが好き。
「メンズ・マガジン一九九七」★★★☆☆
――スタジオから悲鳴が聞こえた。モデルが素っ裸で走り出てきた。肛門からサナダムシを引きずっている。締め切りが近いというのに撮影を中止して病院行きだ。と思うとレディ連合の委員とかいう女たちが、編集長に会わせろとやってきた。
女性の権力が強くなって、男性が女性を敬遠し始めた架空の(?)世界の男性誌の編集部。というのは取りあえずの設定で、あとはもう奇人変人祭りである。かろうじて、記事にさえなりゃあ何でもいい、的な編集長にケーハクマスコミらしさが感じられるくらい。
「革命のふたつの夜」★★☆☆☆
――一時間ばかり聞こえていたシュプレヒコールが高まり、怒号と叫喚に変わった。村田が窓を閉めたとき、玄関のブザーがなった。村田の心理学のゼミに出席していた畑野満子という学生が、ポーチに倒れていた。迷惑だ、と思った。
ゲームブックみたい。ゲームだったんだろうな。自分で何かを変えようとはせずに、大人を変えさせることで何かを変えようとした人たち。
「巷談アポロ芸者」★★★★★
――アポロ11号の打ち上げが近づいてくるにつれ、SF作家一文字重蔵の周囲は騒然としてきた。最初はPテレビから出演以来があった。その後あちこちから電話がかかり、テレビやラジオのかけもちで当日のスケジュールがぎっしりになってしまった。
後半のスラップスティックがたまらない。本書にはこういう、理屈を越えたノンストップ喜劇がたくさん収録されているから笑い通しだった。これまで筒井の笑い作品ベストは「傾いた世界」だったんだけど、本篇もそれと拮抗してます。
「露出狂文明」★★★☆☆
――私は電話という機械が大嫌いだ。特に、かかってくる時が嫌いだ。だから、妻が顔テレを買いたいと言いだした時は、もちろん反対した。
一部の人間に見られる、あの自己顕示って何なのだろう。おしゃれを自慢したいとかならともかく、えっ(゚Д゚;)むしろ隠れろよ、みたいなヤツね。お役所仕事のパロディから、気づけば女(というか主婦)強しという話に。でもこういう顔テレ依存社会って、テレビ電話ではなく、ケータイやネットで実現してしまいましたね。。。
「人類よさらば」★★★★★
――最後の水爆戦が始まる直前、地球の大気圏外へ逃げ出した宇宙船が一隻だけあった。船には、二人の男が乗っていた。「バカバカしい。たった二人だけで金星へ逃げたところでどうなるんだ」
新発掘短篇。各短篇集に一作ずつ入っている新発掘作品が、どれもショート・ショートのお手本のような話なので新鮮。筒井というとアクの強いイメージがあるけれど、こういうさり気ない作品ばかりで一冊編んでくれても面白いかも。
「旗色不鮮明」★★★★☆
――「助駒市政に発言する文化の会」というところから封書が届いた。深く考えもせずに「賛」に丸をし、「否」の字を消して投函した。一ヶ月以上経ったころ機関誌が送られてきた。「しまった。斜会党の支持団体だ」おれは特定の政党に味方することを厳に戒めているのである。
一見ノーテンキ(?)ドタバタが多い本書のなかで、珍しくわりと政治・社会色の強いドタバタ劇。あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず。行き当たりばったりにその場をしのぐ、典型的なドタバタ喜劇。どんどんことが大げさにエスカレートしてくるところだけは小説でしか味わえない。ドラマとか舞台とかでこの最後の大混乱を実現してもつまらないだろうなあ。
「ウィークエンド・シャッフル」★★★★★
――「茂がいないわ」「気をつけとかなきゃだめじゃないか。まだ五歳なんだぞ。捜してくる」章が捜しに出ていくと、電話が鳴った。「斑猫さんかい。あんたの子供を預かってるんだ」
落語的というかミステリ的というか、とにかくうまくできた話。次から次へと舞い込むエピソードをすべて収斂してしまう手際には舌を巻くしかない。冒頭からして巧いよね。「南無妙法蓮華経も聞こえないしな」「あの猛烈な嗽の音も聞こえないし」「〜も聞こえないし」「〜も聞こえないし」と繰り返しておいて最後に落とす古典的なテクニックが冴えてます。
「タイム・マシン」★★★★☆
――ソビエト・ニュース三日発。国立次元科学研究所によると、同研究所はタイム・マシンの根本原理を発見し、五年以内に実験を成功させるとの声明を発表した。ワシントン五日発。ソ連の研究者のやり方ではタイム・マシンは永久に不可能である。だが何はともあれ同国の遅々とした歩みが一歩前進したことを祝福する。
タイム・マシンの発明が可能だったとしたら――という世界を、あくまで論理的に、けれど肩の凝らない作品に。『ライフ』誌の著名人コメントなど、お遊びも忘れない(^^)。
「わが名はイサミ」★★★☆☆
――近藤勇の話を書く。なぜSF屋が近藤勇なんかやるのだと訊ねられても、答えようがない。間違ったことを書くおそれが多分にある。まさか江戸町奉行がダンヒルのライターを出したりするようなヘマはしないだろうが、それに類するやりそこないはきっと出てくるだろう。
タイトルが「我が名はアラム」のパロディだとわかると、「イサム」と呼び間違うシーンがさらに笑える……ことはないか(^^;。甲陽鎮撫隊についてはバカとしか言いようがなくて、でも近藤勇はバカだったから、なんて歴史学者には言えないわけで、身も蓋もなくバカだと言い切ってしまったのが本篇です。
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