『S-Fマガジン』2007年06月号(614号)【異色作家特集2】★★★★☆

 【異色作家特集】の第二弾。今回は非英語圏作家。期待に違わずいい味の作品群でした。

「パリに行きたい」ミハイル・ヴェレル/大野典宏・森田有紀訳/七戸優イラスト(Хочу в Париж,Михаил Иосифович Веллер,1991)★★★★☆
 ――パリへ行きたいという欲求は様々な形で現れる。「またパリへ行きたいのですよ」「すると、以前にも行ったことがあるのですか?」「いえ、以前にも行きたいと思ったことがあったのです」

 『世界は村上春樹をどう読むか』のなかで、チェコ人の翻訳家が、「プラハ人、チェコ人として思うに、カフカの小説は「幻想」ではなくて「事実」なのです。チェコのお役所というのは、まさにカフカの小説そのままなんですから(笑)」などと言ってみんなを笑わせていたけれど、ソ連というのも似たようなものかもしれないと思ってみる。というのも、本篇といいゴーゴリといい、何だかまったく同じテイストなのだ。とぼけた不条理。
 

「沈黙のすみれ」ヴァジム・シェフネル/合田直美訳/磯良一イラスト(Фиалка Молчаливая,Вадим Сергеевич Шефнер,1984)★★★★★
 ――シンポジウムから戻る途中だった。列車で同室になった三十歳くらいの男がこう言った。「お願いがあります。あなたをなぐらせてください! 妻のもとに行くのを遅らせる正当な理由がほしいのです」

 こうやって立て続けにロシア作品を読むと、ロシアには重苦しいのとナンセンスなのと二種類しかないのだろうかという気になる。本篇も夫婦をテーマにしたコミカルな作品(チェーホフあたりの?)ではあるもののSFではないよなあ、なんて思っていたら、水上バス野郎が出てくるあたりのずらし方はうまい。男曰く、ぺちゃくちゃしゃべりやがって。女曰く、夢ばっかり見やがって。ほい、お互いさま。てな感じでしょうか。水上バス野郎っていう訳語もいい(^^)。
 

カルメン」夏笳/林久之訳/加藤龍男イラスト(卞冂,夏笳,2005)★★★☆☆
 ――太陽系の辺境からケンタウルスへ出航するあたりでは、どこの酒場にもカルメンのうわさが聞かれるという。歌声、舞、黒髪、白い歯。幼いときから月の居住区に暮らしてきたわたしも、カルメンのうわさを耳にしている。カルメンがやってきたのは陰鬱な春のことだった。

 これはめずらしい中国の作家。う……ん……。期待したほどには少女が生き生き描かれているわけではない。が、やはり踊りのシーンは圧巻。加藤龍男のイラストもイメージを助ける。しかしこんな前向きなラストでいいんだろうか? 納得いかないぞ。ささやかな勝利は飽くまでささやかな勝利であって……う〜ん、これもある意味セカイ系ってことなのかなぁ。たった一つの出来事ですべてが丸く収まってしまったように錯覚する少女小説ということで。
 

「秘密」ロベルト・ロペス・モレーノ/井上知訳(El secreto,Roberto López Moreno,2001)★★★☆☆
 ――ハンス・シュヴェリーンは書物と偶像だらけの小さなアパートに住んでいた。どれもスペイン征服以前の中南米の文明に関するものである。シュヴェーリンは目をこすると、続きを読み始めた。八アハウ(415-435年)、シヤン・カン・バルハラルが発見された……。

 あえてジャンル分けすれば、偽史SF、ということになるのかなあ。伝奇というよりは清水義範なんかの神話パロディに近いノリか。狙ってないんだとしたら天然だけど。
 

「《異色作家短篇集》全作品レビュウ2」
 新編のアンソロジー三冊については各一ページが割かれています。『アメリカ篇』と『イギリス篇』もそれぞれ好きな作家が収録されているので楽しみだが、未知の作家があふれている『世界篇』がいちばん楽しみ。まだ十六巻までしか読んでないので、十七巻エイメ『壁抜け男』(これも楽しみ!)から読まなくちゃ。

 異色作家特集はここまで。
 

「My Favorite SF」(第18回)仁木稔
 大原まり子『一人で歩いていった猫』

「『双生児』の深遠なる魅力」
 〈プラチナ・ファンタジイ〉クリストファー・プリースト『双生児』bk1amazon]邦訳出版に合わせたガイド。

「「プレステージ」ついに完成!」
 プリースト原作『奇術師』映画化完成記念の監督インタビュー。

「おまかせ!レスキュー」108 横山えいじ
 

「長さ一キロのアナコンダ椎名誠椎名誠ニュートラル・コーナー02》 タイトルどおりの大ホラ話から、なんだか真面目な話に。
 

「SFまで100000光年 46 しまった、現実だ」水玉螢之丞
 「ちょいワル発電」。また斉木しげるが言うからいっそうおかしいんだよなぁ(^^)。
 

「Medium rare ミディアム・レア」森ヒカリ《SF Magazine Gallary 第18回》
 文藝春秋ウッドハウス選集〉の装丁家。レア・ギター、三つ編みタイ、バナナエビ、キャップ・ケージ、歯磨きダ粉、蛇指、ヤモリ・カップ、電気バッグetc...
 

「異色のアニメ登場『ルネッサンス』/北欧生まれのドール・ムービーを日本でリメイク?『ストリングス』」

「『グアルディア』『ラ・イストリア』連続刊行 仁木稔――その濃密な物語世界」

「MEDIA SHOW CASE」矢吹武・小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・編集部
◆こちらでも映画プレステージについて。

若島正×小鷹信光の《異色作家短篇集》完結記念「異色放談」について。対談の一部は今月号のミステリマガジンに掲載。
 

「SF BOOK SCOPE」千街晶之長山靖生・他
◆なんだかあっちこっちで最相葉月星新一 一〇〇一話をつくった人』が大絶賛されている。ここまで大騒ぎされると逆にちょっと眉に唾つけたくなってしまう。同じ作者の『あのころの未来』はいかにも優等生的なノンフィクションだったしなあ。ほかに森見登美彦『新釈 走れメロス

ダン・シモンズ『オリュンポス』bk1amazon]がついに発売されました。『イリアム』のころには、まだまだ先だと思っていたのに意外と早かった。そしてこれもついに。異色作家短篇集》『棄ててきた女』『エソルド座の怪人』。イギリス怪奇篇と世界篇である。イギリス篇はコッパードやエイクマンを収録。世界篇は未知の作家が続々。

◆映画『オーメン』のパロディ、ニール・ゲイマンテリー・プラチェット『グッド・オーメンズ』。馬鹿コメディっぽい。楽しそう。

◆基本的に新本格系の作家が多い講談社ミステリーランドのなかでは異彩を放つ上遠野浩平『酸素は鏡に映らない』。知らない作家だったけどばくちして買ってみたマルセル・ブリヨン『砂の都』bk1amazon]は砂漠の謎めいた楽園の物語。それを紹介している牧真司の著作『世界文学ワンダーランド』bk1amazon]。ヤモリの指は吸盤じゃないんだぁ、とフムフムなピーター・フォーブ『ヤモリの指』bk1amazon]。
 

「小角の城」(第11回)夢枕獏

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第29回)田中啓文

イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ」(第10回)山田正紀
 

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
◆「集合知性はいかにして生まれるか」金子隆一
◆「“キャラ立ち”の時代」香山リカ……プロ野球はチームの応援だけど、メジャーは個人、キャラ立ち選手の応援、かぁ。なるほどね。
 

「永き人生の終わり」夏井潤《リーダーズ・ストーリイ》

「近代日本奇想小説史」(第59回 不良少年と科学小説)横田順彌
 今回のはまたまれに見る怪作の紹介です。小説の態をなしていない(^^;。しかしそれだけにツッコミどころ満載なわけで、内容のひどさと裏腹に面白そうに見えてしまうから不思議だ。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈F&SF〉誌《2006.10/11〜2007.2》香月祥宏
 今回は面白そうなのが多かった。10/11月号では、カンボジアを舞台にしたゴースト・ストーリイジェフ・ライマン「ポル・ポトの美しい娘」(Pol Pot's Beautiful Daughter)。12月号では、子供たちが小動物の骨を集めるという、その意味も忘れられてしまった不思議な風習のある田舎町を舞台に、見知らぬ町にやってきた少女の不安な心を描いたM・リッカート「クリスマスの魔女」(The Christmas Witch)。そして「二人称現在形」のダリル・グレゴリイ「ダマスカス」Damascus)。「宗教とバイオテクノロジーの結びつきを題材にした」作品だそうです。
 

大森望のSF観光局」06 “一〇〇一話をつくった人”の栄光と悲惨
 大森望が読む『星新一 一〇〇一話をつくった人』。
 

「デッド・フューチャーRemix」(第61回)永瀬唯【第11章 きみの血を 第9滴】
 「吸血鬼」の「脱神話化」と「世俗化」。それがジョージ・ロメロ『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』。
 

「(They Call Me)TREK DADDY 第02回」丸屋九兵衛
 マニアックな連載の第二回目は架空言語クリンゴン語についてのうんたらかんたら。マニアックなわりに、興味のない人間にもそれなりに楽しめる。
 

「SF挿絵画家の系譜」(連載15 金森達大橋博之

「サはサイエンスのサ」148 鹿野司
 電話の発明者として知られるベルもアスペルガーだったという話。
 

「家・街・人の科学技術 06」米田裕
 今回はハードディスク。とんでもなく繊細な機械なんだな……。
 

「第2回日本SF評論賞優秀賞」
グレッグ・イーガンとスパイラル・ダンスを」海老原豊

 三つの論評はそれぞれ単独で優れているけれど三つをまとめた結論がないという点は、選評会でも指摘されていたとおり。一つ目の「精神=精子=脳」というのがピンとこない。いくら子宮内で脳を生かす話であるにしても、ちょっと乱暴というか言葉足らず。前号に掲載されていた受賞作と一緒で、「反」共とか「反」精子中心主義という思想を安易に使っている印象だなあ。
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