『A Medicine for Melancholy』Ray Bradburry,1959年。
「穏やかな一日」(In a Season of Calm Weather)★★★★☆
――ジョージ・スミスとアリス・スミスは、ひと泳ぎして砂のうえで甲羅を干していた。「お願いですから休養してくださいな。たしかにピカソは来てるわ。でもそんなことは忘れて」
失ってゆく何かを経験することで、別のささやかな何かを得る。こういうセンチメンタルでリリカルでそのうえ人生そのものみたいな作品こそ、ブラッドベリだな、と思う。『何かが道をやってくる』にも通じる魅力。
「火龍」(The Dragon)★★★★☆
――ひとりの男が焚火の火をかきたてた。「愚かなことはやめろ。われらがいるのを知らせる気か!」「大事ない。どのみち龍は何マイルも先からわれらの匂いを嗅ぎあてるわ」
『ウは宇宙船のウ』にも「竜」の邦題で収録。初め読んだときはあの結末ゆえショート・ショートだと感じたのだけれど、読み返してみると“幻想と怪奇”ですね。騎士と龍どちらの側から見ても怪異譚であるのがポイント。
「メランコリイの妙薬――あるいは、霊薬発見!」(A Medicine for Melancholy or:The Sovereign Remedy Revealed!)★★☆☆☆
――「ねえ、センセエ、うちのカミリアはどこが悪いんですのよ?」「病気ですな」「ベッドを玄関の前に置いておけば、通りすがりの人が特効薬を教えてくれるかもしれないよ」
あー、翳りとかリリカルな雰囲気とかのないブラッドベリはダメじゃ。それが強すぎたら強すぎたでげんなりするんだが。本篇はふわふわコメディ。
「初めの終わり」(The End of the Beginning)★★★★★
――「もうじき時間よ」と妻が言った。彼はうなずく。「考えてもみるがいい。最初の宇宙ステーション建造のために、今夜、ボブが乗り込んだロケットが飛び立つんだ」
何度読んでもすばらしい。この作品のいいところは、宇宙にロマンを感じない人間が読んでもじーんとくるところだ。家族小説という側面も持っているからだろう。極端な話、宇宙でも深海でも大学受験でも何でもいいのだ。むろん〈初めの終わり〉だからこそいっそう感動的なのではあるが。
「すばらしき白服」(The Wonderful Ice Cream Suit)★☆☆☆☆
――ああ、おれにも一着背広があったらなあ、一着でいいんだ! ちゃんとした服装ができれば、金なんかなくてもいい。
ブラッドベリのイメージからは想像もつかないドタバタコメディ。当然のごとく見事に失敗していると思うのだが。「メランコリイの妙薬」もそうだったけど、笑えないんだもの。愉快に頑張ってるねえと醒めた目で眺めてしまう。
「熱にうかされて」(Fever Dream)★★★★☆
――チャールズは、寝ついて三日たったころ、恐怖にとりつかれた。手が変化しはじめたのだ。彼の右手が。右手だけ火照って汗ばんでいる。
昔のSFを読んでいると、「あ、これ手塚治虫だ」と思うことがよくある。もちろん手塚の方がSFから借用しているんだけれど。本篇も具体的にどの作品というのではないのだけれど、手塚の異色短篇漫画を思い出させる。いいねえ、子どもの空想と人間ならざる何かの組み合わせ。
「結婚改良家」(The Marriage Mender)★☆☆☆☆
――「これは蒸気オルガンじゃない。どうしてあたしたちにはベッドがないのかしら」「これは立派なベッドだ」「ラクダのこぶみたい」「ねえママ、今まではこんなこと言わなかったじゃないか」
「すばらしき白服」を簡潔にしたような感じかな。
「誰も降りなかった町」(The Town Where No One Got Off)★★★★★
――わたしが降り立ったとき、老人の目は車窓をつぎつぎと追っていたが、わたしを見て、はっと止まった。「わしはあんたを待っていた」
何なんでしょう、この昏い情熱は。ひとつ通過して、ひとつ階段を上る物語もあれば、ひとつ通過してひとつ闇に下る物語もある。ポオの「ウィリアム・ウィルソン」を殺した瞬間って、本篇のラストみたいな気持なのかな、と思った。
「サルサのにおい」(A Scent of Sarsaparilla)★★☆☆☆
――「タイム・トラベルが現実に起こりうるとしたら、うちの屋根裏ほどふさわしい場所がほかにありうるだろうか?」「昔に戻ったって夏ばかりじゃないわよ」「比喩的にいえば夏ばかりだったよ」
宇宙に対する何の根拠もない憧れや、何の根拠もない過去へのノスタルジックな憧憬を描いた作品というがときどきある。ジャック・フィニイとかね。ブラッドベリのノスタルジーは内向き。共感できる読者じゃないと楽しめない。本篇などは格好の素材をそういうブラッドベリ味が台無しにした作品といえる。
「イカロス・モンゴルフィエ・ライト」(Icarus Mongtgolfier Wright)★☆☆☆☆
――彼はベッドに横たわっている。「見ろ、見ろ! ついにやったぞ!」今夜はいったい、何の夜だ? もちろん前夜。月に向かってロケットが、はじめて飛びたつ前夜なのだ。
「原文は頭韻、脚韻が踏んであって美しい」という割註どおりの作品なのでしょう。空への美酒に酔う。これも空に対する無条件の憧れなど持たないわたしなどから見ると、勝手に酔ってテンションあげられても……という印象なのだが。
「かつら」(The Headpiece)★★★☆☆
――アンドルー・レモンはほくそえんだ。彼は新しいエナメル革の、黒く光るその頭皮を、自分の頭蓋に当ててみた。暗い廊下で音がした。ミス・フレムウイルが戻ってきたのだ。
コメディかと思いきや、なんとも残酷な。やはりこういう『十月はたそがれの国』系の話のほうが好きだ。
「金色の目」(Dark They Were, and Golden-eyed)★★★★☆
――ロケットから家族が降り立ち、火星の町へ歩き出した。何か起こりそうな予感がしていた。原爆がニューヨークに落ち、永久に地球には戻れなくなった。
せっかくの幻想SFをただの諷刺オチのある作品にしてしまわなくたっていいのに。徐々に徐々に何かが失われてゆく過程は圧巻のひとこと。
「ほほえみ」(The Smile)★★★☆☆
――文明なんて誰も望んでやしない。まだ飛行機を作っていた工場をめちゃくちゃにしたときはすばらしかった。絵具とカンバスからできているっていうあの女は笑ってるんだってな。
「穏やかな一日」では芸術+夫婦、「初めの終わり」では宇宙+家族、その+αがないと共感できない。たった今少年でありかつ芸術家である人間だけにしかわからない物語。言うまでもなくブラッドベリ自身がそういう人間なのである。
「四旬節の最初の夜」(The First Night of Lent)★★★☆☆
――アイルランド人のすべてを知りたいというのだね? 「四旬節の断ちものは何にするつもりなんだい、ニック?」「煙草ですかね、旦那」
意外なオチの作品ということでいいのだろうか? 「アイルランド人」というのを知っていないとピンとこないのか。
「旅立つ時」(The Time of Going Away)★★★★☆
――「三日前から予感がするんだ。死ぬっていう予感が」「馬鹿おっしゃい。いらいらしますよ」「死期が近づいたのを知った動物たちのように、旅に出る」「骨場のことね」「骨場じゃない、墓場だ」
微笑ましくもしみじみとした愉快な短篇。こういう絶妙のバランスのものを読むと、やはりブラッドベリはすごいと思う。
「すべての夏をこの一日に」(All Summer in a Day)★★★★★
――金星の子どもたちは、隠された太陽をひと目見ようと外を覗いた。外は雨。七年降りつづいている雨だ。太陽が一時間だけ顔を覗かせる。
何気ない風景。はしゃぎ回る子どもたちとひとかけらの残酷な悪意。日常どこにでもある風景を切り取ってみせただけ。それが圧倒的にうまい。
要するに、わたしの日常からは過剰なピュア感覚は抜け落ちている。だから能天気な希望を描いたブラッドベリ作品には共感できない。だけどひとたび自分の日常範囲内の作品になればたちまち共感を呼びさまされる。人によってどこまでが日常でどこからが非日常かなんて異なるに決まっている。そういう意味ではブラッドベリって下手なのだ。自分の感覚の信じるままに書いているだけ。感覚の違う人間は置いてけぼり。けど感覚が一致しちゃうとものすごい傑作になっちゃうんですよね。
「贈りもの」(The Gift)★☆☆☆☆
――あしたはクリスマスをしなければならない。なのに、税関で、贈りものとツリーを置いていかなければならなくなった。
無邪気な宇宙讃歌。
「月曜日の大椿事」(The Great Collision of Monday Last)★★★★☆
――見知らぬ男はふらふらと身を乗り出した。「通りで衝突したんです」そう言うと、がくりと膝を折って倒れた。「車の音は聞こえなかったが」「十字路のほうへ行ってみろよ」
これも国民性をネタにしたコメディなんだろうけれど、国民性にピンとこなくても楽しめる。針が落ちても大事件、そんな感じ。
「小ねずみ夫婦」(The Little Mice)★★★★☆
――「まったく妙な人たちだなあ、あのメキシコ人夫婦は。物音ひとつ立てないし」「身動きもしないの」
この世界では異端者。でもこういう生活を愛する人たちは(具体的にこういう生活そのものじゃなくても)、確実に世の中に存在するのだろう。
「たそがれの浜辺」(The Shore Line at Sunset)★★★☆☆
――「出て行こうと思ってるんだ」「言うな」男の子がひとり、叫びながら走ってきた。「妙な女のひとが、岩のとこにいるんだよ」
もうこういう遅れてきた青春みたいなのはうんざりだ。人魚の美しさだけが記憶に残る。
「いちご色の窓」(The Strawberry Window)★☆☆☆☆
――「ボブ、わたし地球に帰りたい」「キャリイ、もう少しの我慢だよ。ぼくは火星の未来を信じている」
わたしが奥さんだったら怒ります。
「雨降りしきる日」(The Day It Rained Forever)★★★★☆
――もうすぐだ。一年中でたった一日だけ、雨が堰を切ったように降る日だ。そらに一瞥くれた。「一滴のお恵みもなし」「日はまだ若い」「わしは若くない」「傘でも用意しときな」「こりゃ雨じゃねえ! お前さんがホースで水を撒いてるんじゃないか!」
老人にだって青春はある。この話の場合、成長しない子どもとしての青春ものではなくて、青春→枯れる→再び青春、という構図だからよいのだろう。雨が降り心も潤う。
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