子ども向けの現代ミステリー作品集。泡坂作品から傑作集を編むとすれば、誰が選んでも亜愛一郎シリーズから一篇採るのは間違いのないところなんだけれど、編者(中村哲雄編集と書いてある)は(おそらくは)敢えて亜シリーズを省いている。
結果的に、いかにも泡坂作品らしさを味わえるのは「開橋式次第」一篇となり、「金津の切符」で倒叙もの、「トリュフとトナカイ」で不可能犯罪もの、「蚊取湖殺人事件」で犯人当て、というように、作家の個性よりも作品のバラエティを基準に選んでいるようです。
せっかくだから現在入手不可能な『妖盗S79号』あたりから一篇選んでくれたらよかったのにと思う次第ではありますが。
「開橋式次第」★★★★☆
――医戸警察署長、吹田一郎は朝から忙しかった。妻の春子はまだ夢の中にいる。むんずと枕を取り外し、その間に電話をかけることにする。「一夫か」「いいえ、一也です。おじいちゃんお早う」「秋子はどうした」「家には秋子はいません」「冬子だったか……いや春子か」
犯人の歪んだ論理といい、遊びに徹した登場人物名といい、伏線の妙といい、とぼけた会話といい、泡坂妻夫と聞いてまっさきに思い浮かべるような作品です。ただし数ある泡坂作品のなかでは標準作。わたしが泡坂ロジックに慣れてしまっているというのを差し引いても、伏線のわかりやすさと犯人側論理の無理矢理さが気にかかる。
「金津の切符」★★★★☆
――小さいときから物を集める性向があった。箱夫の習癖は、どうやら父から譲り受けたものらしい。父は無数の古時計を集めていた。父が死んで遺品を譲り渡したとき、相手のコレクションを見て箱夫は圧倒されてしまった。父が気の毒でならなかった。それ以来、完全な蒐集を目指すことに決めた。
うまいなあ。伏線どころか堂々と目の前に書かれているのに、最後に明かされるまで全然わからなかった。倒叙ものだが、犯行を決意するまでがけっこう長い。蒐集狂の蒐集狂いをこれでもかっていうくらいに描いてます。はまりたくはない因果な世界です(^^;。
「トリュフとトナカイ」★★★★★
――戸塚は満足げだった。「トリュフが素晴らしかった。子供のころ、叔母がトリュフの自生している秘密の場所に山菜取りに連れていってくれました」シェフの顔が真っ赤にふくらんだ。「嘘だッ! トリュフは日本に自生していない」「嘘とは何だッ。これから採りに行く。そこになければ生きた鶏を頭からかじってやる」
すごい力業です(^^)。ユーモアすらもトリックにしてしまうところに脱帽。ミステリとして決してスマートではないが、愛を感じる。著者の真骨頂はやはりチェスタトン流の逆接とロジックにあるとは思うが、とぼけた会話も泡坂らしさの一つ。そんな自らの作風すらも伏線に使ってしまった怪作というべきか。このトリックを成り立たせるためには、“あの人”がとんまである必要がある→その人のとんまさを目立たせなくするために、いつものようなとぼけた会話で目くらまし→念には念を入れてトリュフやトナカイまで出してしまった。木の葉は森に、ユーモアはユーモアに。
「蚊取湖殺人事件」★★★☆☆
――その夜、短足の鎗野目の言葉どおり、そのあたり一帯に嵐が吹いた。「やれやれ、これじゃスキーもだめ、釣もできないわ」と慶子が言った。「なんだか、一晩で春になってしまったみたい」そのとき、遠くからサイレンが聞こえてきた。「救急車――いや警察かしら」
近年の著者は時代小説や普通(風味)小説の執筆が多くなり、本格ミステリの新作は少なくなった。駄作でこそないものの決して大大傑作とは言えない本篇が、本書のほか年間傑作選にも収録されているのは、そういう事情によるものだと思う。犯人当てという性質ゆえか、泡坂マジック泡坂ロジックを抑えた、比較的手堅い作品。そういう意味で、ミステリとしてはともかく泡坂作品としては不満が残る。
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