『壜の中の手記』ジェラルド・カーシュ/西崎憲他訳(角川文庫)★★★★☆

 『The Oxoxoco Bottle and Other Stories』Gerald Kersh、日本オリジナル編集。

 晶文社版から二篇を割愛して、新訳「凍れる美女」「壁のない部屋で」二篇と「狂える花」ロングバージョンを収録したもの。なんかそこらへんの編集方針がまったく書かれていないところがいかにも角川なんだけど、藤原編集室のホームページによれば、カームジンものはまとめて一冊にする計画があるらしい。

「豚の島の女王」西崎憲The Queen of the Pig Island,1949)★★★★★
 ――ラルエットは手もなく足もなく生まれた。ラルエットはかつて豚の島の女王であった。私がいま記している話を書き遺したのはラルエットである。

 何度読んでも感嘆のため息が出る。ジェラルド・カーシュの作品にはけっこう俗受けするようなサービス精神があるんだけれど、本篇は無駄な部分のいっさいをそぎ落として簡潔にしたためてある。俗な部分が抜け落ちてるのだから、宮部みゆき氏のいうように「崇高」になるのだろう。
 

「黄金の河」若島正(River of Riches,1958)★★★★☆
 ――おれはルビーが取れそうなところへ出かけるところだった。もしも人喰い人種に助けられなかったらどうなっていたことか。おれはライフル一挺とナッツを酋長と交換した。そんじょそこらのナッツとは訳が違うのだそうな。

 知恵を持った木の実というアイデアよりもむしろ、一攫千金を狙う男が行き当たりばったりに人生を浮沈する物語として面白い。典型的なギャンブル小説です。どっちかっていうとカーシュってこういう暑苦しい話の方が多い。「豚の島」がいかに特殊かがよくわかる。
 

「ねじくれた骨」駒月雅子(Crooked Bone,1968)★★★★☆
 ――私はほかの囚人たちよりついていた。自分専用の小屋で帽子を編むことを許された。一週間前のことだ。ラトン族のインディオが小屋に逃げ込んできた。私が藁の山を示すと、彼はその下にすばやく隠れた。

 これもまた、最後のオチや南方の民族よりも、囚人二人の数奇な運命の方が面白い。駄目男とひねくれ者。ただし、こういうのを現代社会を舞台に書くと途端につまらない犯罪小説ができあがる。苛酷な収容所とか鰐のいる川を渡るインディオとか、ヘンなネタをそこいらじゅうにまぶしてあるから飽きることなく楽しめる。
 

「凍れる美女」西崎憲(Frozen Beauty,1941)★★★☆☆
 ――おれは生まれたときからここで暮らしている。十六年前、長い旅をした。雪が強い風で吹き飛ばされ、小屋が見えた。永遠に氷に閉じ込められたマンモスのように、五人の人間が凍っていた。

 “どの人種にも属さない顔”ってのが弱いなぁ(^^;。目撃したのが仮に医師でなく人類学者だったとしても、ね。太古の昔から眠っていたのか、はたまたただの変な顔の人だったのか(^^;。無理矢理にでも思わせぶりなラストにしようという著者の心意気がうれしいけれども。
 

「骨のない人間」西崎憲(Men Without Bones,1954)★★★★☆
 ――世紀の発見だった。遠い昔に星の世界の住人が地球を訪れたことを、その廃墟は証明していた。ふたつの眼を見たときはほんとに飛び上がった。皮膚はゼラチンのようで、形は人間に似ていないでもなかった。

 これもまた進化論とか系統図とかはどうなるんだよ\(^^;というつっこみどころをものともせず、強引にでも意外な結末を演出しようという姿勢がステキです。下手な人が書くとほんとにただの下手な小説になってしまうところなのに、読者を楽しませようってな粋な心意気が伝わってくるからでしょうか、なぜかカーシュが書くと微笑ましい。
 

「壜の中の手記」西崎憲(The Oxoxoco Bottle,1957)★★★★☆
 ――その手記の内容を信じるならば、アンブローズ・ビアス最後の文章だった。「メキシコにやってきたのは、新鮮な気持で憎むものが必要だったからだ。白子の驢馬を買って山の上へと向かった……」

 たぶんビアス文体模写にもなってるんだろうな。ビアスはあんまり読んだことないからわからないけど。エリンの方が先なんだね。ということはエリンの小説を読んでインスパイアされ、その部分をふくらませたということでしょうか。だとしたらすごくいいな。そういうリスペクト。
 

「ブライトンの怪物」吉村満美子訳(The Brighton Monster,1948)★★★☆☆
 ――ティッティー牧師が書き記した小冊子によると、一七四五年八月、ブライトヘルムストン付近にて奇妙な怪物を捕獲したとある。漁に出た兄弟が、泡が破裂したような音を聞き、次の瞬間には怪物が浮かんでいたということだ。

 いいなあ、力持ちの男が怪物の肩をつかんだ途端に軽々と放り投げられた、っていう、不器用な伏線(?)が(^^)。しかし時間旅行に関する考察はけっこう的を射ているような気がして虚をつかれた。地球は自転しているのだから、同じ場所に留まったまま時間を移動すれば、地表の方は元の場所から動いてしまっているはず、なのだそうだ。浅学にして、こんな発想SFでも今まで読んだことなかったよ。へえ〜。
 

「破滅の種子」西崎憲(Seed of Destruction,1947)★★★☆☆
 ――ジスカ氏は品物の来歴を瞬時にでっちあげる。この指輪は、破滅の種子という名で知られているものだ。指輪は支払いを要求する。買ったのではなく、贈られたり盗んだりした者には不幸が降りかかるのだ。

 まあこういうのは一つのパターンではあるのだけれど、最後になっていきなりジスカ氏の息子を出してくるあたりが掟破りです。そこがまたカーシュらしいともいえる。不自然とも思える接ぎ木をいとも簡単にやってのけてしまう。その唐突さが、ときに爆笑を、ときに快哉を誘う。こういう唐突な強引さって、著者自身が狙ってやっているにしろ、決してうまいやり方とは言えないと思う。思うんだけど、そういうお馬鹿なところを、楽しんでしまうのである。
 

「壁のない部屋で」西崎憲(In a Room Without Walls,1946)★★☆☆☆
 ――「これが永遠に続けばいいのに」リンダという娘が言った。「わたしを愛してる?」ジミーはうなずいた。ほんとうはこう言いたかった。「愛だって? は、お前を? ばかばかしい」

 ちょっと短すぎてカーシュのよさが発揮できずに終わってしまったようです。ヘンなネタを次々に繰り出してどこに連れて行かれるのかまったくわからない挙句に、強引とも言える展開を見せてくれるのがカーシュのいいところなんだけれど、本篇は一ネタのショート・ショートゆえに不完全燃焼。
 

「時計収集家の王」駒月雅子(The King Who Collected Clocks,1947)★★★★☆
 ――ディカーと私はニコラス三世のお抱え時計師になりました。図案や人形の鋳造はドゥ=コックが手がけました。ドゥ=コックは暇をもてあましてパテをこねくりまわして人形を作っていました。それを見つけた陛下はたいへん面白がって、自分の人形を作るように命じました。

 王国の盛衰と時計職人の数奇な運命。比較的長めの作品なのでたっぷりと架空の歴史に浸れる。単なるからくり奇譚でも充分に面白いのだけれど、オマケみたいにコバルトの最期をサービスしてくれる(^^;。それまでの雰囲気ぶちこわしなのに憎めないなぁ。
 

「狂える花」駒月雅子(The Terribly Wild Flower,1958,1962)★★★☆☆
 ――フォーフェクス城の植物園がほぼ全焼したいわゆる〈謎の〉出火について、原因を闇に葬ろうという〈国家機密〉の類は一切存在しない。なにぶん恐慌をきたしやすいご時世だけに、ほとぼりの冷めるのを待とうとしただけのことだ。

 狂人の血液を与えた植物が狂いだす植物怪談にしてマッド・サイエンティスト譚なわけだけれど、いかにもカーシュらしい奇譚という趣の雑誌版に比べると、「死こそわが同志」のような(風変わりとはいえ)シリアスな諷刺小説っぽい印象を受ける。晶文社の親本に収録された雑誌版ショート・バージョンの方が好みである。本書収録の短篇集版ロング・バージョンだと、冒頭の手記の扱いもよくわからないし。
 

「死こそわが同志」駒月雅子(Comrade Death,1938)★★★☆☆
 ――サーレクがクリーガー機関銃の大口取引をまとめてから半世紀が過ぎた。十年前に最新鋭と呼ばれた武器はすでに中世の武器も同然にすたれた。そうしてサーレクの工場には新たな注文が殺到した。

 もっとスラップスティックっぽく書けばラストのあたりなどは躁病じみた筒井康隆みたいだと思うのだけれど、あくまで『博士の異常な愛情』みたいにブラックなノリなので、笑っていいんだか悪いんだか(^^;。イケナイ笑いである。最後にこれを持ってくるとは編者も人が悪い(^^;。

 角川文庫版はここまで。以下、晶文社版収録のカームジンものなど。
 

「カームジンと『ハムレット』の台本」駒月雅子(Karmesin and the Hamlet Promptbook,1962)★★★☆☆
 ――カームジンはチーズとワインが大好物のようだ。「この二つだけは決して偽造できん。そういえば以前、シェイクスピア文書に関連した仕事をしたことがある」

 一篇しか収録されていないので、いまいちカームジンのキャラがつかめない。本篇を読むかぎりでは、M・P・シールのキング・モンクみたいとも思ったが。(※詐欺師なんだそうだ。第2弾の『廃墟の歌声』にはいくつか収録されてるみたい)。あまり出来がいいとは思えない。何かとっぴなアイデアを用いるでもなく、当たり前すぎる文書偽造の話。オチが印象的といえばいえるが。
 

「刺繍針」大岐達哉訳(The Crewel Needle,1953)★★★☆☆
 ――ミス・パンタイルが死を迎えた原因は、クルーエル刺繍針が左耳の上のところで頭蓋骨を貫通し、脳に突き刺さっていたんだよ! いったいどうやって針がそんなところに刺さったのか。

 カームジンものはともかくとして、これが角川文庫版に未収録なのはなにゆえ? まあ嫌な話ではあるから、読まずにいられたらそれもいいかもしれない。泡坂妻夫に「ジャガイモとストロー」という名品があったが、ミステリネタの部分で何となくそれを連想した。しかしそんな不可能犯罪もかすむほどインパクトのある犯人像だった。
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