『ミステリマガジン』2007年08月号No.618【探偵たちのプロフィール】★★★☆☆

 今月の特集は【探偵たちのプロフィール】ということで、名探偵ものの紹介と、作者による名探偵誕生秘話、二分間ミステリなどが掲載されてはいるんだけど、そのほとんどは愚にもつかない。『ミステリマガジン』に掲載されるエッセイは、なぜか全般的にしょぼい。二分間ミステリなんか小学生向けの謎々ブックレベルだよ。東直己笠井潔有栖川有栖山田正紀各氏のシリーズに興味のある方なら読んで損はないだろう。
 

「ミステリアス・ジャム・セッション第75回」柳広司
 最近いろいろなところで名前を見るようになった柳氏が登場。タイトルだけ見るとすげー際物っぽいんだけど、読んでみたくはなる。
 

「地獄のブイヤベース」チャールズ・ボーモント/仁賀克雄訳(The Infernal Bouillabaisse,Charles Beaumont,1957)★★★☆☆
 ――ペスキンのブイヤベースを味わったあとには、それ以上心を打つ料理などあるだろうか? われわれの最上の料理を、彼は二流品に格下げしてしまったのだ。何かするべきだ! 「何かを?」彼はあまりに有名だ。わしは捕まり、吊るされてしまう。

 夏の恒例〈幻想と怪奇〉の一篇。「断食」した理由がピンと来ないので、最後のオチもしっくりこない。ただの比喩だろうか。刑務所の粗食を、それまでの美食ぶりから比較して、「断食」したに等しいと表現したような。そんな計画がうまくいくと思い込んでいるフレンチャボーイのお気楽ぶりがバカミスである。重箱の隅だが、「地獄の」という邦題は誤訳なんじゃないだろうか。
 

「ヴァンパイアの娘」ヒューム・ニズベット/高橋知子訳/北見隆イラスト(The Vampire Maid,Hume Nisbet,1900)★★★☆☆
 ――そこはまさに何週間ものあいだ探し求めていた理想の場所だった。はるか前方に、小さな家が見えた。「できれば、あそこに泊めてもらおう」女主人はひとり娘とふたりで暮らしていた。私は、家主の娘をひと眼見るなり、心を奪われてしまった。

 おや。これはだいぶ昔に拙サイトで翻訳したことがある作品だ。プロの翻訳者の方の手による作品が登場してしまったのか。拙訳はかなり昔に訳したということもあって誤訳の嵐だろうな……。読み返したくない。オーソドックスな吸血鬼譚です。
 

「海のように深く大きい存在に憧れて(ポケット・ミステリ1800番突破/エッセイ)」真山仁
 『ミステリマガジン』お得意の、ピントのずれたエッセイ。
 

「『私のハードボイルド』、日本推理作家協会賞受賞!」「『私のハードボイルド』刊行始末記総集篇」小鷹信光
 

「異郷にて、遠き日々」高城高★★★☆☆
 ――二人の男がテーブルに近づいてきた。由利がほとんど口を動かさず「秘密警察よ」と囁く。「気をつけて下さい。秘密警察はそんなにいません。しかし、手先のスパイは町中に十人に一人と思ってください」

 幻のハードボイルド作家、37年ぶりの新作ということです。スペインが舞台というただそれだけで、どうしたって逢坂剛と比較してしまふ。ハードボイルドというより国際謀略小説っぽくなってしまうところが現代といふものか。
 

「新・ペイパーバックの旅 第17回=33年かけて振り出しに戻った長寿〈部隊シリーズ〉」小鷹信光

「日本映画のミステリライターズ」第12回(渡辺剣次(2)と『夜の牙』)石上三登志

「英国ミステリ通信 第104回 ベストセラー生産法」松下祥子

「ヴィンテージ作家の軌跡 第52回 1930年代のアンブラー6」直井明

「冒険小説の地下茎 最終回」井家上隆幸

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第32回 谷譲次『上海された男』(後篇)」野崎六助
 

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第112回 叙述トリックと二〇世紀探偵小説の「倫理」」笠井潔 
 「このような時代を生きた作家だからこそ、クリスティーは一人称記述の相対性を三人称記述の絶対性で補完しうるという安易な発想を拒否した」。こういう大げさな物言いこそが笠井作品の面白いところなんだよなあ。泡坂妻夫のアクロバット論理とレトリックにも似て、評論だからこその論理というか。『容疑者X』論争で有栖川氏がたしか、評論家がいくら××と言ったところで、わたしにはそんなつもりはなかった、みたいなことを言っていたけれど、評論家とは一面でそういうものだと思う。小説内リアリズムと同じような、評論内リアリズム(?)というのがあるはずだもの。いや、評論だって創作なのです。
 

横溝正史ミステリ大賞贈呈式リポート」
 大村友貴美『首挽村の殺人』、桂美人『ロスト・チャイルド』

「『リトビネンコ暗殺』の真実」加賀山卓朗
 その名の通り、リトビネンコ暗殺に関するノンフィクション。
 

「今月の書評」など
◆ひさびさの〈ポケミス名画座〉はシャーウッド・キング『上海から来た女』bk1amazon]。単なる映画原作ものではなく、読みごたえのある作品が多いシリーズだけに、これも期待。待ってました!のサラ・ウォーターズ『夜愁』bk1amazon]もいよいよ刊行。ミステリ味は薄いそうだが、それを言うならこれまでの二作だってそうだった。

アンネ・シャプレ『カルーソーという悲劇』はドイツ・ミステリ。東京創元社のHPによれば、「本国ドイツでは、やっとドイツ・ミステリが英米作品に追いついたと、絶賛の嵐だった」とのことなので、意外と普通に楽しめるかもしれない。マイケル・ホワイト『五つの星が列なる時』には占星術やら錬金術やらが登場するらしい。

◆〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉からはヘンリー・スレッサー『最期の言葉』が出たが、杉江松恋氏がまずは監修者の仁賀克雄氏にダメ出しのお説教。

◆「陰謀小説の極北」シェイ&ウィルスン『イルミナティ1 ピラミッドからのぞく目』については、いたるところで「ついに出た!」の歓声が聞こえていたのだが、ふうんこういう話なのか。「要約不能な陰謀妄想冒険コメディ」だそうです。〈奇想コレクション〉からはパトリック・マグラア『失われた探険家』bk1amazon]。コニー・ウィリスもまだ読んでないよ……。

◆そして〈短篇小説の快楽〉シリーズからはキャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』bk1amazon]。国書刊行会はほんと偉いよなあ。

小玉節郎「ノンフィクションの向う側」◆
 動物ものと言えばご存じ日高敏隆セミたちと温暖化』。タイトルだけ見ると何だか流行りものっぽくてアレだが、紹介されているボーフラの習性なんて面白そうだ。

◆風間賢二「文学とミステリのはざまで」◆
 『舞踏会へ向かう三人の農夫』でお馴染みリチャード・パワーズ囚人のジレンマbk1amazon]。相変わらずみすず書房から刊行なので値段が高いんだよなあ……。

◆国内作品では『小説こちら葛飾区亀有公園前派出所』、『バカミスじゃない!? 史上空前のバカミス・アンソロジーが出ました。『半七捕物帳』と『池袋ウエストゲートパーク』と浅田次郎『天切り松』をミックスしたという三咲光郎『砲台島』も面白そう。『小説こち亀』は大沢在昌京極夏彦東野圭吾ほかが執筆した豪華な企画ものなんだけど、面白いのかなあ。気になるなあ。個人的には初めっからバカを狙ったバカミスって好きじゃないので、『バカミスじゃない!?』は微妙なところ。
 

「隔離戦線」池上冬樹関口苑生豊崎由美
 なんだ? いきなり最終回だ。しかも池上氏はそのことにまったく触れていない。
 

「トラブル・イズ・マイ・ビジネス」レイモンド・チャンドラー/佐々田雅子訳(Trouble Is My Business,Raymond Chandler,1939)★★★☆☆
 ――「話というのは?」「女の子をお仕置きするのよ。色目を使う赤毛の子なんだけどね。その子はばくち打ちのサクラをしてて、お金持ちの坊やを引っかけたのよ。いやな仕事なんだけどね、フィリップ。その子に前科があれば、それを掘りだして、その子の顔にぶちまけてやってほしいの」

 いよいよマーロウものの新訳が登場。邦題も「事件屋稼業」からカタカナ名に。昔読んだはずなのだが内容を全然覚えていなかった。女にマジに惚れてるワルとか兄弟思いのチンピラが登場するのって、いかにもハードボイルドだなあ〜。「『タバコ・ロード』のジーターじゃないでしょうね?」だなんて、マーロウのインテリ嫌味っぷりがのっけから楽しめます。
 

『藤村巴里日記』第05回 池井戸潤
 ――この日、ふらりと藤村の下宿を訪ねてきた戸川は、沈鬱なる感情の底に沈んでいた。田端宏秋が死体で見つかったのは、いまから三日前の朝のことである。

 いよいよ事件が! 田端宏秋と謎の大金。
 

「翻訳者の横顔 第92回 幸福な翻訳者」森村たまき
 国書刊行会ウッドハウスものの翻訳者さん。岸本佐知子もそうだけど、やっぱり言い回しとか発想みたいなものが、訳しているものに現れるのかなあと思いました。
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