前号に続いて【ワールドコン特集】。ノヴェラ&ショート・ストーリー部門の候補作が訳載されています。
「イエローカードマン」パオロ・バチガルピ/金子浩訳/田中光イラスト(Yellow Card Man,Paolo Bacigalupi,2006)★★★★☆
――かつては成功したビジネスマンだったマレー半島人のチャンは、今はおちぶれて、バンコクのごみごみとした薄汚い場所で難民として暮らしている。なんとか食い扶持を探したいと思うものの、環境省の管理下に置かれているチャンらイエローカードたちは、定職はおろか、その日の食事を得ることさえ必死な状況だ。そんな折、かつての部下マーに会ったチャンは……。
2007年03月号掲載の「カロリーマン」と同じ世界が舞台の未来SF。バイオ企業に管理・搾取され苦汁を飲まされる一般人という設定は変わらないが、本篇では現地人と華僑の軋轢といった民族主義的な問題もからんできて、より他人事ではなくなっている。後味が悪くてもいいはずなのに、静かな感動を呼ぶというのは何なのだろう。生きる喜びにあふれているって言ったら言い過ぎかな。生きる執念にあふれている。プライドを捨てきれなかった元エリートにとっては成長と言えなくもない(?)。
「ポル・ポトの美しい娘(ファンタジイ)」ジェフ・ライマン/古沢嘉通訳(Pol Pot's Beautiful Daughter(Fantasy),Geoff Ryman,2006)★★★★☆
――ポル・ポトは、七〇年代後半にカンボジアを支配した独裁者で、彼の政策“原始共産制”に異を唱えた者に対して虐殺を行なった人物として知られている。本篇は、そのポル・ポトの娘セットを主人公とした幻想譚。ただし、本文中に作者が「実在しているにちがいない人物に関する、まったく真実でない物語」と註釈している。
ポル・ポトの娘がけなげに生きる、偽史としてのジェントル・ゴースト・ストーリー。カンボジアの作家からこうした物語が生まれてくるのは、おそらくこれから何年も先の話だろう。欧米の作家だからこそ書けた。こういうことがあってもいい。著者のことを「バカな平和主義者」と呼ばずに済む未来であってほしい。
「パーティで女の子に話しかけるには」ニール・ゲイマン/柳下毅一郎訳/ソリマチアキライラスト(How to Talk to Girls at Parties,Neil Gaiman,2006)★★★☆☆
――女の子と話ができない高校生のイーンは、親友のヴィクに無理矢理パーティに連れて行かれる。ヴィクは、「とにかく女の子に話しかけろ、別の星から来たってわけじゃないし」と言うが、パーティ会場にいた女の子はどこか変わっていて……。
ハハハッ(^^)。「ただの女の子だよ。別の星から来たってわけじゃなし」というお話です。
「長篇部門候補作レビュウ」
マイクル・フリン『アイフェルハイム』、ナオミ・ノヴィク『女王陛下のドラゴン』、、チャールズ・ストロス『グラスハウス』、ヴァーナー・ヴィンジ『レインボウズ・エンド』、ピーター・ワッツ『ブラインドサイト』。
あらすじだと『アイフェルハイム』と『グラスハウス』がよさそう。
『アイフェルハイム』の方は、「宗教と迷信と封建制にがんじがらめにされ、文化的には縮退期にあった欧州中世の人々が、もし異星人と出会っていたとしたらいったい何が起きていただろうか」という物語。
「ヒューゴー賞周辺部門概説」
「あなたの空の彼方の家」ベンジャミン・ローゼンバウム/小川隆訳(The House Beyond Your Sky,Benjamin Rosenbaum,2006)★★★★☆
――いまや宇宙は老い、消滅へと向かっている。より高次の存在である〈巡礼〉の訪問を待つマサイアスは、自らの世界を収めたライブラリに、ある少女が悲嘆する様子を発見し、手を差し伸べる。
この世界よりも上位の宇宙(よりも上位の宇宙)が存在して云々という設定のファンタジイ。こういう世界を「ブラウズ」だとか「ライブラリ」だとかパソコン用語(?)を使って描いているのがおかしい。ファンタジイをSFの手法で描いた作品? むしろSFをファンタジイの手法で描いた作品か。偽神話っぽさに独特の味わいがある。
「ジンの花嫁」イアン・マクドナルド/下楠昌哉訳(The Djinn's Wife,Ian McDonald,2006)★★★★☆
――複数の国家に分割された未来のインド。人々は携帯端末のパーマーや耳に装着するホークを通じてAIとコミュニケーションを取り、AIは政治の場でアドヴァイザーとして活躍していた。デリー生まれのダンサーであるエシャは、ある日、対立する国家の交渉人AIであるラオからコンタクトを受け、やがて愛し合うようになるが……。
ギリシア・ローマ神話やキリスト教ではなく、ヒンドゥー神話になぞらえるのが珍しい。要はAIと人間の政治戦に巻き込まれた話なのだが、それをAIに恋する女の視点で描いている。――というように、内容的にはよくある巻き込まれ型国際謀略サスペンス話で、それはそれで楽しめるのだけれど、砂のようなAIの実体とか、“性の宗教”ヒンドゥーならでは(?)の奥義だとか、細部も面白い。老嬢の語りから始まり語りで終わる形式も、千夜一夜物語っぽくてよい。
【ワールドコン特集2】はここまで。
「My Favorite SF」(第20回)佐藤亜紀
おっ! 佐藤亜紀だ。共訳書『パーチウッド』[bk1]がハヤカワepi〈ブック・プラネット〉から7月刊行予定らしい。相変わらず悪意のある文章を書いてるな(^^;。
「おまかせ!レスキュー」110 横山えいじ
「大森望のSF観光局」08 SF編集者列伝(その1)
塩澤編集長と国書・河出・創元の現役SF編集者はエライ!という話と、『奇想天外』の編集者はもっとエライ!という話。
「SFまで100000光年 48 デンパ待ちながら」水玉螢之丞 腹話術の才能に気づくには。
「α Al・pha」鈴木康士《SF Magazine Gallary 第20回》
「新鋭作家が描く絢爛と狂騒の冒険 スコット・リンチ『ロック・ラモーラの優雅なたくらみ』刊行」
「Studio4℃最新作誌上公開 Genius Party」
「MEDIA SHOW CASE」矢吹武・小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・編集部
◆↑上でも紹介されている『Genius Party』です。「先鋭的な映像クリエイターの集団」による短篇アニメのオムニバスです。
◆ゲームの宮昌太郎氏も宇野評論についてコメントしておりますが、東浩紀・笠井潔・海猫沢めろん各氏による鼎談が行われ、そこでも当然触れられております。鼎談詳細は『ユリイカ』2007年07月号に掲載されるそうです。
「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之・牧眞司・長山靖生・他◆話題騒然の円城塔『Self-Reference ENGINE』[bk1・amazon]、樺山三英『ジャン=ジャックの自意識の場合』[bk1・amazon]が紹介されています。先月号に掲載された『Self〜』の一部は面白かったのでさっそく買ってしまった。『ジャン=ジャック』の方も、『メッタ斬り』に日本ファンタジーノベル大賞落選と書かれていたので興味をそそられた。ほかに宇月原晴明『廃帝綺譚』。柴田よしき『小袖日記』。「女性はみんな「おかめ」ばっかりとか、糞尿は垂れ流しで死体は野ざらしなので都はえらく臭いとか」というところは面白そうなのだが。
◆今月は国内・海外ともに話題作が目白押し。風野春樹氏も林哲矢氏も今月は楽チンだったろうな。キャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』[bk1・amazon]、シェイ&ウィルスン『イルミナティ1』、タニス・リー『銀色の愛ふたたび』、アルベール・ロビダ『20世紀』など。ロビダ『20世紀』については説明がいりますね。これはヴェルヌのライバルと言われた画家・小説家の未来予想小説。
◆ホラーはこれも話題作が目白押しというべきか。『幽』怪談文学賞の三作黒史郎『夜は一緒に散歩しよ』、水沫流人『七面坂心中』[bk1・amazon]、宇佐美まこと『るんびにの子供』[bk1・amazon]。やはり『七面坂』が鏡花の世界ということなので惹かれる。〈奇想コレクション〉からはパトリック・マグラア『失われた探険家』[bk1・amazon]。これも有名(であるらしい)オカルト陰謀小説ジャック・ウィリアムスン『エデンの黒い牙』[bk1・amazon]。
◆気にはなっていたんだけどそのうち文庫化されるんじゃないのかなあと手を出しかねていたハヤカワepi〈ブック・プラネット〉(叢書名、長すぎじゃないの?)の一冊、ダイ・シージエ『フロイトの弟子と旅する長椅子』[bk1・amazon]はアホっぽくて面白そうだ。というか、牧眞司氏のツッコミが絶妙ゆえに笑えるだけであって、実際に読むとぐいぐい話に引き込まれるんだろうな。という期待も持てる作品なのだ。〈ブック・プラネット〉からは佐藤亜紀訳『バーチウッド』[bk1]も出るみたいだし、また一つお金のかかる叢書が増えたな……。
◆長山靖生氏が紹介しているデボラ・ブラム『幽霊を捕まえようとした科学者たち』は、タイトルから連想していたのとちょっと違った。西丸震哉みたいな話かと思ったのだが、もっとしんどそうな話のようだ。
「小角の城」(第12回)夢枕獏
「アルキメデスの螺旋とカブトムシはどっちが強いか」椎名誠《椎名誠のニュートラル・コーナー03》
タイトル通りです。またバカなことを(^^;。ヘビ対ワニのニュースから始まって、ご当地うどん〜ラーメン対決、格闘技、ロボットが戦うロボット選手権、近代五種VS農耕五種、ネジ対テコ、そしてアルキメデスの螺旋VSカブトムシ、へと話題は至るのである。
「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第31回)田中啓文
「ゼロ年代の想像力 「失われた十年」の向こう側 02」宇野常寛★★★☆☆
前回も駆け足だったけど、まだ駆けてる。というか駆け足のスピードがさらに上がって、評論というよりほとんど言い捨てに近い状態になりかけている。宮台真司や東浩紀、ゴー宣の挫折と新展開の話なのだが。急がなくていいから、今回の内容はせめて二回に分けて論じるべきだったんじゃないかなぁ。
「デッド・フューチャーRemix」(第64回)永瀬唯【第11章 きみの血を 第11滴】
吸血、輸血は必然的に血液から移る病気を引き起こす。それどころか、胎児感染の問題はフェミニズムや男性原理主義も孕んでいるというのだから奥が深い。胎児、とくれば?。次回は『ドグラ・マグラ』なのである。
「(They Call Me)TREK DADDY 第04回」丸屋九兵衛
「サはサイエンスのサ」150 鹿野司
今回も引き続き、自閉(を初めとしたマイノリティ)とチンパンジーの直感像の話。
「家・街・人の科学技術 08」米田裕
前回話に出たフラッシュメモリがあるからこその、デジタルビデオカメラです。MPEG-2の二倍以上の圧縮率と高画質を持つH・264(MPEG−4AVC)という圧縮技術が紹介されています。H・264と言われても何のことやらだけど、MPEG−4と聞けばああなるほどです。
センス・オブ・リアリティ」金子隆一・香山リカ
◆「立て、人類よ!」金子隆一……人間の定義とは何か。常時二足歩行を行うもの――というのが現在の人類学の採用する定義だそうです。が、スマトラ島のオランウータンは「細い枝の上を歩くとき、むしろ四足で歩くより、腕でバランスをとって二足で歩く確率の方が高」いんだそうで、化石の骨格が直立歩行可能であってもすわヒト属とはならなさそうなのだとか。
◆「“理想の女性像”という包囲網」香山リカ……介護問題と女性の“役割”について。『恍惚の人』からはや三十年。まったく変わっちゃいないんだね。
「絶滅種」井上暁《リーダーズ・ストーリイ》
「近代日本奇想小説史」(第61 未来戦記の続出)横田順彌
タイトルだけ見ると今回はまともな小説なんじゃないかと思うけれど、偽史やSFとは違って、「ずばりリアルタイムで、今後、起こりうる日本対○○国という構図」で「国家の存亡を本気で描いたものが大多数だった」。とはいえ、イギリスの雑誌に載ったあらすじをもとに一冊の本にして出版したというすさまじい怪作もあったりする。的確に分析してしまったがために、日本の負けを描いた作品もある。
「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2007.1/2〜2007.3/4》川口晃太朗
しんみり感動系の気になる一篇がG・D・リーミング「空虚な雲」(Empty Clouds)。干ばつと砂漠の世界となってしまった北京で、カルトを取り締まる仕事をしている警部補が出会った奇妙な老人……。ほかにギネス・ジョーンズ「大きなネコ」(Big Cat)は、近未来、謎の死体を発見した矢先、死体が忽然と消えてしまう。UFOか? 神隠しか? と思いきや、実は……。「近未来の宗教が絡んでくるあたりから、物語は次第にダークファンタジイ色が強くなっていきます。一つの短篇のなかにいろいろな要素を取りこんだ、よくばりな一篇」とのこと。ジェフ・ライマンの「ポル・ポトの美しい娘」とか、ティム・プラット「見果てぬ夢」とか、ここで紹介されていて「面白そう」と思ったものを掲載してくれてたりするので、これも期待したい。
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