ミステリ・SF・怪奇幻想の好みもあるんだろうけれど、〈贈る物語〉三冊のなかでは一番好きだ。名作メインでありつつバラエティに富んでる。しかも、ミヤベ氏だけは他の二人とは違って、そのジャンルの専門家というわけではないんですよね(もちろんホラーも書いてはいるけど)。だから一番、読者としての視点で解説してくれているかもしれない。
「猿の手」W・W・ジェイコブズ/平井呈一訳(The Monkey's Paw,W. W. Jacobs)★★★★★
――見たところは……ミイラみたいに干からびた、ただのけだものの手なんですがね。これには、ある老人の行者のまじないがかけられてあるのです。三人の人間が、めいめいに三つの願いをかなえられるように、まじないをかけたのです。
たとえ既読のものでもアンソロジーに収録されていればなるべく再読しようと心がけるようになったので、これも読むのは何度目になるかわかりません。少し前にゴーリー編の『憑かれた鏡』で、柴田元幸訳を読んだばかり。冒頭のチェスの部分は柴田訳の方が雰囲気があるように感じたけれど、二度目の願いを口にしてからのクライマックスは、圧倒的に平井訳の方が上ですね。たたみかけるようなテンポでどんどん迫ってくる。わかっているのにちょっと怖かった。
「幽霊ハント」H・R・ウェイクフィールド/吉川昌一訳(Ghost Hant,H. R. Wakefield)★★★★★
――ラジオをお聞きのみなさん、トニイ・ウェルドンです。これから、おなじみの幽霊ハントの三回めをはじめます。いま、わたくしどもは、ロンドンからほど遠からぬ、身の毛もよだつような来歴を持つ建物に参っております。
国書刊行会の西崎憲訳「ゴースト・ハント」で馴染んでいたので、訳が違うとちょっと違和感がある。読み返してみても、あっちで読んだ方が断然怖いと思うんだがなぁ。ミヤベ氏も朗読したい、なんて書いているけれど、稲川淳二なんかにラジオでやらせたらパニックになるんじゃないだろうか。オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』みたいにさ。ウェイクフィールドも短篇集の邦訳がほかに何冊かほしい作家である。
「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」デイヴィッド・マレル/浅倉久志訳(Orange is for Anguish, Blue is for Insanity,David Morrell)★★★☆☆
――ファン・ドールンの絵がつねに論争の的であることはいうまでもない。美術史専攻のマイヤーズの部屋は、どこもかしこもファン・ドールンの複製画でおおわれていた。マイヤーズ自身は、憔悴して骨と皮だ。わたしは絶句していた。
むかし読んだはずなのだがすっかり忘れていた。やはり単純明快な古典的名作二篇と比べると、神経症的というか巧緻というか、文章を積み上げて積み上げて最後の最後に理詰めでぞわぞわっとさせる作品のため、ストレートな前二作と比べるとインパクトは落ちる。こういう狂気を扱った絵画ホラーというのはほかにもあるけれど、そこに持ち出してきた“狂気の理由”が異色です。浅倉久志が訳しているのもわかる(^^)。アメリカのB級パニック映画のラストみたいなサ、滅びに向かって戦いを挑むような、何とも言い難い勇気が胸につっかえてヤな感じ。感動もできんし恐がりもできんし、どうすりゃいいんじゃこの胸のモヤモヤは!って。嫌な小説です。
「人狼」フレデリック・マリヤット/宇野利泰訳(The Werewolves,Frederick Marryat)★★★★☆
――窓のすぐ下で、狼が吠えるのを聞いた。父は跳びあがって、猟銃をつかんだ。吠え声はつづいている。父はいそいで小屋を出ていった。ぼくたちは、外の気配に聞き耳を立てつつ、父の帰りを待っていた。
これも「猿の手」と同じく、古典的名作なのにこれ一作だけが有名ですね。『The Phantom Ship』という連作(長篇?)のうちの一篇らしい。グーテンベルクに置いてあるのでそのうち読んでみたい。狼男ホラーというよりは民話的異類婚姻譚である。山の神との契約と破棄。
「獲物」ピーター・フレミング/吉川昌一訳(The Kill,Peter Fleming)★★★★☆
――とある小さな駅の寒々とした待合室に、二人の男がすわっていた。霧が立ちこめ、汽車はいつ到着するとも知れなかった。「ところで、ぼくの叔父にまつわる、まだほやほやのじつに驚くべき話はいかがです?」
薬指が長いのは狼男のしるし、というのを、これを読んで初めて知ったんだったな。これだけあからさまな物語を、さりげないと表現するのもおかしな話だけれど、特徴的なしるしがあるからこそ、それを活かしたさりげないラストにつながるんだよなあ。見え見えなんだけど敢えてはっきりとは言わない。
「虎人のレイ」(『ブレス・オブ・ファイアIII』より)
ゲーム攻略本から採録というのがいかにもミヤベ氏らしいものの、たった二ページのキャラクター紹介からだけでは、ミヤベ氏の述べたような感動は伝わってこんよ。ゲームの世界観にどっぷり浸りつつ、頭のなかで空想をふくらませる妄想力がないと。
「羊飼いの息子」リチャード・ミドルトン/南條竹則訳(Shepherd's Boy,Richard Middelton)★★★★☆
――男は通りがかりのわたしに声をかけた。「おれの息子に会ったろう」「生憎だが会わなかったな」「生憎だ?――糞ったれめ」羊飼いはそうつぶやくと、犬を連れて行ってしまった。
ウェイクフィールド「ゴーストハント」も収録されている、国書刊行会の〈魔法の本棚〉シリーズは素晴らしい本です。これもその一冊『幽霊船』からの一篇。恐怖ともユーモアとも違う、強いて一言で表わすなら“さびしい”という表現がしっくりくる作家だろうか。いくつかの作品では、人の魂というものが、当たり前のようにこの世の人間と共存する。
「のど斬り農場」J・D・ベリスフォード/平井呈一訳(Cut-Throat Farm,J. D. Beresford)★★★☆☆
――「ああ、わしらあすこは、のど斬り農場っていってるね」と馭者はいった。「だけど、どうして?」わたしは薄気味悪くなって、きいた。「むこうへ行ってみりゃ、わかるさ」
ジョン・ディクスン・カー『喉切り隊長』を読んで、英語の「cut-throat」には「喉切り」から転じて「人殺し」という意味もあることを知った。それを知ってから読むとひときわ怖い。家畜をかっ捌く「のど斬り」どころか、もろ「人殺し」だものなあ。ただ、読み返してみるとそれほどピンと来なかった。アイデアは光るが小説としてはうまくはない。
「デトロイトにゆかりのない車」ジョー・R・ランズデール/野村芳夫訳(Not From Detroit,Joe R. Lansdale)★★★★★
――「一緒にぽっくりいきそうだ。老人には、それが理想だな」「うちのおばあちゃんから死神のお迎えを見たって話をきかされたわ」「そいつは初耳だ」「黒い馬車が家の前で減速し、乗っていた死神が鞭を三回鳴らしたら、父親は亡くなったそうよ」
ぶっきらぼうでがさつな愛に、ファンキーなセンスのかっこよさ。アメリカのいいところを下世話に凝縮したような作家である。登場するのは死神といっても、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のジャックのような、コワかわいい憎めないキャラ。
「橋は別にして」ロバート・L・フィッシュ/伊藤典夫訳(Not Counting Bridges,Robert L. Fish)★★★☆☆
――「いまの合衆国の国土のうち、自動車に割り当てられたスペースは、どのくらいあると思う?」「道路とか、そういうのかい?」「それから、駐車場、車回し、ガソリン・スタンドなんかだな」
著者はホームズ・パロディ〈シュロック・ホームズ〉シリーズが有名ですね。迷推理を披露したあげくに事件も解決していないのにすべてがまるくおさまるという無茶苦茶なパロディでした。これもそういうアホらしい大法螺のノリでしょう。
「淋しい場所」オーガスト・ダーレス/永井淳訳(The Lonesome Place,August Derleth)★★★☆☆
――あの淋しい場所さえなかったら――あれさえなかったら、ジョニーとわたしが人殺しの罪をおかすこともなかったろう。その淋しい場所も、ジョニーと一緒なら全然こわくなかった。
『幻想と怪奇』で読んだときは名作だと思ったんだけどなぁ……。やっぱダーレスはB級なんだろうな。アイデアはいいのに実力がないから再読には耐えないのだ。
「なぞ」ウォルター・デ・ラ・メア/紀田順一郎訳(The Riddle,Walter de la Mare)★★★☆☆
――とうとう、この七人の子どもたちは、みんなでお婆さんの家にやって来て、いっしょに住むことになりました。「さて、おまえたちよ、あの長持のある部屋に入ってはいかんぞよ」
城昌幸「古い長持」を先に読んじゃってたからな。あっちの方が切れ味がいい。そもそも切れ味が持ち味の作品ではないのだけれど。「古い長持」が不思議な味の話だとすると、この「なぞ」は不思議な話+ボケ老人の話? そこらへんの、不思議さの持っていきどころがなんだかピントのずれているあたりに、なんともいえない味がある。
「変種第二号」フィリップ・K・ディック/友枝康子訳(Second Variety,Philip K. Dick)★★★★★
――鋭い二本の鋏が球体から飛び出し、ブンブンと鋏を回転させながらソ連兵を襲った。米兵器クローにやられたソ連兵の手には、和平を申し出るメモが残されていた。最近クローの数が増えているのが気にかかる。ヘンドリックスは自らソ連軍基地に向かった。
『AKIRA』や『コインロッカー・ベイビーズ』で描かれた未来像がその後の作品にとんでもない影響力を持っていたように、ディックの作品世界も、現在の定番の原風景という感じがして懐かしくもパワーがある。意思を持ってしまった人間型武器。
「くじ」シャーリイ・ジャクスン/深町真理子訳(The Lottery,Shirley Jackson)★★★★☆
――九月二十七日の朝はからりと晴れていた。「みんな、用意はいいか? これからわしが名前を呼びあげる。呼ばれたものは前に出てきてくじをひく。いいな?」
短篇集『くじ』の他の収録作と比べるとわかりやすい。横溝正史の例を出すまでもなく、“どことも知れない田舎の共同体”というだけで、なにがしかの説得力を持ってしまうのだ。でもね、共同体なんていつの時代のどこの世界でも一緒なんですよね。本篇の設定をそのまま現代の町内に住むありふれた住人の物語として描いたのが、『くじ』収録の他の作品。悪意、とか、社交辞令、とか、協調性、とか。実は「くじ」以外の方が傑作だと思う。
「パラダイス・モーテルにて」ジョイス・キャロル・オーツ/小尾芙佐訳(At the Paradise Motel, Sparks, Nevada,Joyce Carol Oates)★★★★☆
――おまえたちブタどもの何人が。悪魔の使者たちが。心の底でひそかに姦淫をするやからが。神の怒りの権化である“スター・ブライト”に処置されてしかるべきおまえたち、もしわたしが穴ぐらに追い詰められなかったら、そのうちの何人がひとを殺していたか。
理不尽な悪意に対して為すすべがなくても、人は生きなくちゃならない。記憶をなくす、というのも、一つの選択肢だろう。絶対に忘れたりはせずに戦い続けるという選択肢もある。スター・ブライトは忘れられないんじゃなくて、忘れようとしない。強い意思。忘れることは、死ぬことと同じ。生きるためには、覚え続けて戦い続けなくては。理不尽な悪意を理不尽とも思わぬ人たちが、殺されるのは理不尽だと思いながら死んでゆく。生きていられたら、彼らもその“理不尽”に対して戦い続けたのだろうか。
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