「オランダ水牛の謎」★★★★☆
――「駅の公衆電話で見つけてなんとなく持ってきちゃったんだ。アーチーに謎解きをさせよう、なんて思ったわけじゃない」。衛が手にしているのは、枝つきの葉っぱが入った白い封筒。表には薄い走り書きがあった。「オランダ水牛 7000〜8500,植民地,スパイ=N?」
読み返してみると、女性のファッションを見て曰く“服装や髪型にかまわないというのはいい意味と悪い意味があるけれど、これはぎりぎりいい意味だ”なんてのは、小学校六年生の男の子の視線じゃないよねえ、と思ったりもした。これは大人の女すなわち著者の視線だね。まあそういう重箱の隅は目につくものの、やはり「夢を与えるため」の推理合戦という発想にぐっとくる。
「エジプト猫の謎」★★★☆☆
――野山芙紗がバッグを開けると、中から黒い影のようなものが飛び出した。「猫?」 旅行中に友だちから預かっていたその猫は、じっと見守っていると、前足を上げ、慎重な動作で小物入れのひきだしへ伸ばす。そのまま前足を引くと、小物入れのひきだしが、人間が手をかけた時のようにするすると開いたのだ。「すげえ!」衛は心底びっくりし、アーチーも「ほう」と声をもらす。
無理矢理だなぁ(^^;。会話のはしばしに「クレオパトラ」だとか「エジプトのミイラ」だとかまぶしてはおりますが。「オランダ水牛」のアイデアを思いついた時点で、編集者か誰かに、無理矢理でもいいから国名シリーズでいきましょう!と迫られたのかな。あとがきによると自分で思いついたらしいが。引き出しとは何かを入れるものだという思い込みが、事件の真相を隠していたのと、名前に関する思い込みというのが、微妙にリンクしているようなしていないような。三者三様に文字どおり安楽椅子探偵し合う作品だけど、推理にも真相にもちょっと冴えがない。
「イギリス雨傘の謎」★★★★☆
――「事件」が起こったのは、それからしばらくたってからだった。図工の実習生が、卒業制作のモデルに選んだのは図書委員の橘小百合。まずは粘土で像を造り、準備室で乾かしておいた。次の日、鍵の掛かった部屋の中で像は壊れていた。
折原一が、密室はもはやパロディでしか成立しないとか言うようなことを言っていたけれど、例えばこういうのも“パロディ”の一種だと思うんですよね。“パロディ作品”ではなくて、密室(あるいは密室トリック)のパロディ。ちょっと独特の登場人物を登場させることで密室を成り立たせるというのは、やはりどんなに自然で説得力のあるものでも、パロディには違いないのでしょう。これがもっと極端なものになると、折原一「不透明な密室」や天城一「高天原の犯罪」、あるいは泡坂妻夫「トリュフとトナカイ」あたりになるのだと思います。まあこれはトリックよりも事件を起こした“犯人”の心理のあやにこそポイントがあるお話ではあります。
「インド更紗の謎」★★★★★
――衛は父さんと野山芙紗の三人で、評判のインド料理店に行くことになった。「おやおや。テーブルクロスが裏返しになってるぞ」客が帰ったあとのテーブルは、煙草の焼けこげのある更紗が裏返しにされていた。いったいなぜ……。
タイトルだけじゃなく内容まで国名シリーズに敬意を表した“逆さまの謎”(^^)。ミステリファンなら、田端がサモサを頼んで更紗をひっくり返したというお父さんのトンデモ推理にきっとわくわくします(わたしはしました)。泡坂妻夫の名作「意外な遺骸」も思い出しました。でも真相じゃないんですよね……。トンデモ推理なんです……。人生(物生?)経験豊富な家具により真相は言い当てられるわけですが、経験豊富な家具にもおませな女の子にも真っ直ぐな男の子にも天真爛漫なお父さんにも予想できないその後の展開が好きです。アーチーの元の持ち主の鈴木さんや、お母さんなら予想できただろうか? 一人一人がフォローし合って、でも完全には推し量りきれない人の心。その心がありきたりで単純なだけにまた効果的で。ホームズの失敗って感じで微妙にかわいい。失敗ではないんですけどね。
「アメリカ珈琲の謎」★★★★☆
――衛は中学入学にそなえて学習参考書なるものを購入しようと思い立った。買い物が終わり店でドーナツを食べていると、男の声がした。「そこ、いいかな? コーヒーを飲みに来たんだけど、誰かとおしゃべりできたらと思って」差し出された名刺には、野山芙紗から聞いて知っていたミステリ翻訳家・渡辺俊樹の名前があった。小銭を忘れた渡辺に三十円を貸した衛は、後日返してもらう約束をしたが、約束の日、渡辺はドーナツショップに現れなかった。
アーチーの出番は少なく、護の成長譚として幕を閉じます。“安楽椅子”ミステリとしては特筆すべきところはない(著者もあとがきで「ハードボイルド風」と書いてる)んだけれど、小学校を卒業して中学生になる護の成長物語を締めくくる、第二部(?)のトリとしてはすぐれた作品。『安楽椅子探偵アーチー』の物語ではなく、護の物語なのでした。
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