『人間の手がまだ触れない』ロバート・シェクリイ/稲葉明雄他訳(ハヤカワSF文庫)★★★★☆

 『Untouched by Human Hands』Robert Sheckley,1954年。

「怪物」(The Monsters)★★★★☆
 ――コードヴァーとハムは、珍妙な物体に目をこらした。「おりていって、ちかくで見てみるか?」「そうだな……いや、まずい! 今日は女房を殺してこなきゃ」

 人間と宇宙人の文化のすれ違いをネタにした諷刺作品と書けばよくある話なのだけれど、ここまでラディカルなのはめずらしい。いやむしろ諷刺というより、「女房を殺したい」と一度は思ったことのある世の男性諸氏を代弁しただけの作品かもしれない。SFとは何でもできるもののだ。
 

「幸福の代償」(Cost of Living)★★★☆☆
 ――アヴィノン社の社員がやって来た。「これが今回の支払分です。ところで、もしご子息の成人後の収入を抵当になされば、喜んでクレジットを組ませていただきます。ご子息のためですよ。ご子息にも贅沢をお楽しみになる権利はあるのですから」

 そんなことを悟るのにそこまで時間かかるなよ(^_^;と思ってしまうのですが、使える携帯やパソコンやゲーム機や車を買い替える人間には、ホントはこの話を笑えませんよね。仕事が楽しくない人間には、笑えませんよね。
 

「祭壇」(The Alter)★★★★☆
 ――スレーター氏は男に呼びとめられた。「ちょっとすいません。バズ=マテインの祭壇はどこにあるかご存じでしょうか?」異教のようだ。異教徒どもがこの町で信者を獲得しようと張り合っているのかもしれない。

 これは意外とストレートな〈奇妙な味〉風味の怪談。〈地図にない町〉パターンというのは、個人的にはわくわくしてしまうのだが、その興味を持続させたまま、するりと興味のポイントを差し替えるあたりの勘所が非常にうまい。
 

「体形」(Shape)★★★★☆
 ――危険などないように見える。だが、この太陽系第三惑星が探検隊員すべての生命を奪っていたのである。操縦士ピッドは、体形をくずしがちな下層階級の通信士たちを一喝した。グロム星人はそれぞれの立場にあった体形を保つことを先祖から受け継いで来たのだ。

 生きる形態を定められた無定型生物(「体形」)。専門に分化した群体人類(「専門家」)。著者にとって人間とは何よりもまず自由なものだったのでしょう。自由を選び取る結末は、ささやかな感動を呼びます。
 

「時間に挟まれた男」(The Impacted Man)★★★★☆
 ――「管理官殿。ご契約の銀河系が完成いたしましたのでお知らせいたします」「カリーノメン殿。貴殿の銀河系に割れ目を発見いたしました。すでに住人が割れ目に取りこまれております。ただちに修復していただきたい」ジャックは階段に足を降ろし――草原に立っていた。

 SF的な不思議を外から描いているんだけど、その外側の芸術家的尊大さとお役所的真っ当さのやり取りが醸し出すユーモアが絶妙。世界のなかにいる人間には、いい迷惑です(^_^)。
 

「人間の手がまだ触れない」(Untouched by Human Hands)★★★★☆
 ――その惑星は見捨てられたもののようだった。ヘルマンとキャスカーは食べ物を求め倉庫を漁った。「《ヴィグルーム》胃に満たせ。入れ方を正しく」「《ヴォルミタッシュ》読んで字のごとく快適」なにか食べられるものがあるにちがいない。

 未知の惑星で食べ物を探す。倉庫のなかにあるのは、食べられるものなのか、食べられないものなのか。たったこれだけのことが、理屈屋の元図書館員の無駄な蘊蓄によって、バカバカしい笑いに包まれる。
 

「王様のご用命」(The King's Wishes)★★★★☆
 ――泥棒は毎晩やってきて、痕跡を残さず盗み出して行った。ボブとジャニスは暗闇のなかで見張っていた。現れたのは、二本の角を生やし、翼のついた怪物だった。

 劣等生の魔物がご主人様の願いを叶えるために、魔法を使わずに(使えない)人間界から盗みを働く。魔物と頓知ものの一つではあるが、魔物を呼び出した人間と魔物の化かし合いではなく、第三者と魔物の化かし合いであるところに工夫がある。
 

「あたたかい」(Warm)★★★☆☆
 ――「助けてくれ!」と声が聞こえた。アンダースは神秘的な声というものを信じていなかった。自分の精神が健全であることには絶対の自信をもっていた。とすると――。「だれだ、きみは?」「わからないんです」

 ちょっとした不信。尊大な無関心。つけこまれれば、たちまち虚無に飲み込まれる。
 

「悪魔たち」(The Demons)★★★★☆
 ――ニューヨークではないどこかで、ニールスバブと自称する生物が五芳星のなかを見つめていた。そこには思いもよらぬものがいた。違う悪魔が出てしまったのだ。一方アーサーは茫然としていた。保険会社に向かって歩いていたのに、どこだかわからない場所に着地したのだ。

 悪魔の呼び出しにまつわる失敗……もとい〈悪魔〉として呼び出されてしまった人間という発想が秀逸。オーバーロードとかを思い出した。悪魔なんていやしない。悪魔的な外見の宇宙人がいるだけ。SFじゃ。
 

「専門家」(Specialist)★★★☆☆
 ――光子嵐が予告なしに押し寄せた。アイ(目)がトーカー(語り手)を通じて警報を出す暇もなかった。トーカーはウォールやエンジンたちの無事を確認した。だがプッシャー(推進係)が死んだのである。

 おお、そうだったのか(^_^! 戦争の原因はこんなところにあったのだ。「プッシュ」って何だよ。どうやるんだよ。というあたりも楽しい。
 

「七番目の犠牲」(Seventh Victim)★★★☆☆
 ――人類滅亡の危機に際し、恒久的平和が求められた。だが人間は戦うことが好きだった。そこで殺人が合法化された。登録した者は規則に従って殺し合いができるのだ。フリレインはすでに六件の殺人を成功させていた。

 まあ見え見えなんだがそこが魅力といえば魅力。
 

「儀式」(Ritual)★★★★★
 ――「神の船がやってきました」「まことか?」長老はあわてて儀式の準備を始めた。神が戻っていらしたのだ! 「入港許可の踊りじゃ」「本気ですか? まずはご馳走を」「それは異端の教えじゃ」船から現れた二人の神は、空腹の踊りを踊られた。

 ↑「七番目の犠牲」みたいにサスペンスで見え見えをやられると辛いが、こういうバカバカしい作品だとベタなのがかえって効果的。
 

「静かなる水のほとり」(Beside Still Waters)★★★★☆
 ――マークは小惑星帯を飛び回り、半マイルほどの岩板に住み着いた。岩板にマーサという名前をつけ、ロボットを買ってチャールズと名づけた。マークはロボットのヴォキャブラリィを少しずつ増やしていった。

 お。最後にちょっとしんみりする話です。星新一とか。藤子不二雄のSFまんがとか。リリカルな孤独。夢見る希望。
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