『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹(富士見書房)★★★★★

 なんだ。すでに最高傑作を書いてるんじゃないか。

 デス博士と八百屋お七と虚無への供物やエンリコ四世etc.形にできない観念が砂糖菓子という比喩で目に見えるものになりました。

 ひきこもりになってから人柄ががらっと変わってしまい貴族のようで〈神の視点〉を持つ兄、というキャラクターが面白い。「我が妹よ」なんていう台詞がなぜかはまっています。貴族とか〈神の視点〉とかいうのは比喩ではなくて、スピンオフ作品「暴君」によると、どうやら人外の力が存在するらしいのですが。それはともかく、これって何のことはない、名探偵キャラなのだ。現代を舞台に名探偵を配置するには――という問題に対する一つの答えとして興味深い(とか偉そうな物言いをしてみましたが^^;)。

 貴族的な兄、とか、自分を人魚だと言い張る少女、だとか、エキセントリックな登場人物をまたこれが魅力的に描きながらも、田舎の問題だとか母子家庭だとか引き籠もりだとか虐待だとかプチ社交界だとかほのかな恋愛だとか大人のずるさや子供の限界だとか、〈いまここ〉にある問題を余すところなく描ききっています。

 そのバランスの取り方こそが著者の才能の現れでしょう。特に最近のエンターテインメントでは、キャラに寄りかかりすぎたり説明臭い説教が始まったりしがちなものが多いことを考えると、本書が稀有の傑作であることが際立ちます。ある部分でミステリ的な形を取っていることも成功していると思います。〈説明〉されても説教くさくなるだけだもの。ミステリの形を取ることで、文章で説明されなくとも、真相がわかった瞬間にすべてが明らかになる。ミステリを謎解き興味だけでなく構成の面でも活かしているのは、カーが好きという著者の面目躍如たるところです。

 世の中には答えの出ないことはあるし、どうにもならないこともいくらでもある。そのことを、少女小説という形で描いたからこそ意味があると思います。子供にとっては実弾も砂糖菓子の弾丸もともに無力でしかないという現実だけど、現実を見つめながらもそれでも弾丸を撃ち続け、それを現在進行形の形で、現在進行形に生きている同世代に突きつけてるものなあ。

 子どものころに読みたかったな。

 砂糖菓子では撃ちぬけない。けれど、すべての学校の図書館に本書が一冊ずつひっそりと置かれていたら、世界は変わりそうな気がする。と思いたい。

 ほのかなユーモアもよい。

 あのころ、大人になんてなりたくなかった。/傲慢で、自分勝手な理屈を振りかざして、くだらない言い訳をくりかえす。そして、見え透いた安い論理で子供を丸めこもうとする。/でも、早く大人になりたかった。/自分はあまりにも弱くてみじめで、戦う手段をもたなかった。このままでは、この小さな町で息がつまって死んでしまうと分かっていた。/実弾が、欲しかった。/どこにも行く場所がなく、そしてどこかへ逃げたいと思っていた。/そんな13歳の夏、あの少女に出会った。/あたし、山田なぎさ――片田舎に暮らし、早く卒業して社会に出たいと思っていたリアリスト。/あの少女、海野藻屑――自分のことを人魚だと言い張った、少し不思議な転校生。/あたしたちは言葉をかわして、ともに同じ空気を吸い、思いをはせた。全ては生きるために、生き残っていくために。これは、そんな13歳の、小さな小さな物語。容赦なく過ぎさった季節と、残された裏がえしの希望を胸に、あたしは、大人になっていく――。稀世の物語作家、桜庭一樹の原点となる青春暗黒小説。(帯裏あらすじより)
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