『平田オリザ1 東京ノート』平田オリザ(ハヤカワ演劇文庫8)★★★★☆

 これはさすがに「読む」のには無理があるなあ。登場人物が多い群像劇だもの。ストーリーの起伏は少ないくせに、登場人物の出入りは激しいので、読んでいるとこんぐらかってくる(^_^;。

 舞台の上で世界を構築するのではなく、舞台というフレームで日常を切り取ったかのような逆手が新鮮。小津と言われると、何となく納得してしまう。テーマだけでなく。固定したフレームと、縦ではない横の動きというのは、むしろ映画より演劇にこそ向いている(まあ小津と言われたからそう思っちゃうだけなんだけど)。

 うまいなあと思うのは、作者は別に何にも名言はしていないのに、こういうふうに書かれると、舞台の四角い枠が自ずから額縁やカメラ・フレームに見えてきてしまうところ。世界が何重にも見えてくるようで、軽く眩暈がしてくる。

 戦争の影がそこかしこに見え隠れしているというのに、飽くまで今と変わらぬ「日常」であるところが怖い。実際にもこんなものなのかもしれないな。というか、9・11や自衛隊派遣に関わりのある人なんて、広く見渡せば身近にだって一人や二人いるに決まっているはずなのに、わたしの生活なんて変わってないもの。

 だけどむしろ、彼ら/わたしらにとっては、戦争よりも重大で劇的な日常があるというのも事実なのだ。昔好きだった人に偶然出会ったり、久々の親戚集まりにうんざりしていたり、別れ話をひっそり胸に秘めていたり、遺産や商売のことで手一杯だったり。

 「本当の景色とかね、本物の人間よりも、絵を見て綺麗だなって思うのは、どうしてでしょう?」

 演劇を見て感動するのはどうしてなのだろう? ことに、演じられているのが日常そのものだったとしたら。

 美術館の片隅のロビーは、人々が一休みしにやって来ては猿。恋人たち、久しぶりに再会するきょうだいと連れ合い、個人所蔵画の寄贈者、学生。会話の断片は世界情勢から個人の悩みまで照らし出す。戦火が広がるヨーロッパから多数の名画が日本に疎開してきているらしい。故郷で老親を世話する長女を理解してくれるのは誰なのか淡々とした会話から、穏やかな日常とは裏腹の世界を鮮やかに切り取る岸田國士戯曲賞受賞作。(裏表紙あらすじより)
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