『蹴りたい背中』綿矢りさ(河出文庫)★★★★☆

 今ごろになって読みました。

 正直言ってこんなに面白い作品だとは思いませんでした。最初のほんの何ページかで、高校という特殊すぎる世界の空気を伝えてしまえる。まずはこの、世界を見る目とそれを表現する技術の的確さに引き込まれました。五十、六十でこんなのを書いたらそれはそれですごいけど、高校生・大学生だったら書けるか、といったらもちろんそんなことはないわけで。

 余り者だけ、あるいは高校生だけ、を描いているなら、まあちょっと観察眼のあるひねくれ者の女の子のまぐれあたりだったかもしれないけれど(その場合でも、綿矢りさ=ハツだった場合に限られるわけで、著者が主人公とまったく違うタイプの人間であるのにこんな空気を伝えられるのならそれはやはりすごい)、モデルのオリチャンを「上手に幼い人」とあっさり言えちゃうのは、著者の視点が本物である証でしょう。

 ここまで人間を冷徹に観察できるというのは、著者はよっぽど頭がいいか意地が悪いかに違いありません。

 クラスでちょっと浮いている二人がメインなのですが、そのうちの一人である語り手が、浮いてるゆえの一歩引いた視点で高みから見下すように物事を見ているのが面白い。クラスメイトの方では語り手の方を低く見ているわけですが、それに気づきながらも交わろうとしない、いやそれどころか逆に自分が高みに登ってしまおうとばかりに突き放すそのひねくれ方が芸になっているんですよね。変な言い方ですけど。高校生の自分語りではなく小説になっているというか。

 一方でもう一人のにな川の方はというと、クラスを超越しているというか完全に浮いているというか。蹴られるために存在しているような(^^;。衝動を、「蹴る」という形で表現するにはうってつけというか、まあそれが恋愛感情であれ嫌悪であれ発作的なものであれ八つ当たりであれ、溜まりに溜まった衝動を、あーいらいらするーっ!と蹴りたくなるようなヤツなのです。屈折している人間が泰然としている人間に抱く当然の感情といえばいえるんですけど、語り手がひねくれてるだけに、その(ある意味)素直な感情の発露は感動的なほど。かっこいい。

 だけどそんなことより意外だったのは、こんなにも笑いどころ満載の話だったこと。モデルの追っかけオタクのにな川の意味不明な言動に、語り手がクールにツッコむツッコむツッコむ。電車とかで読まなくてよかった(^^;。笑い転げてしまいました。

 “この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい”長谷川初美は、陸上部の高校1年生。ある日、オリチャンというモデルの熱狂的ファンであるにな川から、彼の部屋に招待されるが…暮らすの余り者同士の奇妙な関係を描き、文学史上の事件となった127万部のベストセラー。史上最年少19歳での芥川賞受賞作。(裏表紙あらすじより)
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