『名探偵 木更津悠也』麻耶雄嵩(光文社文庫)★★★★★

 文庫化されたので再読。幽霊がいるいないは留保したまま、謎解きには白幽霊の存在が密接に関わっているという、離れ技の短篇集。一見地味だが、この一点だけでも目を見張る傑作です。犯人当てとしても綾辻・有栖川・法月に引けを取らない、いや凌駕しています。

「白幽霊」★★★★★
 ――資産家・戸梶康和が自宅の洋館で刺殺された。財産相続がからんでいるものの、遺族たちには、それぞれ完璧なアリバイがある。被害者の甥・彰敏が証言した幽霊の目撃談。そこから名探偵・木更津悠也が導きだした犯人とは――!?(裏表紙あらすじより)

 ミステリってセンスだなとつくづく思う作品。読み終えてみれば、これで本格ミステリが成立しているのが驚くほどの単純さ。誰もが同じものを見ているはずなのに、「見てはいるが観察していない」。解決篇については、ここの管理人の方がめちゃくちゃ的確な指摘をしていらっしゃいます。う〜ん鋭い。
 

「禁区」★★★★★
 ――白幽霊。半年ほど前から噂になり始めた。振り返ると、血塗れの女が「たすけて……」と手を伸ばしてくるという話。その噂について、知耶子がとんでもないことを言いだした。「あれは夏苗なんじゃない?」同じ文芸部員の夏苗は半年前に行方不明になっていた。「夏苗は白い服が好きだったし」

 真相が導かれるきっかけになる、ちょっとした違和感の正体に舌を巻きます。「白幽霊」ともども驚くほど単純なのに、文章で読んではなかなか気づきづらいというのがミソ。あまりにもちょっとしたことでありすぎて納得しづらい嫌いがあるものの、事件の再現という形で説得力を補っています。「白幽霊」と比べると、香月の名探偵フェチが悪ノリしてきてます(^_^;。
 

「交換殺人」★★★★☆
 ――「妻と口論をしてしまいまして……呷るように呑んだんです。隣の人に愚痴っているうちに……あんなやつ殺してやりたいとか云ったんですよ。すると、実は俺も殺したいやつがいるんだ、と相手も云い出したんです。交換殺人って云うんですか。その時はぜひやろう、ということになってメモを交換したんですが、一昨日新聞を見ると、そのメモの相手が殺されていたんです」

 先の二篇と比べると複雑になった分だけ逆にちょっとものたりない。妙なものである。白幽霊の使い方も、登場人物が幽霊を目撃したということそのものが解決の糸口でもあった他の三篇とは違い、目撃証言の内容が糸口になる等ある意味普通の関わり方なのが残念。香月が真相に気づくきっかけも、木更津が目にしなかったものが原因である等、(木更津にしてみれば)フェアじゃない。しかし事件自体は複雑ながらも、なぜ二人目が殺されなければならなかったのか、に関するロジックは単純明快で見事。
 

「時間外返却」★★★★★
 ――鉄道ビデオに映っていた幽霊らしきもの。地元のオカルト好きがその場所を掘り返してみると、実際に死体が見つかったのだ。一年前から行方不明だった橘鈴子だった。警察の調べでは、被害者は失踪した当日の十二時頃にビデオを借りている。そして、そのビデオは翌日付で返却されていた。

 単純であることと企みに満ちていることを両立させた稀有な作品。語り手である“推理作家”香月の推理作家としての実力もうかがうことのできる技巧作。そのことが「依頼人は既に死亡しているため、いわゆる名探偵的な推理のお披露目は出来なかった」ことと不可分に結びついている点も注目に値します。

 敢えてストレートなタイトルにしたのは相応の理由があります。思うに『名探偵』とは、常に理想に近づこうとする強靱な意思を持った存在でなければなりません。その毅然たる姿勢が、喜んで記述者の立場に甘んじるワトソン役を産むのです。その意味では、最も彼をよく知るワトソン役が尊敬し『名探偵』だと認めていなければ、いかに世評が高くとも、『名探偵』ではあり得ないとも云えます。

 もちろん最大の必要条件が、彼でしか解き得ない難事件を速やかに処理することなのは云うまでもないでしょう。

 それでは木更津悠也の鋭敏な頭脳と華麗な活躍をお楽しみください。

         香月実朝(カッパ・ノベルス版カバー袖)
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