『ミステリマガジン』2008年4月号No.626【フランス・ミステリ観光案内】★★★★☆

 前回のフランス・ミステリ特集は、シムノンやボワロー=ナルスジャック、アルレーなど大御所も掲載されていたけれど、今回は新紹介作家や日本ではマイナーな作家が中心です。これが結構おもしろくて、最近の『ミステリマガジン』では出色の号でした。

「そうだパリ、行こう」千野帽子
「フランス・ミステリ文献ガイド」吉野仁

 千野氏によるフランス・ミステリ&フランス案内と、吉野氏による書誌&評論本ガイド。わたしがフランス・ミステリに詳しくないせいもあってか、単なるガイド以上の読みごたえがありました。
 

「テート・ドール公園」パスカル・ガルニエ/宮澤実穂訳/加藤龍男イラスト(Lyon 《La Tête d'Or》,Pascal Garnier,1998)★★★★☆
 ――「あたし、妊娠したの」デザートのときに、なんだってこんなとてつもない嘘を言ってしまったのだろう。多分、うんざりしていたからだろう。食卓での淀んだ沈黙に、さざ波を立ててみたくなったのだ。

 「バラにはおかしな名前がついていた。ウインザー公爵夫人、ランプロワ夫人、ウインストン・チャーチル……。しゃれた墓地へやってきたみたいだ。」という発想に、うまいこと言うなあと思いつつも、むしろ虚心に薔薇の名前を聞けばこういう反応をする方がストレートでまっとうなのかもしれないと思ったり。ところがこういうストレートな思考回路こそが、実はある意味で伏線だったのだとわかり感心ひとしきりです。プレッシャーに押しつぶされそうな人間のつらさが、ほの美しく伝わってきます。アンソロジー『お一人きりですか?』に「キャビン34」の邦訳あり。
 

「女写真家とモデル」ピエール・ブールジャド/中川潤一郎訳(Le Modèle,Pierre Bourgeade,1998)★★★★★
 ――女写真家はついに、好みにかなった新しいモデルに出くわした。「写真、それは反逆の表現だ!」いつもの台詞を、少女の前だからいつもより穏やかに口にした。彼女は遠くからやってきた。ゼロからの出発だった。母親に売られ、主人に給仕するようになった。

 少女の攻撃性を恐れたというよりも、むしろ好むと好まざるとに関わらずいつの間にか自分が〈わかったような大人〉の側になってしまったことにショックを受けているように感じます。そうなりたくてなったはずだったのに、かつての自分を少女に見て茫然としているような。「何日かのちに、どこかで騒ぎが勃発する」ことを、写真家は知っている。自分ならそうするはずだから。刹那的な少女の捨てぜりふが印象に残りました。写真家のマン・レイやピエール・モリニエと親交のあった純文系作家のようです。ブルジャッド表記の方が多いみたい。
 

「最高の者に栄冠あれ!」ジェラール・デルテイユ/渡辺一美訳(Que le Meiller Gagne!,Gérard Delteil,1987)★★★★☆
 ――弱虫、能無し、意気地なし……よくここまで揃ったものだ。オーディションに勝ち抜いたものを我が社に採用するというこの番組の企画自体が失敗なのだ。わたしが手にしているもの、それは努力の賜物だ。なぜか? わたしが最高の者だからだ。

 まあどうってことのない話なんだけれど、こういう皮肉な話でニヤリじゃなくて爆笑したのは珍しい。無味乾燥かつ真面目くさった新聞記事という体裁が、皮肉さをいっそう際立たせているからだと思う。1993年に『Pièces détachées』でパリ警視庁賞を受賞。
 

「だから、ひとりだけって言ったのに」クレール・カスティヨン/河村真紀子訳(J'avais dit une,Claire Castillon,2006)★★★★☆
 ――子どもを作ろうと言われたときは、耳を疑った。冗談でしょ?って、笑いとばした。でも、仕方ないじゃない。あたしは母親になると決めた。ただし、条件つきで。ひとりだけよ、とあらかじめ宣言した。

 正常な感覚の欠落っぷりが恐怖を通り越してギャグになっているセンスに脱帽。オチがどうこうというより一連のズレた一人語りが面白い。とはいえ邦題に「だから、」って付けちゃうのはネタバレのような気がするなあ。
 

「ガストンが死んだら」ジャン=フランソワ・コアトムール/大林薫訳(Les cobayes,Jean-François Coatmeur,1999)★★★☆☆
 ――どちらが先にそれを口にしたのか、ステファンは思い出せなかった。自分か? サンドラか? もし、ガストンが死んだら……。彼女と二人抱きあっていると、それがうっとりするような調べとなって耳元で震えた。

 最後に来ていかにもおフランスらしい話が来ちゃったなあ。日本人の感覚では最後のパラグラフはいらないと思うんだけど。原題「モルモット」が複数形なのがポイントですね。これは皮肉というより取りあえずどんでん返しが楽しければよいみたいな話だと思います。なんだか挿絵のステファンがやたらとかっこよすぎる。ジュード・ロウみたいだぞ。この人はいくつか邦訳があるようです。
 

「穴の向こう側」腹肉ツヤ子
 何となくフランスっぽいからコワイ(^_^;。

「ミステリ・ガイド・ツアー」高野優
 本書掲載作解題と、フランス(・ミステリ)・ガイド。

 フランス・ミステリ特集はここまで。
 

「トニ女史会見記」小鷹信光
 小鷹氏の連載でも以前に紹介されていたカーター・ブラウン研究家。二人がやたらマニアックな会話をしています。
 

「迷宮解体新書 第4回」歌野晶午
 何だかんだ言って島田荘司のセンスと筆力をいちばん受け継いでる人。
 

「私の本棚 第4回」小林宏
 『小林宏明のGUN講座』の著者です。
 

ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか? 第120回(最終回) 叙述トリックと第三の波」
 ああ、なるほど。『容疑者X』で終わるわけか。評論の構成としてバランス取れてるなあ。
 

「独楽日記」佐藤亜紀(第4回 これであなたも小説家より小説がわかる!)
 「若島先生、続刊ないし改訂版はいつでるんでしょう? もちろん厚さは三倍はありますよね?」ってそれは確かに期待したいんですが、それを言うなら『小説のストラテジー』だってそうですよ。「佐藤先生、続(以下略)」。
 

「新・ペイパーバックの旅 第25回=新旧二人のカヴァー・アーティストの王様」小鷹信光
 

「書評など」
ギルバート・アデアって『閉じた本』を読む限りでは、評論家の小手先芸みたいな感じで好きじゃないのだけれど、三橋暁氏は『ロジャー・マーガロイドのしわざ』を「本年の収穫のひとつだろう」とまで仰ってます。ふうむ。ほかに河出ミステリー『不思議なミッキー・フィン』ほか、何とエルモア・レナードの新作『ホット・キッド』が刊行されてます。「かつての作品に負けず劣らずの傑作」とのこと。

アンナ・マクリーン『ルイザと女相続人の謎」は、オルコットが主役という設定はどうでもいいんだけど、その時代ならではのミステリ的仕掛けというのに惹かれる。

◆酔っぱらった新郎を棺桶に入れて埋めて、あとで掘り出してびっくりさせようとしていた悪友たちが、埋めた直後に交通事故で死亡。新郎の居場所を知る者が誰もいなくなってしまい、捜査が開始される――というおバカな設定が笑えるサスペンスピーター・ジェイムズ『1/2の埋葬』bk1amazon]は古山裕樹氏によると、警視が霊媒や超能力者の助けを借りて捜査するのがミステリとしてもの足りないとのことなんだけれど、池上冬樹氏によれば読みどころはそこではないそう。しかし「そもそも棺桶に入れられた男は嫌なやつで、読者は感情移入しない」って凄い紹介の仕方だな(^_^;。

◆国内ミステリで気になるのは、今回は宮部みゆきが選考委員を務めた新潮エンターテインメント大賞の井口ひろみ『月のころはさらなり』。やはり宮部みゆきが選考委員というところに惹かれる。

◆国内からはもう一作、ようやく単行本化されたリレーミステリ『吹雪の山荘』bk1amazon]。リディア・モガールや円紫シリーズの〈私〉や若竹七海の新作というだけでもファンには嬉しいのに、リレーミステリとしては破格の完成度です。小池啓介氏によればトリを務めた巽昌章氏の功績が大きいとのこと。

◆その他山口雅也本格ミステリ・アンソロジー』、戸板康二『松風の記憶』(雅楽探偵全集5)。それぞれ地味にいい企画をする角川と、相変わらずいい仕事をする創元の名企画。

「文芸とミステリの狭間」風間賢二
 『ラナーク』の著者アラスター・グレイの『哀れなるものたち』。ハヤカワepi〈ブック・プラネット〉から出てたんだ。

「SFレビュウ」大森望
 詳しくは『S-Fマガジン』で、です。

◆今月もDVDが面白そう。『刑事コロンボ』の原作者たちが手がけた『殺しのリハーサル』amazon]980円。字幕のみなのが残念。

◆映画では『スルース』がリメイクされたおかげで旧作のDVDも発売されるんじゃないかとそっちの方を期待してしまうのだが。
 

「OK行動の決闘」逢坂剛菊地秀行・樋口明雄・霞流一
 もうすっかり逢坂さんはこのスタイルがお約束になってしまったな(^_^)。ミステリ映画の話と西部劇映画の話と、早撃ち対決。
 

「プロメテウス・バックドア」福田和代 ★★★★☆
 ――米国の省庁や大企業のシステムを荒らしまわっているクラッカーを退治すれば、昔の逮捕歴を抹消してもらえる。進入経路から、ロジカル社という会社のシステムに行きついたらしい。能條は椅子に座りなおした。それなら、ロジカル社のサーバーに侵入して調査してやればいい。

 自伝を書いてるってのはギャグなのかな……? 今回はわりと普通の問題解決もの。ただし新事実が小出しにされてるので、連作短篇として続きがどうなるか楽しみ。
 

◆「紫の鳥の秘密(後篇)」エラリイ・クイーンJr./駒月雅子訳(The Purple Bird Mystery,Ellery Queen Jr.,1965)
 

「座談会連載 第3回 『新・世界ミステリ全集』を立ち上げる」北上次郎新保博久池上冬樹・羽田詩津子
 今回はキングとかレンデルとか大御所ばっかりで、それぞれが推す作品に好みが出るのは面白いけれど、意外な作品に出会える楽しみはなかったなあ。
 

「夜の放浪者たち――モダン都市小説における探偵小説未満 第40回 尾崎翠「映画漫想」後編」野崎六助

「ミステリ・ヴォイスUK 第4回 ジュヴナイル・スリラーはいかが?」松下祥子
 イギリスで深刻な識字率低下。軍隊で基礎から再教育されて本の面白さに目覚めたアンディ・マクナブは、層の薄い男の子向けのヤング・アダルト小説を書いて本の楽しさを伝えようとしてるのだとか。面白いんだけど、そういう発想が出てきちゃうほど深刻だということなんでしょうね。
 

ポルトガルの四月 7」浅暮三文

「藤村巴里日記 12」池井戸潤
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