『ジャン=ジャックの自意識の場合』樺山三英(徳間書店)★★★★★

 日本SF新人賞受賞作。というだけなら手に取らなかったんですが。日本ファンタジーノベル大賞落選後に日本SF新人賞受賞なのだとか。

 ものすごく乱暴に要約するならば、ジャン=ジャック・ルソーの理想に絡め取られたマッド・サイエンティストが夢見た実験の顛末――ということになるでしょうか。

 それがさまざまな物語の文体(パロディ?)で語られます。幻想小説風あり、あるいは哲学的に、あるいは思索的に、J・J(ジャン=ジャック? 多分いや確実に植草甚一ではない)からJ・D(サリンジャー? デリダ?)への手紙あり、『さようなら、ギャングたち』かと思えば『ドグラ・マグラ』、はたまた探偵小説風に。

 そのほとんどは被実験者の一人称――というか、被実験者の意識の一人称で語られるので、もはや混沌としているなんてものじゃありません。意識の濁流。脳内(ではない)、魂内で繰り返される生と死。

 J・Jの手紙と併せて読めば、起こった出来事には、それなりに、筋を通せるようにも思えます。

 それでもやはり、あとがき以外はすべて通常の活字とは違う活字で印刷されていることから見て、すべてが妄想だった、と割り切っちゃってもいい、とも思います。

 天使《アンジュ》という名を持つ少女、学校での同じ一日を繰り返す子どもだけの島、船底より深い船底で待ち続ける老人、狂気に満ちた〈パパ〉の実験……哲学や文学や神話や科学に彩られた各エピソードを堪能しました。

 ※関係ないけど、『ジョゼフ・バルサモ』の翻訳中に天使を数える単位がわからず困っていたんだけど、本書では「(いく)たり」となっていた。

 「女の子のおちんちんは、お腹のなかについてるの」そう言ってから、下着を脱いだアンジュはまだ子供。ange/étrange/être-ange。ぼくの頭のてっぺんには手術の痕がある。パパが手術してくれた。でも余計にひどくなってしまった。頭がおかしい。ぼくはおかしい。「大丈夫だから」とアンジュは言う。「恋をしている子は、みんな少しだけ頭がおかしい……」

 物語、せよ。物語、あれ。肉体を持たず、いかようにでもありうる純粋な可能性、それが天使だ。一九六八年、日本人青年医師に、ルソーの魂が降臨した。彼は『エミール』の理想を実現すべく、理想の子供を育てることを決意し、孤児院を創設する。集められた子供たちは、《世界の救い主》を作り出すための、実験体であった……。天使が舞い、混沌が支配し、血と精液にまみれた溟い幻想が憩う、濃密な作品世界。(帯あらすじより)
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