『最期の言葉』ヘンリー・スレッサー/森沢くみ子訳(論創社ダーク・ファンタジー・コレクション6)★★★★☆

 スレッサーって意外と作品集が少ないんですね。ハヤカワの三つ+『ルビイ』+『伯爵夫人の宝石』だけなんだ。スレッサーらしく軽めの作品が多いので、★5つが目白押し、というわけではないのだけれど、粒ぞろいのいい作品集でした。収録作の書誌データくらいは付けてほしかった。

「被害者は誰だ」(A Victim Must Be Found)★★★☆☆
 ――「奥さまは重要な用件だとおっしゃいました」「会議中なんだぞ。何度言えば――」「怒鳴らないでちょうだい。夕食のことを訊いておかなくちゃならないでしょ……」

 お決まりの夫婦もの。オチは決してスマートとは言えないが、エスカレートする〈嫌がらせ〉のくだらなさにニヤニヤ。
 

「大佐の家」(The Colonel's House)★★★★☆
 ――大佐と屋敷はどちらが先に最期を迎えるか競っているようなところがあった。ところがある日、息子が告げに来た。「昨日、この家の買い手が見つかったんだ」

 これは何気にちょっといい話なんじゃないかと思ってみたり。皮肉といえば皮肉だけど、現実にありといえばありじゃないかと。お年寄りにとってはやっぱり「家」なんですよねえ。
 

「最期の言葉」(The Last Word)★★★☆☆
 ――「もしもし、フィリス? マニーだよ。今オフィスにいるんだ」「ちょっと待っ――」「いや、頼むよ、口を挟まないでくれ」

 意外性だけを狙ったような、掟破りのショート・ショート。ばからしさくだらなさなら本書随一。
 

「ある一日」(One of These Days)★★★★★
 ――「シャーロット。社長が家に来るんだ。最高のもてなしをしないとね」「無理よ」シャーロットの不器用さときたら、バナナの皮を踏んで転んでいる、という漫画のような具合だった。

 駄目人間の駄目っぷりを描いた作品――なのですが、ここまでくると、いっそすがすがしい。おまえそれわざとやってるだろ!ってやつですね。
 

「恐喝者」(Blackmailer)★★★☆☆
 ――ルイーズとジミーが喧嘩した。ジミーの父親が二人の交際を反対しているのだ。ルイーズの母クララは言った。「あの人たちは私が気にくわないんでしょ」

 スレッサーは名手なので、たとえベタな作品でも「上手いな!」と思うものなのですが、これはあまりにも見え透きすぎて、オチがオチになっていないような気がします。
 

「唯一の方法」(The Only Thing To Do)★★★☆☆
 ――「写真スタジオから来ました。例えばこんな写真を撮っております」一枚の写真を見せられて、グラフトンの顎が震えた。ニューヨークのコールガールと一緒の自分が写っていた。

 相手がお人好しでよかったねえ。何というか、こういう〈お洒落〉な単純さが魅力です。
 

「七年遅れの死」(And Seven Makes Death)★★★☆☆
 ――あと二日だ。報酬が手に入るのを七年待っていた。七年前に女房と計画して、遺書を書いた。そう、遺書は偽物だ。七年待てば法律死んだことになり、保険金が手に入る。

 保険金詐欺ものとしては珍しいパターンだと思います。それもそのはず、計画したって普通はそうなりますよ。。。
 

「診断」(Diagnosis)★★★★☆
 ――「診断してほしいんだ。ケニーについて感じていることが当たっているかどうか」医師はためらったものの、口を開いた。「勘は当たっています。ご友人は、罰を受けたいという屈折した渇望から盗みを働くのです」

 さすが目の付け所がうまいです。なにやら深刻なカウンセリングだと思ったら……。いや、しかし大事なことです。
 

「偉大な男の死」(Great Men Can Die)★★★★☆
 ――手術のため入院中の大作家セントジョンは、看護婦や見舞客に当たり散らした。「この部屋には何人たりともいれるな。だがヒギンズだけは別だ。あいつはわしの才能に惚れ込んでるんだ」

 笑えないぞ(^_^;。実際いそうだもの、こういう人。ミザリーなんか目じゃないね。
 

「拝啓、ミセス・フェンウィック」(Dear Mrs. Fenwick)★★★★☆
 ――謹啓弊社製品につきましてご不快な思いをなされましたこと、誠に申し訳なく存じます。……復啓迷惑料として三千ドルでご了解いただきありがたく存じます。ところでわたしの名前に見覚えがあるのは、フットボールに興味がおありだからでは――

 形式張ったマニュアル通りからのギャップが楽しい。そのうえ駄目人間パターンがプラスされて楽しさ倍増です。
 

「チェンジ」(Sea Change)★★★☆☆
 ――ジェニイとマーゴは、ジェニイの母の形見のネックレスを着けて、貴婦人のふりをして船旅をすることに……。

 優越者の傲慢と劣等者の復讐、スレッサーじゃなくても書けるかな、という内容。
 

私の秘密(Whodunit)★★★★★
 ――警部補のもとにクイズ番組「私の秘密」の司会者が現われ手紙を見せた。「拝啓 ふと思いついたのですがあなたは私に興味を持つかも知れません。私は人殺しです」

 「連想ゲーム」や「私だけが知っている」の人物版クイズがかもすサスペンスに、いかにもスレッサーらしいベタな夫婦ネタが加わった最強の作品。
 

「身代わり」(The Game As It Is Played)★★★★☆
 ――社長はかんかんだった。生放送のCMで、出演女優が商品を口汚く罵ったのだ。「あれはADチゾルムの一存で――」「そいつはくびだ」

 わたしはこれはオチを予期できなかったので、純粋に意外な作品として楽しめました。「身代わり」業というアイデア自体に意外性があるので、そこから先まで思い至らなかったのです。
 

「年寄りはしぶとい」(The Old Ones Are Hard to Kill)★★★★☆
 ――下宿人のポールスンさんがたちの悪い風邪をひいて、死にかけていた。「お医者様を呼びますよ」「もう手遅れですよ。告白をしたいんです。十年前に……殺したのは……私です……」

 絵に描いたような〈サスペンス・ホラーものの被害者〉行動を取る老婆。これはお約束というよりも意外とミステリっぽい意外性がありました。
 

「目撃者の選択」(A Choice of Witnesses)★★★★☆
 ――彼への支払は必要不可欠な経費の一つになっていた。奴はプロだ。金を払いさえすれば絶対に秘密は口外しない。だが……。そんなとき男に声をかけられた。「私らみんなで奴を殺しませんか」

 どちらかと言えばユーモア色のある軽妙な作品が多いなかで、これはストレートにヒチコック風でサスペンス色の強い作品。一種の完全犯罪もの。「七年遅れの死」の保険金詐欺や「身代わり」の身代わり業や本篇の完全犯罪など、アイデアだけでも面白い。
 

「ルースの悩み」(The Trouble with Ruth)★★★★★
 ――結婚してからほぼ十年。出かける前に挨拶代わりのキスをしたけれど、二人の唇は冷え切っていた。電話が鳴った。母親からだった。やめてよ、ママ。私に盗み癖があるからって、自分じゃどうにもならないの。病気なのよ。悪いことだってのは分かってるの。

 これは巧いなあ。何て巧い伏線なんだ。ベタかもしれないが、でもやっぱりフツーに舌を巻いてしまった。
 

「ダム通りの家」(The House on Damn Street)★★★☆☆
 ――マット・シェイヴァーは映画、金、敵の三つを作っていた。今度の作品にはスラム街の家が登場する。そのせいで夢を見る。最低《ダム》通りの家。俺はそのぼろ家で育った。

 これはまあいじめられっ子の成功譚です。
 

「ルビイ・マーチンスンと大いなる棺桶犯罪計画」Ruby Martinson and the Great Coffin Caper)★★★☆☆
 ――石鹸のクーポンが貯まったので僕とルビイは店に交換に行った。「ちょろいぜ」店を出たとたんルビイが言った。「なにがだい?」「ずっとクーポン交換店に押し入る話をしていただろ!」

 初めて読んだルビイ・マーチンスンもの。もっとスマートな泥棒ものだと思っていたのに、迷泥棒ものでしかもあんまりピリッとしてない。むしろ語り手のいとこのダメダメっぷりの方がメインだと思う。アレのカーチェイスには爆笑だったが。
 

「ルビイ・マーチンスンの変装」(The Mask of Ruby Martinson)★★★☆☆
 ――「三百八十ドルいる。ドロシイのために腕時計を買うんだ」ルビイが言った。「いいか、銀行に行って個人融資をしてもらうんだ。ただし、絶対に本名は名乗るな。お前の名前はモントゴメリイだ」

 ルビイのアイデアはあんまり独創的ではないので面白くないんだよなあ。
 

「ルビイ・マーチンスンの大いなる毛皮泥棒」Ruby Martinson's Great Fur Robbery)★★★☆☆
 ――「ドロシイがミンクのコートを欲しがっているんだ」ルビイが言った。「お前はこのボロ切れを持って毛皮店に行って、怪しまれるまで店内をうろつけ。万引きだと思われたら領収書を見せてやれ。それで慰謝料いただきだ」

 同上。「変装」にはまだしもバカバカしさがあったけれど、これは泥棒のアイデアもまともでつまらない。
 

「ルビイ・マーチンスン、ノミ屋になる」(You Can Bet on Ruby Martinson)★★★☆☆
 ――「ノミ屋ってのは楽して儲けられる」ルビイは言った。ところが大穴が一着でゴールインし、払戻金はとんでもない額になった。「明日の五時までに金を用意しとけよ、小僧」「殺されちゃうよ。どうすればいい?」「もっと気をゆったり持てばいい」

 語り手の駄目っぷりがわかりやすく出ている一篇。シュールなボケにルビイのツッコミが光る。
 ---------------

  『最期の言葉』
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ