『アフリカの印象』レーモン・ルーセル/岡谷公二訳(平凡社ライブラリー)★★★★★

 『Impressions d'Afrique』Raymond Roussel,1910年。

 傑作、ではあるけれど、初めてルーセルを読むのなら『ロクス・ソルス』をおすすめします。あちらは難しいことは気にせず読んでも、シュールなコントみたいでケタケタ笑いながら読み進めることができるので。

 アフリカで行われたけったいな祝賀イベントと、その成立事情を語る波乱の物語。そのあまりのインパクトゆえに、奇想の印象が強いルーセルですが、実はけっこう優れた語り部でもあります。それもときどき意外と通俗的な。突飛な要素をつないで出来た豊饒な物語は、名人の三題噺を聞くが如し。題から離れて単独で味わっても充分に面白い。前半で挫折したのなら、後半だけ読むという邪道もありだと思います。

 何しろ前半は文字どおり単なる要素の羅列。(普通の景色ではないとはいえ)風景描写だけがえんえんと続くようなものです。けれどそこを我慢して読めば、後半でその描写の意味・背景が明らかになるのですが、これがかなり感動的。悪く言えば足跡だけから象の姿を空想するというか、一つの事実から想像力を飛躍させて大法螺を吹いているようにしか見えかねないところを、いくつもの事実のすべてのピースがぴたりとはまってしまうので、法螺ではあるけど思いつきではないその構成力のすごさに、圧倒されてしまいました。三題噺の喩えに戻ると、(題自体が自分で考えた題とはいえ)三題ならぬ百題噺を100点満点で完成させてしまったようなもの。

 そんなわけで前半がちょっと(いやかなり?)しんどい本書ですが、読み進めるのが難しくなったら、保坂和志氏の巻末エッセイを読んでみてください。

「私は全体に幻想文学に分類される小説が嫌いで、シュルレアリスムにも関心がない」――氏が幻想文学嫌いなのは、おそらく事実なのでしょう。本書を手に取る人の多くが幻想小説シュルレアリスムに興味のある人だろうというのも、おそらく計算済み。幻想文学嫌いを公言しているからこそ、幻想やシュールを期待してあまりの無味乾燥さに戸惑った読者に対しても、恰好の作品案内になっているのです。

「描写がほどほどに隠喩的な機能を持つ小説では読者はイメージが与えられるようにして読んでいくことが可能だが、ルーセルでは与えられることはなく、読者は書かれているメカニズムや空間的配置を自分の頭の中で出力するように再現しなければならない」。プロの文章家に対して巧いというのはかえって失礼かもしれませんが、やはり巧いと言わせていただきます。よい作品+よい解説という贅沢な一冊でした。

 嵐にあった船はアフリカの沿岸で座礁した。セイル=コル率いる黒人たちによって、わたしたちは身代金目当てに皇帝タルー七世の支配下に置かれることになった。セイル=コルは十歳の時にローベというフランス人探検家と出会い、フランス語をおぼえた。彼の口から語られる、ニーナという少女との出会い、タルー七世の出自、その一族の恋、陰謀、歴史。やがて身代金とともに訪れるはずの解放のために準備される、祝典の由来と顛末。シェイクスピアの未発見原稿や、映像再生植物、みみずによるチター演奏etc...。
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