『鳥居の赤兵衛 宝引の辰 捕者帳』泡坂妻夫(文春文庫)★★★★☆

 泡坂妻夫なのでトリッキーな方でも時代小説の風味の方でも安心して読めます。

「鳥居の赤兵衛」★★★☆☆
 ――「鳥居の赤兵衛」は大盗賊の活躍を描いた貸本屋限定・十巻ものの手書きの読本だ。滅法面白いと評判だが、貸本屋の急死と同時に紛失した。続きを読みたい清元の師匠・閑太夫は、この読本に秘められた秘密を探るが……。(裏表紙あらすじより)

 ミステリとしてはちょっとずるいというか、レッドヘリングが上手いということなのかもしれないけれど、最初っからふりがなつきで目の前に答えが書いてある以上は、それに気づかず騙されたからと言って文句は言えまい。
 

優曇華の銭」★★★★☆
 ――廻っている銭独楽はたちまち倒れてしまいました。見てみると、心棒が狂っています。作り変えようと心棒を抜く。貼り合わせた銭はばらばらになりましたが、「……おや?」見慣れぬ輝きに骨董屋に持っていくと、たいへんな価値のある銭だと言います。

 泡坂妻夫を(あるいはミステリを)読み慣れている人間には、途中で伏線に気づいちゃうけれど、とはいえやはり伏線は巧み。お景の回していた独楽から銭という発端からどこに連れて行かれるかわからない展開は見事。
 

「黒田狐」★★★★☆
 ――迷子の子供がいるというので屋敷に行ってみると、そんな子供などいない、と言う。家老の鈴木は、狐に化かされたのでしょうと言いました。私が腰を上げようとしたとき、騒がしくなりました。「盗賊にございます」曲者は狐のように「こう!」と叫ぶとぐるぐる廻りはじめた。

 のっけから人を食ったユーモアあふれる作品。ミステリ的には動機はともかくトリックはすぐわかるけれど、「犯人」の仕掛けは凝っていて楽しめるし、松吉の捜査法やオチの一段にも笑いが洩れる。
 

「雪見船」★★★☆☆
 ――角突き合っていた内田屋六郎次と神田伯馬を雪見船に乗せて、頭の現八が仲直りの手締めをして盃を廻してしまう。気を利かした清太郎が新内の夕波も呼びました。土手には人通りもありませんが、上を見ると人影が見えました。うずくまった女を置いて、男が立ち去って行きます。「あれっ」夕波が叫びました。「あの人、血を流している」

 一言もしゃべれなかった講釈師の謎と殺人の謎が、意外なポイントで関わるのが新鮮。裏を掻かれるというか、ミステリを読み慣れた人ほど騙されるのでは。しかも各者各様の「暗号」の捉え方も面白い。
 

駒込の馬」★★★☆☆
 ――荷車と、人を乗せた馬が、丁字路で擦れ違いました。「あ――」あたしは思わず叫び声をあげた。馬の上から、馬上の人物が煙のように消え失せていたのです。

 当時の馬の蹄に関する知識から真相に辿りつく展開が非常にミステリ的。何でもない当たり前のシーンだけに、ささやかで単純ながらあっと言わされた。
 

「毒にも薬」★★★☆☆
 ――大旦那さんが亡くなりました。毒にやられたのだと思う。茶箪笥の上には土瓶が三つ並んでいました。一つには地黄、一つには千振り、三つ目には「毒」という紙片が貼られていました。

 ん? これは非常に泡坂妻夫的とも言えるけれど、でもさすがにちょっと、あまりにもわかりきっていることを何で?という印象はぬぐえない。
 

「熊谷の馬」★★★★☆
 ――どうしたことか馬上の者の上体がゆらりと傾ぎました。馬から落ちた者はぴくりとも動きません。そのはずで、左脇腹には深々と矢が刺し込まれていました。荒れ寺を再建しようとしていた勧進僧でした。

 本書の中では一番ミステリ度が高い。不可能犯罪ものと言って言えなくもない。HOWDUNITというよりWHYDUNITだけど。駄洒落に始まり駄洒落に終わる構成も愉快。
 

「十二月十四日」★★★☆☆
 ――煤払で見つけた立派な表装の書を骨董屋に見せに行った若旦那が、珍しく昼前に挨拶に来ました。鋸や掛矢、梯子を借りていった。泥坊が他人の家に押し入る道具ばかりです。おまけに幟旗も忘れちゃならない、と。

 これはもう若旦那のキャラを楽しむべき作品。謎の道具がいったい何に使われるのか?という謎の真相は、絵的にサイコーである。
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