『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集 雛の宿』三島由紀夫/東雅夫編(ちくま文庫)★★★★☆

 せっかくなので怪談としてのみ評価してます。

朝顔★★★★☆
 ――私の妹は終戦の年に腸チフスで死んだ。私は妹を大そう愛していたので、その死は随分とこたえた。妹の死後、私はたびたび妹の夢を見た。夢の中では妹は必ず生きていた。

 またびっくりするくらいの怪談らしい怪談。しかも冒頭から、これが甘酸っぱい死の匂いっていうのかな、言葉でしか知らなかった感覚がぷんぷん漂っていてぞわぞわっとする。
 

「雛の宿」★★★★★
 ――僕はその少女と、パチンコ屋を出る始末になった。『この子はよっぽど無邪気なんだろうか。それとも子供らしく見せかけた娼婦なんだろうか』「君って誰でも行きずりに附合うの?」「ううん、あなただけ。きょうはお雛様でしょう」

 単なる艶めかしい話ではなく、趣深い幻想譚にまで高めているのは、例えば「雛の宿」というタイトルをつけるセンスだったり、男雛がいないなんていう表現だったりします。種明かしが興ざめにならずにむしろ魅力を強めているのがさすがです。
 

「花火」★★★★☆
 ――A君に伴われて、彼が時たま行く飲み屋に行った。そこへ男が騒々しく入ってきた。その男は、容貌といい年恰好といい、僕と瓜二つだったのである。「……今思いついたんだが、運輸大臣の岩崎って知ってますか。じっと顔を見つめておやんなさい。そうすれば、あとでたんまりお祝儀が出ます」

 瓜二つの人間という設定こそ怪しげなものの、現実よりの恐怖譚でした。語り手の側からは事情がまったくわからないので、不気味とか奇怪とかいうよりもむしろ差し迫った現実的な怖さがありました。突然知らないひと数人に莞爾やかに話しかけられるとか、自分の知らないあいだに法律が変わっていたとか、そんな感じの恐怖。
 

「切符」★★★★☆
 ――今日の町内会の例会は秋祭の相談である。谷は三十すぎても独身で、町内の女に人気がある。『よくもおめおめと』というのが、仙一郎が彼の姿を見て最初に考えたことである。人の女房を自殺させておいて、よくものめのめと。

 幽霊を見たのならともかく(っていうのもあれだけど)、自分の頭がおかしくなっちゃったんじゃないかとか、世界自体が歪んじゃったんじゃないかとか、内側から壊れてゆくような話は相当に怖い。それをニューロティックに書くとうんざりさせられるんだけれど、正統的怪談のタッチで描かれているのでかなりパンチが効いています。
 

「鴉」★★★☆☆
 ――パン屋の裏二階に鴉が来てパン屑をたべる。パン屋の若い衆が小さなかけらをやった。「おいおい。お前はここへ来る前どこを飛んで来るんだ。港へは行ったか?」

 本書にもいくつか収録されているこのパターンの怪談のなかではいちばん出来が悪い。まあ怪談というよりノンシャランな若者が出会った奇譚という感じなのだけれど。
 

「英霊の聲」★★★☆☆
 ――浅春の一夕、私は木村先生の帰神《かむがかり》の会に列席した。神主の川崎君が歌いはじめ、神霊が憑り坐した。「いかなる神にましますか、答えたまえ」「われらは裏切られた者たちの霊だ」

 編者が解説で触れているように「白峯」だと思えば、由緒正しい寓言小説なのだが、現代を舞台に心霊とか天皇とか言い始めると、とたんに怪しげになってくる。
 

邪教★★★★☆
 ――同級のSが珍重している写本は、なんでも教祖が深夜祈祷のあげく神がかり状態になり、自動筆記した墨書の原本だという。ぶらりと訪ねてゆくと「北が光るぞよ、猫のあとに犬が来るぞよ」などという荒唐無稽な予言を読みあげはじめた。

 神懸りを扱った掌編。馬鹿らしさが不気味さに転ずる瞬間がキモチワルイ。
 

「博覧会」★★★☆☆
 ――……さて、私が書こうとしているのは堕胎の話ではない。小説家もたびたび流産をする。暗から暗へ葬られる作品がいくつもある。そういう作品にも主人公になる筈だった登場人物が、一人はいるのである。

 お馴染み「作品から抜け出た登場人物」もの。ただ、怪談というよりは作者の声みたいな内容ではある。
 

「仲間」★★★★★
 ――お父さんはいつも僕の手を引いてロンドンの街を歩き、気に入った家を探していました。ある晩のこと、あの人に会い、あの人は少し酔っていましたが、蒼白い顔で、「私は永いこと、こんな風に煙草を吸う子供を探していた」というのでした。

 パターンからいって、実はもとからこの世ならざるものだったのかな、と思わせる結末ではあるのだけれど、実際のところは如何とも判断しがたい。手当たり次第に煙草を吸い始める場面の不思議さ不気味さといったらない。
 

「孔雀」★★★★★
 ――ある晩、いきなり訪ねて来た男が刑事であったのには、富岡もおどろいた。十月二日の未明に、近くのM遊園地で、二十七羽の印度孔雀が殺され、その記事に一種の感動を受けているうちに、明る晩刑事が来たのだった。

 『書物の王国』で読んだときは美少年の嵐にうんざりして、記憶のなかではこれも少年愛ものだと勘違いしていた。美に囚われた人間の生霊譚。美の呪縛という点だけに限れば『金閣寺』よりも数段上の傑作。
 

「月澹荘綺譚」★★★★★
 ――以下は私が老人から聞いた話である。勝造が月澹荘の生活に近づいたのは、侯爵家の嫡男の遊び相手としてであった。嫡男の照茂は、何一つ自分の手を汚そうとしなかった。蜻蛉を釣るにしても、勝造に釣らせて、それをただじっと見ている。

 日影丈吉横溝正史が書きそうな、禁断の美と狂気と復讐。若奥様に淡い思慕を寄せる語り手の視点で語られているので、ところどころに怪しさは顔を出すものの、終盤になるまではわりと静かな印象をもたらしています。だから作品全体が下品にならずに締まっている。
 

雨月物語について」★★★☆☆

 上田秋成のことを「日本のヴィリエ・ド・リラダン」と称し、西鶴の復活と古典小説の伝統、そして美の追究について指摘する。
 

柳田國男遠野物語』」★★★★☆

 これはむしろ文豪怪談傑作選の柳田國男集についての解説副読文としての役割も。
 

泉鏡花★★★★☆

 昭和44年の鏡花評価とはこんなものだったのか。
 

内田百間★★★★★

 百間文学の魅力を言葉で説明するのってものすごく難しそうなのに、これ読むと百間が読みたくなってくる。本書のなかでいちばん「三島由紀夫ってすごいなあ」って思った作品。
 

「川端氏の「抒情歌」について」★★★☆☆

 これまた文豪怪談傑作選をサポートする内容。

「ポップコーンの心霊術――横尾忠則論」★★★☆☆

 いかにも三島らしいとはいえ本書のなかでは材料が異質だけれど、読んでみればなるほど「合成樹脂製の人魂」だそうです。
 

「小説とは何か」★★★★★

 作品論から本質論まで、その名の通りの「小説とは何か」。分量から言っても本書一。読みごたえあります。
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