『怪物ホラー傑作選 千の脚を持つ男』中村融編(創元推理文庫F)★★★★☆

 『The Monsuter Bokk』Ed. by Nakamura Toru,2007。

 モンスター小説、それもウルトラQ的なものを目指した日本オリジナル編集。『影が行く』『地球の静止する日』に続く中村融アンソロジー第三弾。

「沼の怪」ジョゼフ・ペイン・ブレナン(Slime,Joseph Payne Brenan,1953)★★★★☆
 ――それは海底を進む、濃灰色の巨大な頭巾状の化け物だった。軟泥の中を這いずるその姿は、獲物を求めておぞましく動き回る、ばかでかい粘液のマントのようだった。

 冒頭からしばらくはスタージョンの「それ」っぽいなと思いながら読んだのだけれど、やがて不定形モンスターによるモンスターパニック小説の顔が現われ始める。定番中の定番というだけあって、夜だけ動き回る不定形の怪物、銃も利かない無敵ぶり、ただ一つの弱点などなど、ツボを押さえてあります。旧題を踏襲しつつルビははずしたそうだけれど、確かに今となっては「スライム」と聞いても具体的なキャラクターを連想しちゃうものなあ。
 

「妖虫」デイヴィッド・H・ケラー(The Worm,David H. Keller,1929)★★★☆☆
 ――地下室から物音がしていた。建物全体がゆれていたのだ。そのとき、物音がやんだ。床には穴があいていた。ふさがなくてはならない。たっぷりとセメントをかぶせた。翌日、また物音が聞こえた。

 どこがどうブラッドベリなのかと思っていたら、なるほどそういうことか。三人称客観視点なので迫力はないが、じわじわと無言で迫る無敵の巨大モンスターという定番にニヤリ。
 

「アウター砂州に打ちあげられたもの」P・スカイラー・ミラー(The Thing on Outer Shoal,1947)★★★☆☆
 ――揺れがきた。波音が聞こえた。そのあと鼻のひん曲がりそうな匂いがきた。砂州に打ちあげられたものを見て、わしらは顔を見合わせた。それは人間だったからだ。

 これはひどい(^_^;。本書中でもとりわけウルトラQ的(あるいはその他のウルトラシリーズ的)ともいえるかな。キッチュでチープなモンスター大合戦である。
 

「それ」シオドア・スタージョン(It,Theodore Sturgeon,1940)★★★★★
 ――それは森のなかを歩いていた。生まれたわけではなかった。存在するだけだった。それには憐れみもなく、笑いもなく、美しさもなかった。力と知恵があった。そして――滅びることがないのかもしれなかった。

 簡潔な文章を重ねた怪物の描写と、登場人物たちの生命力のある会話が、相乗効果をあげていて(再読なのに)ぐんぐん引き込まれる。お伽噺(のパロディ)のような、とってつけたような結びが虚ろに余韻を残します。
 

「千の脚を持つ男」フランク・ベルナップ・ロング(The Man with a Thousand Legs,Frank Belknap Long,1927)★★★☆☆
 ――女の子が行方不明になった。砂が血に染まっていた。翌日、男の死体が見つかった。一滴の血も残っておらず、まわりには黄色い粘液状のものが見つかった。

 中村さん、こういうのが好きなんだなあ(^_^;。「アウター砂州」ともどもモンスターありきというか、怪獣がわたわた動き回る(だけの)話。こちらは語りも凝っているけれど、なにせ音が「バクッ、バクッ」だものなあ。
 

「アパートの住人」アヴラム・デイヴィッドスン(The Tenant,Avram Davidson,1960)★★★★☆
 ――とり壊されて建てかえられることになったアパートに貧乏住人が住んでいる。「三階に住んでいる婆さんよ。引っ越すそぶりを見せんのだ」ノックした。女はドアを半分だけ開いた。「病気なんです。引っ越すわけにはいかないんだから!」

 どちらかといえばキャラっぽいお茶目なモンスターが多いなかで、本篇はグロテスク。しかも「怪物」が現われてからの場面転換のねじれがいっそう気持ち悪さに拍車をかけます。
 

「船から落ちた男」ジョン・コリア(Man Overboard,John Cllier,1960)★★★★☆
 ――早い話が、グレンウェイは大海蛇を探していたのだ。水平線には、くる日もくる日も、何の影もなかった。だがある朝、双眼鏡を目に当ててみるや、横長の隆起を見つけた。ボーモイ島だった。

 めちゃくちゃ論理的な怪物講義から始まったかと思ったら、胡散臭げなホラ話の匂いが漂い始め、気づけばコリアお得意の偏執コメディじみたシチュエーションになっていました。コリアというとどうしてもオチを期待してしまうが、読んでるうちにそんなの忘れてしまうくらい物語自体が面白い。
 

「獲物を求めて」R・チェットウィンド=ヘイズ(Looking for Something to Suck,R. Chetwynd-Hayes,1969)★★★☆☆
 ――それまで何者だったかさだかではないが、いまは〈影〉だった。肉と血でできた生き物が住む場所をおとずれ、すすり、味わいたい。〈影〉に形ある生命を与えてくれる器を見出したいのだ。

 精気を吸う影という雰囲気のある存在も、霊感体質の妻の存在によってB級臭さに彩られています。血を吸い取られたり精気を吸い取られたりするだけなら定番ですが、吸い取られたものをこういうふうに表現するのは少し異色かも。そのせいでいっそうB級臭さが増していますが。
 

「お人好し」ジョン・ウィンダム(More Spinned Against,John Wyndam,1953)★★★☆☆
 ――リディアは夫のあれこれが気にさわるようになったが、その一つが体型、もう一つが夫の趣味だった。社会的に認められたものであったなら、まだしも我慢できる。しかしコレクションしているのがクモでは、変わり者の烙印を押されるだけだ。

 本来ならばちょっと軽めの小品といったところなのだが、そもそもモンスターというもの自体にある種のおかしみが備わっているので、本書の他の作品と比べても浮いているということはない。スマートな一品といったところ。
 

「スカーレット・レイディ」キース・ロバーツ(The Scarlet Lady,Keith Roberts,1966)★★★☆☆
 ――べつに粗暴な人間じゃないが、いちどだけ殺しを犯したことがある。裁判にはかけられなかった。つまり、殺したのは車だったんだ。法律用語でなんというのかは知らない。殺自動車とでもいうんだろうか。

 怪物が怖いというよりも、周りは気を揉んでいるのに憑かれている本人だけが……という気の滅入るパターンなのです。ショッカーなホラーよりもこういうものの方が心臓によくない。
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