『フレンチ警部の多忙な休暇』F・W・クロフツ/中村能三訳(創元推理文庫)★★★★☆

 『Fatal Venture』F. W. Crofts,1939年。

 確かにクロフツは地味です。クイーンの論理もない。チェスタトンの逆説もない。ウールリッチの文体もない。カーの派手さもない。シムノンの雰囲気もない。強いていうなら近いのはクリスティでしょうか。

 前半は船旅の新ビジネス立ち上げと、語り手と乗客とのロマンスという、まったりした内容。それでも、新ビジネスが軌道に乗るかどうか、乗客のあいだでいざこざが起きるのではないか、という(ミステリ読者にとっては)どうでもいい不安がちゃんと伝わってきて、読ませます。後半で語りがフレンチに変わってしまうのが少し残念だったくらい。地味ながらも愛着を抱かせる語り手なのですね。

 後半はフレンチ視点による事件の捜査(というか事件そのものが中盤にならないと起こらない!)。ここでまずトリッキーな仕掛けが一つ。地味なくせにこういうサービス精神があるから好感を持たずにいられない。

 お馴染みのアリバイものではあるのですが、鉄道時刻表ではないので、あまり厳密なものではありません。時刻表とにらめっこが苦手な人間にも優しい作品でありました。

 動機と機会の両面から一人一人に尋問していくというのは、黄金ミステリの本道といえば本道。テンポよくあーでもないこーでもないと試行錯誤してくれるので、いつの間にか読み終わってしまいました。

 「凡人探偵」っていうのは表現が悪いですよね。ただでさえ黄金期ミステリには退屈な尋問シーンというイメージがあるのに、凡人による関係者への尋問だなんて、めちゃくちゃ退屈そうじゃないですか。確かにフレンチ警部は地味な凡人ですが、つまらない人間ではないのです。そもそもフレンチ警部が船に乗り込むにいたった経緯がふるってます。およそリアリティのない机上のアリバイトリックを思いついて、事件は解決した!と快哉を叫ぶ警部はお茶目な奴です。

 そして真相。トリックの入口が明らかになってなお、不可能性が残っているのがニクい。明らかになったトリックを用いること自体が不可能という、いかにもミステリ的に屈折した謎なのでした。このワンクッションがあるおかげで、脱力ものの真のトリックすら許せてしまいます。

 クロフツは、ね。今の目で読んだ方が、絶対に面白いと思うのでした。

 旅行社の社員ハリー・モリソンは、ある男から豪華船を用いたイギリス列島巡航の事業計画を聞かされ、協力を申し出る。紆余曲折の末、賭博室を設けた観光船エレニーク号がアイルランド沿岸の名所巡りを開始した。だが穏やかな航海は、モリソンが船主の死体を発見したことで終わり、事件捜査にフレンチ首席警部が名乗りをあげる。アリバイトリックの妙で読者を唸らせる傑作長編。(裏表紙あらすじより)
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