『英国紳士、エデンへ行く』マシュー・ニール/宮脇孝雄訳(早川書房プラチナ・ファンタジイ)★★★★★

 『English Passengers』Matthew Kneale,2000年。

 キューリ船長をはじめとした〈エデン行き〉のとぼけたご一行と、タスマニアアボリジニの歴史を描いたシリアスなパートが入り乱れた一大歴史絵巻。

 一攫千金を夢見て密貿易を試みるものの、やることなすことうまくいかないキューリ船長以下マン島の船乗りたち。ことあるごとにイングランド人ときたら――というマン島人の矜恃が顔を覗かせますが、荒くれ者揃いの海の男たち――というよりは、みんな飄々としたおとぼけさんたちばかりで、船長が語り手を務めるパートは本書のユーモアの基調をなしています。

 エデンの園タスマニアにあるという珍説を実証しようとする、そもそもの元凶であるウィルソン牧師。基本的に本書のなかではキリスト教の司祭はあまりいい描かれ方をしていないのですが、この人のイッちゃってるっぷりは相当なものです。神のお導きがあるのだから自分は正しいと――信じるだけならまだしもそれを他人にまで押しつける迷惑千万なお人です。その性悪さと屁理屈のこねっぷりときたら、ジャイアンがもっと無自覚かつ陰険になったらこんな感じかも。

 自らの発案になる優生学のサンプル蒐集と実証のため、ちゃっかりタスマニア行きの船に乗り込む医者ポッター。嫌みったらしい牧師と比べると、この人はとてもわかりやすい憎まれ役。ただしこの人の手記は「この事実=大発見」とか「世界=数年に及ぶ紛争+戦争+破壊+等々による混乱」とか、いかにも頭の悪いインテリみたいな文章なので、他人によって描写されている方が生き生きとしています。

 白人の男にレイプされたアボリジニの女が生んだ混血ピーヴェイ。怒れるアボリジニの遺伝子を受け継ぐ混血児。幼いころから作中時間の現在に至るまで、彼の語りによってタスマニアアボリジニの歴史を知ることができます。混血児、ではあるけれど、二つの血に引き裂かれて……みたいな葛藤はなく、自らはあくまでアボリジニとしてぶれることはない。周りが偏見の目で見ることはあっても。母なりの、そして彼なりの白人との戦いが本書の一つの読みどころです。

 イギリス人によるアボリジニに対する善意の押しつけぶりはひどい話なんだけれど、慇懃無礼な著者の底意地の悪い描き方のおかげで、シリアス・パートにすらユーモアが漂っているのがすごいところ。ロブソン牧師も教師も司令官も総督夫人も心から善意の人々みたいに語られているのが毒が強い。

 その他幾多の語り手たちが織りなすおとぼけな船旅とシリアスな歴史。まさに「物語を読む愉しみに溢れた圧巻の歴史奇想大作」、500ページ強という分厚さをひと息に読んでしまいました。

 1857年ヴィクトリア朝英国、科学的な地質研究によって、信仰のよりどころの危機にさらされた牧師ウィルソンは独学で地質学を習得。“エデンはタスマニアにある”という新説を発表し、キリスト教世界における時代の寵児となる。ついには、医師ポッターと植物学者レンショーを引き連れて、タスマニアへ実証の旅に出発する。だが、一行がチャーターした〈シンセリティ〉号は、船長をはじめ、英国人を目の敵にするマン島人だけが乗り組むいわくつきの帆船。そのため、税官吏との数々のトラブルに巻き込まれたり、海賊に襲撃されたりと波瀾万丈の船旅が続く。さらに、性格が水と油の牧師と医師の対立は、旅程を追うにつれ、激化する一方。地球をほぼ半周する珍道中が繰り広げられるのだった。

 一方、英国による植民地化が緒についたばかりの1820年タスマニアでは、同化政策が積極的に進められていた。アボリジニの母親と白人の父親のあいだに生まれたことから、母親やアボリジニ社会から疎まれて育ったピーヴェイは、種族の存続のため、白人の言葉を覚え、白人社会に入り込もうとしていくが……。

 やがてウィルソンら一行はタスマニアに到着し、ついにエデンを目指すべく探検に出発する。そこには、ガイドとして彼らに随行するピーヴェイの姿があった。一行が英国から遙か東の果ての地で目にしたものとは……。(カバー袖あらすじより)
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