『山本周五郎探偵小説全集2 シャーロック・ホームズ異聞』山本周五郎/末國善己編(作品社)★★★★☆

 シャーロック・ホームズもののほか、それぞれルパン、ソーンダイク(呉田博士)をモデルにした短篇+その他三篇という構成。冒険活劇一色だった第一巻と比べれば、推理ものとしての完成度は高い作品が多い。

シャーロック・ホームズ★★★☆☆
 ――世界的名探偵シャーロック・ホームズ、日本を舞台に快刀乱麻! 秘宝「モンゴール王の宝玉」をめぐって巻き起こる三つ巴の激闘。三つの殺人事件の謎は如何に!? 奇蹟のコラボレーション、周五郎が描くホームズ!(帯あらすじより)

 『四つの署名』『緋色の研究』「最後の事件」と「まだらの紐」を元ネタにした翻案小説。前半はまだしも周五郎によるオリジナル色が強いのだが、第二部になった途端「まだらの紐」そのまんまなのには笑ってしまった(^^)。語り手はワトソンではなく三人称。助手も日本人の少年。明智小五郎の代わりにシャーロック・ホームズが登場する少年探偵団シリーズみたいなノリ(というか第一巻収録作と大筋では変わらないというべきか)。ただし少年が浮浪児であるところにホームズものらしさが残る。もちろん周五郎にはドイルの原典に似せようなんて気はさらさらない。
 

「猫眼石殺人事件」★★★★☆
 ――東邦日報社の春田三吉が出社すると、電話のベルが鳴った。「今夜、上森夫人の宝石を頂戴することになっています。八時十分にお会いしましょう」そこで電話がぷつりと切れた。春田三吉は交換台に問い合わせた。「どこから掛けていた。何番だ」「それが――隣の社長室です」

 「日本ルパン」を名乗る〈侠盗〉なる義賊が登場するだけあって、これまでのものとは趣が違う。探偵役は狂言回しで、本当の探偵は泥棒でもある侠盗なのです。先のホームズものと同じく、本篇にもルパンものでお馴染みの場面がそこここに見られて楽しい。連作してくれたらよかったのに。
 

「怪人呉博士」★★★★☆
 ――「呉先生はおいででしょうか。委託生として選ばれた押川という者です」「儂はいま捜し物をしているから、君は勝手に君の仕事を始め給え」「然し先生」「うるさいッ」「けれど薬剤はどこにあるんですか、……」「戸棚を捜してみろ、馬鹿野郎」

 名探偵ものが多い周五郎ミステリのなかで、本篇はあまり名探偵キャラが立っていないためにかえって巻き込まれサスペンスっぽいテンポのよさが光る。そのくせ論理ミステリ度はほかの作品と比べても高いのも高ポイント。ついでにいえば「怪人呉博士」というタイトルから内容を想像できる人はまずいないと思う(^^;。ひどい言われよう。
 

「出来ていた青」★★★☆☆
 ――山手の「柏ハウス」で殺人事件が起こった。殺されたのはマダム絢と呼ばれる女で、獣油会社の重役である亜米利加人の妾であった。

 てっきり少年ものかと思っていたからびっくりしました。花札に異常性欲者と、バリバリの大人向けなのです。周五郎ミステリには珍しくけっこう論理ずくめなのが災いして間延びした印象を与える。花札づくしが上手い。
 

「失恋第五番」★★★★☆
 ――千田二郎は合成樹脂会社の課長である。名目は課長であるが、秘書の宮田俊子がいないとなんにも出来ない。彼はずぬけて惚れっぽい性分だ。実によく惚れる。戦争から帰還してから四人の見知らぬ女性に恋し、四たびとも失恋している。

 こんなタイトルだから本多緒生みたいなユーモア小説なのかと思っていたら、冒頭こそユーモラスなものの、中身は滅茶苦茶シリアスな作品でした。半端じゃなくカッコイイぞ。戦争の罪をあがなうため集まった私設(公認)公安警察隊という漫画みたいな設定がナイス。ハードボイルドだど。
 

「失恋第六番」★★★★☆
 ――カウンターに訊ねると、「楠田さんはお休みでございます」と答える。二郎はすぐに外へ出る。どうも訳がわからない。ランデヴーというと定ってこれだ。向うで群衆が騒いでいる。「銀行ギャングだそうだ」「拳銃をぱんぱん撃って」「五人組だとさ」「こっちへ一人追い込んだそうだ」

 マラルメを引いて男を振る喫茶店の会計係というハイブラウな役どころに、このシリーズの気取った感じがうまく出ています。「白文」ぶりも時と場合によっては恰好いいんですよねえ。「ライターってやつは壊れるように拵えてあるんだな」。まるっきりハードボイルド探偵の名台詞ですよ。こういう台詞を読んでも気取っていると思われないように、あえて初めから白文ぶりに設定してあるのだとしたらたいしたものです。秘書との関係がこのあと少しずつ進展していきそうで楽しみなのに、シリーズが中絶してしまったのは何とも残念。
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