今回は頭抜けた佳品はなかったけれど、明らかな失敗作もなかった。
「南方十字星」★★★★☆
――南洋の孤島の大金鉱を求めて戦う、我らが士郎少年率いる「南洋開発」と某国陰謀団「南方十字星」。誘拐・爆破・殺人……権謀渦巻く争いを制するのはどっちだ!?(帯あらすじより)
すっかりお馴染みとなった少年冒険もの。殺人電力からキング・コングまで大盤振る舞いです。伯爵の飄々としたキャラがこれまでの諸作とは違った彩りを添えています。片眼の男が途中からどっかに行ってしまったが、もともと中途半端な位置づけの人物だったのでまあいいか。ミステリ的な仕掛けはない純粋な冒険ものです。
「甦える死骸」★★★☆☆
――兼松春夫は元気に社をとび出した。「死者を活かす」「永遠に死なぬ」といった夢を現実にしようとして、我が宮川博士も極秘実験を繰り返し、愈よ最後的実験に掛かろうとしているのであった。
まあミステリである以上、真相はこれしかないのだけれど、そもそもの奇怪な雰囲気作りを伝説や怪談ではなく「死体を甦らせる実験」で行うあたり、少年ものならではの荒唐無稽な面白さです。
「化け広告人形《マネキン》」★★★☆☆
――副社長山本五朗は、売場の女店員が囁合っているのを耳にした。「夜中になると歩き廻ったり、哭いのような言を云ったりするんですって――守衛の人たちが慥かに見たって話してたわ」
お。わりとミステリ・マインド、センスのある作品。探偵役や犯人役の見えづらい語りとか、登場人物の関わりとか、二つの事件を結びつける手際とか。ところで「哭い」は「咒い」の誤記なんだろうな。
「美人像真ッ二つ」★★★☆☆
――「あの『横われる女』をひと眼見て、五百円で買おうというんだ。手附として二百円だけ置いていったよ」ところが会員たちを訪ね廻ってみると、みながほとんど同じ条件で作品を買われていた。
確かに解説で触れられているような欠点はあるけれど、まあそういう類の小説でもないしね。むしろ謎のための謎みたいな、犯人のえらく遠回りな発想こそを楽しむべき作品です。
「骨牌会の惨劇」★★★☆☆
――馬来《マレイ》の護謨園で生まれた安敦《アントン》は父に劣らぬ変人で、美しい娘へ片端から結婚を申し込んだのである。そしてみんなにあっさりと拒絶された。その吝嗇坊のどら息子が、骨牌会に招待するというのである。
アントンというからアントニーか誰かを擬しているのかと思ったら、タイの地名であるらしい。こういう、当時の人には常識でも現代人にはわかりづらい箇所には註を入れてほしい。血塗れの花束とか飛び回る毒虫といったおどろおどろしさも抜群のうえに、ミステリとしてもいろいろごちゃごちゃ詰まっているわりにはまとまっている。
「殺人仮装行列」★★☆☆☆
――思いきり締上げて置いて、柚木三吉は電灯のスイッチを捻った。「あっ、君は島田君!?」てっきり曲者と思ったのに相手は同じ研究部の同僚である。
重要機密、謎めいたメモ、などお決まりの作品かと思いきや、それを逆手に取ったような作品もときどきあるから侮れない。あらすじだけのような印象なので、もうちょっと肉付けがほしかった。
「謎の紅独楽」★★★☆☆
――「波多野さんのお嬢さんではありませんか。是を郭王子に届けてくれませんか」箱包を解くと、中から出て来たのは真紅の独楽であった。
暗殺予告に紅独楽を送るという奇っ怪な伝統のある某国を生み出すことで、何やら怪しげな雰囲気を出すことに成功しているのだから恐れ入る。紅独楽あなどりがたし。
「荒野の怪獣」★★☆☆☆
――「若旦那。とても此処で働くことは出来ねえ。地主のとこの土佐犬がやられ、事務所の番犬がやられ、ゆうべ黒が……」「恐らく熊だろう。猪かもしれない」「あの足跡は熊でも猪でもねえ、普通の生物の足跡じゃねえだよ」
足跡と咆吼と巨大な顔というお膳立てだが、真相的にはそのまんまという感が強い。空前絶後のトリックなどが期待していないけれど、どうせそのまんまなのならもっと奇っ怪な現象を起こしてほしかった。
「新戦場の怪」★★★☆☆
――「どうしたんだ、何が起ったんだ」「――捕虜が二人殺されたんだ」檻禁室で捕虜の兵卒たちが気違いのように喚叫んでいた。「蛇身魔……」「――やつは地面をのたくって来た」「蛇のように匐って来た」「蛇身の魔だ」
おお。むしろこういうのこそ怪奇探偵小説にふさわしい。いかにも当時らしい無茶苦茶な愛国観が出て来るのも、かえって雰囲気を盛り上げている。このグロテスクな真相とこの履き違えた使命感のおかげで、小栗虫太郎作品とかそんな印象すら受けた。「三国妖異志」「怪樊綺楼」てのは偽書なのかね。
「恐怖のQ」★★★☆☆
――絹野博士は「ω光線」という眼に見えぬ光線の研究者として、世界に名を知られた研究者であるが、数年来「霊魂の存在」という妙な研究に凝りだして殆どその研究室に閉籠っていた。
最後にとびきりの作品が待っていました。「Q」というアルファベットが選ばれている時点で、『ウルトラQ』を連想しちゃうわけで、そうなると『怪奇大作戦』『ミステリー・ゾーン』etc……などなど妄想はふくらんじゃうわけで。期待に違わずまあそういうタイプの作品です。
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