『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』山口雅也編(角川文庫)★★★☆☆

 北村薫有栖川有栖法月綸太郎に続く、本格ミステリ・アンソロジー第四弾。

「道化の町」ジェイムズ・パウエル宮脇孝雄(A Dirge for Clowntown,James Powell,1989)★★★★☆
 ――死んだ道化師はあお向けに倒れていた。カスタード・パイが顔を覆っている。誕生日にパイを投げつけるのは、由緒あるクラウンタウンの風習であった。

 現在ではめでたく河出ミステリーから短篇集が刊行されています。山口雅也アンソロジーのトップバッターにはいかにもふさわしい異世界ミステリ。道化やマイムの〈お約束〉をそのまま作品世界のお約束にしてしまったアイデアと、それをアイデアのままで終わらせずミステリとして完成させてしまった技量が光ります。
 

「ああ無情」坂口安吾(1951)★★★☆☆
 ――「別荘に行李があずけてあるから、それを受けとり本邸へ届けてもらいたい」二円もらえば、文句はない。捨吉はゆっくり中身を拝ませてもらおうと、自宅へ行李を持ちこんだ。ヤッコラ、ドッコイ、とフタをあけると、現れたのは見るも無惨な女の他殺死体である。

 事件が起こるまではごく普通の書きぶりなのに、事件が明らかになった瞬間から、小説的描写などどこ吹く風で三人称の説明だけが怒濤の勢いで続き、かと思えば探偵役の推理だけがこれも洪水のごとく続く。安吾らしいといえば安吾らしいし、プロパー作家には絶対に書けない書き方だと思う。ある意味、推理小説の極北とも言えるかも。読者としては、作者と探偵役の言うことを一方的に信じるしかないものなあ。
 

「足あとのなぞ」星新一 ★★★☆☆
 ――「昨夜、わたしの家に泥棒が入ったのだ」エヌ氏が言った。おれは窓から外を見た。足あとが雪の上に点々と残っている。「どうも変ですね。足あとが途中でとぎれています」

 出だしだけハードボイルド探偵風だけど、これは別にハードボイルドっぽさを狙ったというより、「おれは私立探偵」の一言だけで説明が足りるということなんだろうな。早い話「名探偵ホオムズ氏は……」とかと一緒で、これは名探偵ものだよっていう目印。不可能なものを取り除けば……という原理に従ってどんどん不可能な方向に行ってしまう迷推理が可笑しい。
 

「大叔母さんの蠅取り紙」P・D・ジェイムズ/真野明裕訳(Great-Aunt Allie's Fly-Papers,P. D. James,1979)★★★★☆
 ――大聖堂参事会員の言わんとしていることは、六十七年前、大叔母のアリーが砒素で初老の夫を毒殺してせしめたものだとすれば、約八万ポンドに及ぶその金を相続するのは、当人やその妻にとってうれしいことではない、ということだった。

 作品自体の評価は別として、こうしてアンソロジーで読むと、この重厚さは場違いだな^^;。こういうさりげない伏線の決まった作品は、再読のときにいっそう楽しめるから好きです。
 

「イギリス寒村の謎」アーサー・ポージス風見潤(The English Village Mystery,Arthur Porges,1964)★★★★☆
 ――イースト警部は自分が苦境に陥っていることに気づいた。御臨終村はイギリスでいちばん小さな村だ。人口は十四人。この二週間ですでに十二人が殺された。

 堂々たるクイーン・パロディ。パロディなりに論理的なのだが、伏線に英語のトリビアを持ってくるあたりがおふざけたっぷりである。発想は泡坂妻夫に似ているかもしれない。人口十四人という無意味な馬鹿らしさがふるってる。
 

「コーシン・ミステリイ」高信太郎

 「Zの悲劇」だけじゃなく「グリーン殺人事件」も漫画ならでは。「僧正殺人事件」の、捨て推理(?)も真相も、理屈のうえでは発想は同じということを考えれば、これも作品世界のルールをうまく活用しているとも言える。
 

「〆切だからミステリーでも勉強しよう」山上たつひこ

 漫画ならではという点では高信作品の方が優れています。というか、『喜劇新思想大系』の番外編だと思って読まなきゃ、単品としてはツライ。
 

「女か虎か」フランク・R・ストックトン/中村能三訳(The Lady, or the Tiger?,Frank R. Stockton,1882)★★★☆☆
 ――臣下の一人が罪にとわれると、王様の闘技場で、その嫌疑者の運命が決定される。一方の扉を開ければ、飢えた虎があらわれる。もう一方の扉を開くと、王様が選んだその人物にもっともふさわしい女性があらわれる。

 19世紀の人だったというのが意外だな。20世紀のパルプ作家かと思っていたよ。あらすじだけで充分な話――のようでいて、実際に読んでみると、〈王女の嫉妬〉や〈若者が期待を込めて王女を見た〉部分など、あらすじだけでは印象に残らないだけにかえって印象に残ってしまい、そのせいで「これは明らかに虎だろ」と思ってしまった。未開人未開人とやたら強調してるのが可笑しい。
 

「三日月刀の促進士」フランク・R・ストックトン/中村能三訳(The Discourager of Hesitancy,Frank R. Stockton,1883)★★★☆☆
 ――遠い国から五人の代表者が到着した。「この国を訪れていた旅人が、いよいよの時になって勇気がくじけ、最後まで見ずに国へ帰って来たのでございます。そこでわたくしごもは代表団を派遣して確認することにいたしました。扉から現れたのは――女か虎か」

 れは続編として上手いよね。「女か虎か」の謎で引っ張りつつ、同じく女心のリドル・ストーリーで落とすという。いっそ女心のリドル・ストーリーでシリーズ化してくれても面白かったのに。
 

「謎のカード」クリーヴランド・モフェット/深町眞理子(The Mysterious Card,Cleveland Moffett,1896)★★★★☆
 ――パリに到着した二日後の夜、バーウェルは劇場に足を運んだ。貴婦人らしい女性が一枚のカードをテーブルの上に置いていったが、フランス語を解さぬ彼には、その意味を知るよしもなかった。ホテルに帰ったバーウェルは、英語に訳してもらえないかと支配人に頼んだ。カードに目を通した支配人は、「お立ち退き願いたい」と言った。

 これはこういう形で紹介されずに読めば、恐らくリドル・ストーリーというより不条理小説だと思って読んだだろうな。実際ブラックなドタバタとして読んでも、不条理なホラーとして読んでも、逸品である。
 

「謎のカード事件」エドワード・D・ホック/村社伸訳(The Spy and the Mysterious Card,Edward D. Hoch,1975)★★★☆☆
 ――ジェンマは諜報員のランドに会うと、小説そっくりの話を聞かせ始めた。パリで手渡された一枚のカードを人に見せると……。

 カードを見た人が揃って同じような反応をすることに対する解答はなるほどよく考えたなと思うけれど、謎というものの常として説明してしまうとかえってつまんないんだよね。
 

「最後の答」ハル・エルスン/田中小実昌(The Last Answer,Hal Ellson,1962)★★☆☆☆
 ――エレベータ係はドアを開けようとして、クルッとふりかえった。「自由と束縛と、どちらをえらびます?」「自由のほうがいいな」ストリックランドはつぶやいた。「そのとおりです。では、真実と嘘と、どっちをとります?」

 これも『謎のギャラリー』で北村薫が紹介していました。かなり詳しく紹介されていたこともあって新鮮味がない。ある種リドル・ストーリーって最後の「謎」のアイデア・ストーリーでもあって、つまりネタが割れても楽しめる実力派の作品とネタのみの作品があるのだ。
 

「ファレサイ島の奇跡」乾敦 ★★★☆☆
 ――シュルツ少佐は砂金を求め、島の原住民と反目し合いながら、二年もの間ファレサイ島にいるということだ。その男の住みかはまるで要塞である。河の小島に塔を建て、武器をわんさと置いて、頭上からの攻撃を防ぐために屋根は鉄板だったので、原住民も手が出せずにいた。

 『ミステリマガジン』のチェスタトン特集にも掲載されていたけど未読だった一篇。文体模倣がうまい。トリックはチェスタトンというより島田荘司。ロジックは――どうしても逆説を期待してしまうからねえ。
 

「新納の棺」宮原龍夫 ★★☆☆☆
 ――門司行き列車で変死した中年婦人を見て、直感的に他殺とみた。胃袋から、致死量の二倍にあたる青酸カリを混入した柿羊羹が、ほとんど原形のまま発見された。

 山口氏も述べているように、毒殺トリックよりももう一つのトリックの方がうまい。ただ……これはメグレじゃないよね。。。
 

「最後で最高の密室」スティーヴン・バー/深町眞理子(The Locked Room to End Locked Rooms,Stephen Barr,1965)★★★☆☆
 ――ドアはいずれも内側に金属が張ってあり、あらゆる通路は内側から鍵がかかっていた。ベトラス・デンダーそのひとを除いては、だれひとり屋内にいなかった。

 密室トリックとしてはギャグすれすれのところを、親子の確執と性格付けで、ある程度の異常な説得力を持たせることに成功しています。
 

「密室学入門 最後の密室」土屋隆夫 ★★☆☆☆
 ――「遺書に、自殺計画に、死後の世界か。推理作家死の設計競作集とは恐れ入ったね」「それにしても、この部屋は窓がないんですね」「つまり、完全な密室ということなんだ」「密室モノといえば、くだらない作品ばかりで……」「聞きずてならないね」

 こういう軽めの作品にあれこれ言うのは野暮だけど、それにしてもちょっとゆるすぎる。バーの作品が何やかや補強していたのとはえらい違い。
 

「真鍮色の密室」アイザック・アシモフ/島田三蔵訳(The Brazen Locked Room,Isaac Asimov,1956)★★★☆☆
 ――ウェルビーが悪魔との契約をむすんだのは十年前だった。魔力と引き替えに地獄の幹部要員になるのだ。ただしテストに合格しなければ、ただの呪われた魂になる。そして十年たった。目をさますとブロンズの密室にいた。「魔力を使ってここから出ていただきたい」

 ハヤカワ文庫の『密室大集合』に収録されていたのを昔に読んだことがある。『魔の淵』が第二位になった、かの問題のアンケート結果が載っている本です。トリックを覚えていた。ということは良くも悪くも印象は強かったのだろう。SFミステリとしてこれしかないというような落としどころにうまく落とし込んでいます。
 

「マイナス1」J・G・バラード/伊藤哲訳(Minus One,J. G. Ballard,1963)★★★★★
 ――いったい奴はどこへいってしまったのだ? ジェームズ・ヒントンという患者は、グリーン・ヒル精神病院からの逃亡に成功した最初の例だったのみならず、どのような逃亡経路をたどったのか、手掛り一つ残さず逃げおおせた。

 これはもしかするとものすごい傑作かもしんない。(主に犯罪によって)失われた秩序を回復しようとするのがミステリだとするなら、これも紛れもなくミステリと言えるし。どこか狂っているその狂い方のポイントがどこかしら少しずつずれて掛け違ってゆく感覚が素晴らしい。
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