こういうタイプの作品は、どうしたって「バビロニア・ウェーブ」という設定を活かした展開を期待してしまいます。露骨な言い方をすれば、著者は何のためにこういう設定を採用したのかなっていうところに、SF作品的な必然性を期待してしまうわけです。
にもかかわらず、そもそもバビロニア・ウェーブとは何なのかっていう根元的な問題に触れられるのが、ようやく半ばあたりになってからっていうのが凄いです。つまりそれまでは、とにかくそういうもんがあるんだよっていう大前提のうえで、研究者たちの思惑や事故の原因の調査に前半は費やされてるのです。
読者は「バビロニア・ウェーブとは何なのか」という謎を知りたいと思うんだけどな。ところが。そんな読者をもいらいらさせないような面白さなんですよねえ。
事故死した科学者はそもそも何の実験をしようとしていたのか、いやそれよりも果たして事故なのか故意なのか、送電基地の計画は続行されるのか、政治的な配慮が勝るのか、教授が隠していることは何なのか……何よりも銀河系の水平面を垂直に貫く目に見えない長大な定在波の光束という存在に圧倒されます。
圧倒的なのはいわゆる科学描写だけじゃありません。コロニー育ちのシャトル操縦士マキタにとっては、回転する星空ではなく静止した星空は眩暈の原因、肉や煙草や地球人の体臭は地球独特の我慢ならない臭気、宇宙に浮かぶ観測施設に手を掛けることは「地面の底にぶらさがること」に等しい……といった細かい感覚描写には唸らされるばかりでした。
そして著者自身があとがきで述べているような「設定の大きさだけならちょっとした記録が狙えそうな」壮大な仮説。凄すぎてわたしなどでは想像のヴィジョンが追いついていけません。
おまけも充実。ハード面のアドバイザーだった福江純氏による、バビロニア・ウェーブの正体についての補足考察。カバーイラストの加藤直之氏による、本書についての視覚的あれこれ。どちらも短いんですけど、作品を読み終えたあとにさらに作品の味が深まりました。
太陽系から3光日の距離に発見された、銀河面を垂直に貫く直系1200キロ、全長5380光年に及ぶレーザー光束――バビロニア・ウェーブ。いつから、なぜ存在するのかはわからない。ただ、そこに反射鏡を45度角で差し入れれば人類は厖大なエネルギーを手中にできる。傍らに送電基地が建造されたが、そこでは極秘の計画が進行していた。日本ハードSFを代表する傑作。星雲賞受賞。(カバー裏あらすじより)
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