詳しい事情はよくわからないが、『小説新潮』の特集をもとにしたと書かれてあるので、基本的に『小説新潮』掲載作から選ばれているのでしょう。恐らくそれもあってか、これまでの北村アンソロジーと比べると打率は低い。※『さらにあり』の方は傑作揃いだったので、本書ではあえて毛色の変わった作品を選んでいるのかもしれない。
「となりの宇宙人」半村良 ★★★☆☆
――アパートの路地に空飛ぶ円盤が落ちてきた。乗っていた宇宙人は、仲間が見つかるまでアパートで暮らすことに……。
「名短篇」というからやや構えていたのだが、そういう読者をリラックスさせてくれる、脱力コント。
「冷たい仕事」黒井千次 ★★★☆☆
――身体は何より休息を求めていたのに、課長から「出張」の口がまわされてきた。冷蔵庫を開けて、彼は思わず息をのんだ。こんなに美しい「霜」は見たことがなかった。
こういう無意味な情熱みたいなものは好きな方なんだけれど、それ以上にサラリーマン小説が好きではないので、それほど楽しめなかった。
「むかしばなし」小松左京 ★★★☆☆
――民俗学の調査実習に来た学生たちに、老婆はむかしのはなしを話し始めた。
ストレートなショート・ショート。悪くはないけど、もっとほかの作品を選んであげてよ。
「隠し芸の男」城山三郎 ★★☆☆☆
――銀行員の職をまっとうするためには、隠し芸のひとつも覚えておかなくてはならない。裸おどりは、根上の苦しい保身術のひとつであった。
これもサラリーマン小説。
「少女架刑」吉村昭 ★★★★★
――呼吸が止まった瞬間から、清々しい空気に私は包まれていた。私の体は、二人の手で持ち上げられ棺の中にそのまま納められた。
ようやく傑作があってほっとする。設定だけは『謎ギャラ』で読んで知っていたけれど、奇をてらってるだけだとばかり思っていた。いったいどこまでいつまで少女の視点で語られるのだろうと思いながら読み進めたあげく、必然だったんだなあと納得して読み終えた。
「あしたの夕刊」吉行淳之介 ★★☆☆☆
――林不忘の小説に、明日の日付の夕刊が届くというのがある。明日起こる出来事が前もってわかった場合、何をするかは各人各様だろう。
こういう私小説的な書き方しかできないのが吉行淳之介らしいといえばらしいのかもしれないけれど、ジャンル作家ならもっと短くてもっと切れ味よく書ける話だものなあ。
「穴――考える人たち」山口瞳 ★★★☆☆
――偏軒は穴を掘るのが好きだ。偏軒は、妻のイーストのために穴を掘っているのである。なぜならば、そこへ塵埃を捨てることができるからである。
調子が悪いときの高橋源一郎作品なんかを読むと、有名人の名前を持つ登場人物が出てきても「だから何なんだ」といらいらするのだけれど、これはうまい。不条理に逃げずに書いた夢のスケッチ。
「網」多岐川恭 ★★★☆☆
――鯉淵を殺そう。菜村は部屋で投網作りを続けていた。プールで泳ぐ鯉淵も動きが取れなくなるはずだ。買えば足がつくので手作りしていた。
山口瞳の「穴」はともかく、この作品は連作すべてを収録しなきゃ意味ないと思うのですが。シリーズ探偵とかシリーズ犯人とかいろいろありますが、これはシリーズ標的なのだそうです。
「少年探偵」戸板康二 ★★☆☆☆
――寺本さんの家の金印がなくなったとき、足立君がその場所を云い当てたのだ。小宮山さんの弟のグローブがなくなったときも云い当てた。
珍しいもの載せりゃいいってもんじゃないだろう、と言いたくなるような推理クイズ。
「誤訳」松本清張 ★★★★☆
――世界的な詩歌文学賞の受賞者はペチェルク国の詩人プラク・ムル氏に決定した。少数言語であるペチェルク語の翻訳者は少なく、英語への翻訳はネイビア夫人が一手に引き受けていたし、専門家からの評価もよかった。
まあ最後が説明的すぎるけれど、よしんば「なぜ誤訳したのか」の解答が書かれずに謎のまま終わっていても名作です。
「考える人」井上靖 ★★★★☆
――初めて木乃伊を見たのは、終戦直後に取材で宿に泊まったときだ。いかがわしげな男が見せたその木乃伊は、コウカイ上人と呼ばれ、東北で人を殺めたのち難行苦行の果てに五穀断ちして入定したそうだ。
これも広い意味で、謎からして捏造したタイプの歴史ミステリーと呼べるだろうか。高僧だって辛い、ましてや俗人だったらという想像の馳せ方に、歴史のロマンと身近で下世話な業とのどちらも感じる。
「鬼」円地文子 ★★★☆☆
――自分が結婚しないのは、鬼が憑いているからだと、華子は言った。
ある一族の〈女の業〉みたいな話。
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