『夏の涯ての島』イアン・R・マクラウド/浅倉久志他訳(早川書房プラチナ・ファンタジイ)★★★★☆

 『90年代SF傑作選』で「わが家のサッカーボール」を読んだことがあるだけなので、ほぼ初体験のイアン・R・マクラウド

 いわゆるSFらしいSFではない。たとえていうなら人情噺か。

 冒頭の「帰還」がわかりやすいんですが、これは「無限の並行宇宙への入り口であるブラックホールの探査に向かった主人公。事象の地平線の彼方へと落ちて行った彼は、妻と子供が待つ我が家へ、何度も何度も還ってくる。しかしそこは、もとの宇宙とはほんの少しだけ違った宇宙で……」という話なのだけれど、たとえばそもそもの発端となったであろう「冒険心」「探求心」みたいなものへの共感をアピールするような作品ではないし、といって「宇宙飛行士の孤独」みたいな感情が描かれているわけでもないし、もちろんハードSFでもありません。

 設定こそSFですが内容は平々凡々、言うなれば、なんかホントふつうの「駄目なお父さん」の話なんですよね。

 そう思えば「わが家のサッカーボール」も、「ある日を境に変わってしまった家族」の話だし、「夏の涯ての島」にしたって要は「おじいちゃんの話」です(違うか?)。若いころはわしもときめいていたわい、この国はこんな国になってしまった(こんな国にしてしまった)わい。

 渋いというか地味というか、何て言うんでしょう。藤沢周平がSFを書いた如しと言えばよいのか。

 名作には違いありません。

 Ian R. MacLeod。「帰還」(Returning,1992)、「わが家のフットボール」(The Family Football,1991)、「チョップ・ガール」(The Chop Girl,1999)、「ドレイクの方程式に新しい光を」(New Light on the Drake Equation,2001)、「夏の涯ての島」(The Summer Isles,1998)、「転落のイザベル」(Isabel of the Fall,2001)、「息吹き苔」(Breathmoss,2002)

 ときは1940年、ヨーロッパ。さきの世界大戦ではドイツが勝利し、フランスはドイツと平和協調路線をとった。これに対し、ファシズムと軍事拡張路線を推進するイギリスは、国際社会で孤立していた。国内では、好戦的なムードと力のある指導者への崇拝の機運が満ちている一方、政府の政策によってユダヤ人や同性愛者は屈辱的な差別を受けていた。病に冒された老境の歴史学者グリフは、この国のカリスマ的指導者ジョン・アーサーの旧知として恩恵に与っていたが、こうした現状に疑問を抱いてもいた。なぜなら、全体主義で牽引力を発揮するジョン・アーサーこそ、かつて若く輝ける日々に彼が愛した男であったからだ――架空の時代を背景に、繰り返される歴史上の愚行と個人の無力を鮮やかに見せる表題作(世界幻想文学大賞・サイドワイズ賞受賞)。

 アーシュラ・K・ル・グィンの未来史を思わせる、マクラウド独自の異星文明世界を舞台に、女性ばかりの惑星でめばえた少女の初恋と成長を描く「息吹き苔」(アシモフ誌読者賞受賞)。

 人類がもう宇宙に興味を失った近未来、最後のSETI研究者として地球外からの交信に耳を澄ませる男がいた……地球の、異邦人の、そしてひとりの人間の孤独を多層的に示した傑作「ドレイクの方程式に新しい光を」。

 SF的発想に端を発し、さまざまな“変化”に直面した人間の心の機微を、詩情に満ちた物語に結実させた選りすぐりの傑作七篇を収録する、日本オリジナル短篇集。(カバー袖あらすじより)
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