『宝島』ロバート・ルイス・スティーヴンスン/村上博基訳(光文社古典新訳文庫)★★★★★

 『Treasure Island』Robert Louis Stevenson,1883年。

 小さいころ学習漫画みたいなもので読んだ記憶はおぼろげにあるのだけれど、もしかするとタイトルが同じだけの別物だったのかもしれない。もっと腕白少年メインの夏休みもの的な冒険譚だと思ってました。

 だから回想シーンから始まる時点でちょっと意外でした(リアルに考えればそうに決まっているんだけど)。

 しかも船を操って旅に出なきゃならないのだから、大人たちが重要な役割を担うの当然の話で。

 ちょっとお調子者で伝法肌の地主はともかくとして、落ち着いてクレバーなドクターまでが、一も二もなく宝島の地図に飛びついちゃいます。こういうところが、憎めない。ドクターの煙草入れの中身ときたら、なんてお茶目な人なんだろう。

 恐らく本書で唯一の生真面目人間スモレット船長ですら、その一徹さはプロフェッショナルとしての矜恃ゆえの妥協なさであり、正直な話、魅力的でない登場人物なんて存在しない作品なのです。

 そして何よりも、海賊ジョン・シルヴァー。何ですかこの人のかっこよさは。人当たりがよく、堅気の顔でも白浪紳士の顔でも、人の心をつかむトリックスター。目的のためなら手段は選ばない(宝を手にしたうえで絞首刑を免れるためなら皆殺しも辞さない非情さを持っているかと思えば、何とコックとして(!)船に乗り込む柔軟性の持ち主なのだ)。片足がないため地面に腰を下ろすと他人の手を借りないと立ち上がれないのに、敵対者から手を貸すのを拒絶されたときの、足がかりまで這ってゆかねばならない惨めさ。昨日の敵は今日の味方、利害が絡んだ口先だけの言葉なのかもしれぬにせよ、筋は通す漢らしさ。

 いやあどきどきしちゃいました。まさか絞首刑にはさせられないだろうな。やっぱ事故か何かで不慮の死というのが無難かな。とか、小説の登場人物の最期をあれこれおもんぱかりながら読むのって、楽しいです。

 ほかの人たちも含めて細かいところでもいちいちかっこよさ炸裂。片方の目で相手を、もう片方の目で退路をうかがう海賊ブラック・ドッグの、ちょっとした迫真性。お互いに出方を探っているときの海賊と船長の、「俳優ふたりの芝居を見ているよう」な仕種の説得力。

 基本的に、少年少女文学全集みたいなものに収録されてた作品って、生身の痛さからは縁遠かった気がします。外部からの攻撃に対してはギャグ漫画のキャラクター並みに保護されていました。それにひきかえ本書の、ナイフが皮一枚を貫いていたという、中途半端な(?)肉体性といったら、妙な生々しさを持っていてちょっとどきっとする。

 本書の大半を占めるのは、宝探し、ではなくて、生きるか死ぬかのサバイバルです。19対6、しかも相手は猛者揃いだなんて、いくらフィクションでも無理だろう(無理があるだろう)と思っちゃいますが、そこはどうやって渡り合っていくのかは読んでのお楽しみ。

 村上博基という名訳者が、あとがきで翻訳について呻吟苦悩(というか楽屋話)を吐露しているのも、一素人翻訳者としてはためになる読み物でした。

 港の宿屋「ベンボウ提督亭」を手助けしていたジム少年は、泊まり客の老水夫から宝の地図を手に入れる。大地主のトリローニ、医者のリヴジーたちとともに、宝の眠る島への航海へ出発するジム。だが、船のコックとして乗り込んだジョン・シルヴァーは、悪名高き海賊だった……(カバー裏あらすじより)
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