『地獄 英国怪談中篇傑作集』南條竹則編(メディアファクトリー幽クラシックス)★★★★☆

 英国怪談ということで、クラシックな味わいの作品三篇を収録。

シートンのおばさん」ウォルター・デ・ラ・メア(Seaton's Aunt,Walter de la Mare,1927)★★★★☆
 ――シートンのおばさんの噂は、本人と会うずっと前から聞かされていた。我々純血種の英国人は、外見上の理由だけで彼に尊大な態度を取っていた。わたしにはその気がなかったのに、向こうから近づいてきて、おばさんの家に招待した。じつに有難迷惑な話だった。おばさんから探るようにじっと見られ、きまりが悪かったのを憶えている。しかもおばさんはシートンを完全に無視していた。

 古典の新訳。朦朧法ということで、やはり何だかよくわからない。取りあえず、何だろう、互いに確執している家族二人の話ということでいいんだろうか? 二人の話の内容は鵜呑みにできないし、となると確かなことは、眼玉の絵や讃美歌のピアノ曲といった不気味な道具立てや、語り手が見たおばさんの異常性や第三者の口から語られるシートンのその後ということになる。

 そういう思わせぶりな道具立てと、でたらめなんだか本当なんだかわからない思わせぶりな二人の打ち明け話が、互いにつながりそうでつながらないまま積み重ねられてゆきます。二人は本当に血がつながってないのか、おばさんは本当に「一種の吸血鬼」なのか、本当にその部屋で死んだウィリアムという人はいたのか、シートンはどうなったのか――。

 結局のところは朦朧としていてよくわからないんだけれど、肝心の結末が旧訳とは違ってます。旧訳の方が怖いが、ネットで拾った原文は新訳と同じだった。バージョン違いなのか、誤訳なのか。とはいえよくわからないことに変わりはない。要は、語り手が勝手に思い描いていた(=心に仕舞い込んでいた)シートンの未来ほどには、現実のシートンは幸せじゃなかったね、てことか?
 

「水晶の瑕」メイ・シンクレア(The Flaw in the Crystal,May Sinclaire,1912)★★★★★
 ――金曜日だった。彼がいつも来る日。来るか来ないかは彼の自由にまかせている。本当の問題はただ一つ、彼の妻ベラなのだ。アガサの家は、今ではロドニーの安息の場になっていた。予告をしなくてもアガサはいつも用意していた。彼女は自分を除けておいた。来てほしいという欲望を捨て、自分が望めば彼を来させられるという考えを捨てなくてはならなかった。なぜといって、もしそれにのめり込んでしまったら……。だがそんな事はなかった。自分には、説明のつかぬ能力があるのを発見したのだ。いつでも彼を来させられることを。

 どうもこの人のセックス怪談を読むとずっこけてしまっていまいち乗り切れなかったのだが、これは傑作。不思議な能力を持つ主人公の、不倫の葛藤が丁寧に描かれているかと思いきや、突如として至高力と制御不能の魂によるオカルトホラーの様相を呈し始め、最後には人間のエゴがさらけ出されます。それを受けて立つ主人公の凛とした姿勢が胸を打ちます。
 

「地獄」アルジャノン・ブラックウッドThe Damned,Algernon Blackwood,1914)★★★★☆
 ――わたしと妹のフランシスは、古くからの友達のメイベルを訪ねることにした。彼が亡くなってからほとんど会っていない。「メイベルは外国にいて、つい先だって戻って来たところなのよ。でも、まさかあの家に住むつもりだなんて――」

 嫌な話である。あんまり嫌な話なので、★一つ減らして四つにしてしまった。幽霊屋敷ものの一種と言えるんだけど、英米の幽霊屋敷ものって、たとえ正体が具体的な幽霊であっても「幽霊が祟る/現れる」というよりは、「場所自体が忌まわしい禍々しい」という向きが強い(と誰かが言ってたような)。「何か」が起こっている/あるいは起こっているかもしれないという不気味な気配や疑心暗鬼や息苦しさや緊張感や言い争いといった、直接的ではない外堀からじわじわじわじわ埋められてゆくから、怖いというより胃に穴が空く感じの嫌らしさなのである。最後には宗教で割り切ってくれて、却ってほっとした。
 

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