『血液と石鹸』リン・ディン/柴田元幸訳(早川書房epi BOOK PLANET)★★★★★

 『Blood and Soap』Linh Dinh,2004年。

世評も高い巻頭の「囚人と辞書」はまだしもおとなしい作品でした。独房のなかで未知の言語の辞書をひたすら暗記する囚人。著者自身が終盤に教訓めいた文章をつづっているせいもあって、いかにも正統的な小説っぽい

 ところが同じく言葉が中心に扱われている「!」になってくると、法螺っぽさが格段に増してきます。捕虜のアメリカ兵がしゃべっていた言葉だけを頼りに、〈英語〉を独習し、教壇に立ちさえしてしまう! 取ってつけたような枕も人を食っています。

 上記二篇や「食物の招喚」「自殺か他殺か?」などは言葉についての物語だったり、「わが国北の果ての知事」や「私たちの新郎新婦」では運命とでも呼ぶべきようなものが描かれていたり、根っこにあるのは何か〈世界〉に対するレジスタンスというか謎解きというか、そんな切実なものがありそうなわりには、世界を舐めているようなできあがり。

 「八つのプロット」や「一文物語集」にいたっては、その名の通りプロットだけ、一文だけの作品集。ほかにも、「ベトコン大学」「浮かぶ共同体」「キーワード」「道徳的な決断」等々、超短篇がいくつも収録されています。毛色の変わったところでは「隠された棺桶の町」は異色作家短篇集に入っていてもおかしくないような話だったりしました。

 牢獄で一人、何語かさえ不明な言語の解読に励む男の姿を描く「囚人と辞書」。逮捕された偽英語教師の数奇な半生が明らかになる「“!”」。不気味でエロティックな幽霊とのホテルでの遭遇を物語る「もはや我らとともにない人々」。アパートの隣人が夜中に叫び続ける奇怪な台詞の正体に迫る「自殺か他殺か?」など、ブラックユーモアとアイロニーに満ちた37篇を収録。名高い詩人であり小説家としても活躍する著者が贈る異色の短篇集。(カバー裏あらすじより)
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