『S-Fマガジン』2009年05月号No.637【バリントン・J・ベイリー追悼特集/トマス・M・ディッシュ追悼特集】

「My Favorite SF(第41回)」森奈津子
 今月号はグイン・サーガ特集でもあるので、グイン・サーガ好きを公言していた作家に原稿を依頼した、ということでしょうか。

「邪悪の種子」バリントン・J・ベイリー/中村融(The Seed of Evil,Barrington J. Baley,1973)★★★★☆
 ――果てしなき時間。情緒的感情というものが欠けているので、エーテルヌスはおのれを創りだした者たちを憎むことさえできなかった……。二十二世紀初頭、太陽系にあらわれた系外からの訪問者は、驚愕や衝撃とは無縁のまま迎えられた。訪問者についてすでに判明した事実がひとつある。彼は百万歳だった。地球上でいちばん似ているのはゾウガメだろう。

 ベイリーは「四色問題」しか読んだことがありませんでした。あれは理解不能だけど面白い、という意味では円城塔スラデックみたいな作品でしたが、本誌掲載作はわりと普通です。

 テンポがいいというのか、余分なことを(必要なことも)そぎ落としてポンポン話が進むので、不死に憧れる人間が主人公一人だけなわけないだろうとか主人公がそれほど悪人にも見えないんだけどとかいうのは気になりません。ただただ不死を求めて追いつ追われつ。エーテルヌスの箇所はなくても話は成立すると思うのですが、これがあるおかげでよりSFっぽく(もとい、いかがわしく?)なっています。〈永遠なるもの〉を形而下の言葉で表現しようとした結果がこれだとしたら、なるほどたしかに最高の意味を込めて「バカ」の呼称を贈りましょう。
 

「神銃《ゴッド・ガン》」バリントン・J・ベイリー/大森望(The God-Gun,Barrington J. Baley,1979)★★★★☆
 ――わが友人ロドリックは、ある晩ぼくに訊ねた。「神の実在を信じるか」と……。(袖コピーより)

 神の存在をあくまで理詰めで考えようとした結果あきらかになった衝撃の事実! 「邪悪の種子」も本篇も、結末は悲劇的な話なのに全然暗くなりようがありません。
 

「特集解説」大森望

「ベイリー・ドゥルーズ山田正紀殊能将之
 ベイリーは「困難かつ微妙な問題に、自分の力で誠実に考えぬいた」し、「SFはそうした思考を表現するのに適したジャンルだった」。

「ベイリーはNWだったのか? 〈架空の対話〉」山本弘
 「自分が賢く見えるように取り繕うそぶりすら見せない」。殊能・山本両氏の言葉が最高の解説になっています。
 

「ナーダ」トマス・M・ディッシュ/田中一江訳(Nada,Thomas M. Disch,1964)★★★★☆
 ――「特殊児童」のナーダは、とても例外的な問題児だ。自分ではぜったいに知っているとみとめない知識をたくさん持っている。アルファベットや、カンガルーといった単語もそうだ。じつのところ、ナーダは天才なのではないか。潜んでいる才能が飛びだしてくるときのことを思うと、オヴィータはわくわくするのだった。図画の授業中に、ナーダは絵を描いた。ほんものの形そのままに立体的で美しかった。後日、ナーダは宇宙船の絵を描いた……。

 かろうじて狭義のSF(ホラー?)として着地するものの、それがむくわれない仕事についている教師の不安定な心持ちとして描かれるのは、まぎれもなくディッシュ印です。どこかズレてイカレてしまった日常に悪酔いします。


 妄想とも幻想ともつかない風景、読む者をやりきれない気持にさせるような閉塞感、というのがわたしがディッシュに抱いているイメージで、そのやりきれない感じがあまり好きではないのだけれど。
 

「ダニーのあたらしいおともだち」トマス・M・ディッシュジョン・スラデック酒井昭伸(Dany's New Friends from Deneb,Thomas M. Disch & John Sladek,1971)★★★★☆
 ――ダニーがとおくまでふらふらやってきますと、こかげにみどりいろのこどもがすわっていました。「やあ、きみ、なんてなまえ?」みどりのこどもはいいました。「ダニーだよ。でもママが“いろのついたことはおはなししちゃいけません”って」「ぼく、いろなんかついてないぞ。みどりだもん」

 スラデック色一色の気がしないでもないですが、そういえばディッシュは『いさましいちびのトースター』の著者なのでした。ブラックどころかどす黒いです。
 

「崖の上のトマス」牧眞司
 「ディッシュの意地悪さはまったく趣向が異なる」。「あたりまえの憂鬱。こともなげな不愉快。日常としての意地悪さ」。なあるほど。ディッシュを読んだときに感じるもやもや感をうまく言葉にしてくれています。

「ディッシュは神だった!」柳下毅一郎
 ぼくにとって神だった――とかじゃないんですよ。ほんとうに神だったんです(^^。
 

大森望の新SF観光局」5 大学SF研今昔
 津村記久子川上弘美柴門ふみとおたくの話です。

「SFまで100000光年 68 おきらく誤記録」水玉螢之丞
 

「MEDIA SHOWCASE」渡辺麻紀円城塔
大森望氏も触れていた映画ウォッチメン。アメコミには疎いのでまるっきり気にも留めていませんでした。が、「壁の落書き、新聞のヘッドライン、店の看板……すべてが意味を持ち、その1コマに詰め込まれた情報量は途方もない。それはじっくり見入ることが可能なコミックだからこそ許される表現」であるはずなのに、監督は「コミックならではの世界と物語を、まんま映像で作り上げようとした」そうです。これはコミックも映画も見たくなりました。

◆昔のTVドラマ『フェアリーテール・シアター』がDVD化。豪華スタッフ&キャストが名作童話を映像化したものだそうです。ティム・バートンのアラジンと魔法のランプ』『ロビン・ウィリアムズエリック・アイドルのカエルの王子さま』とか、素敵なタイトルが。

◆MEDIA SHOWCASEの最後のページは編集部が執筆していることが多いので、今月もそのつもりで読んでいたら、プラスティック・チューブで作られた骨格みたいな構造物が風に吹かれてわしわし動く……どうして思いついてしまったのか……だなんて、円城塔が好きそうな話だなあと思ったら、執筆しているのも円城塔氏でした。「テオ・ヤンセン展」レポートでした。
 

「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之牧眞司長山靖生・他
静月遠火パララバ―Parallel lovers―』は、綾の世界では一哉が事故死し、一哉の世界では綾が殺されたことになっているパラレル・ワールド双方で、それぞれ綾と一哉が綾を殺した殺人犯を探すという、設定だけでもかなり面白そうな話です。

若島正編『モーフィー時計の午前零時』は、チェス小説アンソロジー《ボクラノSF》シリーズは装幀が祖父江慎なのか。ちょっと欲しくなるなあ。

◆ほかに異形コレクション『幻想探偵』、ナギーブ・マフフーズ『シェヘラザードの憂愁』など。
 

「地球移動作戦 第11回」山本弘

「魔京 第18回」朝松健

イリュミナシオン 第19回」山田正紀

「天国と地獄の狭間 第5話 ワイバーン小林泰三

「SF挿絵画家の系譜(38)追悼・斎藤和明」大橋博之

「サはサイエンスのサ 170(SF的に見る地球温暖化)」鹿野司
 

「センス・オブ・リアリティ」
◆「世界一の釣り糸で釣りのがした魚」金子隆一……「第一回国際宇宙エレベーター会議」そんな催しがあることにまず驚きます。

◆「「不況うつ」に立ち向かうためには」香山リカ……むむむ。また鬱病か。こりゃほんとうに日本中が鬱病かも。
 

「READER'S STORY」黒井謙「逃げるコタツ

「『グイン・サーガ』への想い スタッフ&キャスト・インタビュウ」若林厚史米村正二・上松伸夫・堀内賢雄中原麻衣
 

「『猿駅/初恋』田中哲弥インタビュウ」
 〈想像力の文学〉第一弾。これって初めに目にしたときは海外文学のシリーズかと思って期待してたので、今はその反動でちょっと醒めてます(^_^;……が。ボリス・ヴィアンとか、ブッツァーティとか、バーセルミみたいな感じですよね。なんかまちがってますか?」「いえ、まったくその通りです(笑)」。でも今の日本SFなら、そういうのも夢じゃないかもしれません。画像で見た感じだと、帯がデザインの一部なのかな。河出書房の世界文学全集といっしょ(^o^)。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈アシモフ〉誌《2008.10/11〜2009.1》深山めい

「デッド・フューチャーRemix」(第80回)永瀬唯【第14章 ハイ・フロンティア】

「(They Call Me)TREKDADDY(Log.25)」丸屋九兵衛

「おまかせ!レスキュー Vol.131」横山えいじ
 

「蟹は試してみなきゃいけない」バリントン・J・ベイリー/中村融(A Crab Must Try,Barrington J. Bayley,1996)★★★★☆
 ――忘れがたし、あの夏の日。勇敢なるレッド・シェルに乾杯! 傑作蟹青春グラフィティ(袖コピーより)

 蟹(ではなく蟹型異星人)の青春小説。蟹の生態に詳しくないのではじめは見過ごしていましたが、もしかすると蟹は実際にハサミの求愛ダンスをするのかと思ってたしかめてみたら、やはりそうなんですね。となると恐らくほかの部分も実際の蟹の生態に則っているのでしょう。ん? SF!? だって蟹じゃなくて、異星人だもの。
 

ジョイスリン・シュレイジャー物語」トマス・M・ディッシュ若島正(The Joycelin Sherager Story,Thomas M. Disch,1975)★★★★☆
 ――評論家ドナルド・ロングは二度めの離婚以来、恋をしたことがなかった。その日までは……(袖コピーより)

 くず映画撮影者に惚れたばかりにずるずるとずり落ちてゆく批評家の姿や、映画に撮られる自分が出ている映画に撮られる……というメタ構造からは、批評に対する批評精神みたいなものが感じられますが、単なるだめっ子好きのだめんずの話だと思って読んでも楽しめます。
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