『天外消失 世界短篇傑作集』早川書房編集部編(ポケミス1819)★★★☆☆

 さすがにこれはあまりにも時機を逸した遅すぎる復刊……ですが、ことさらに傑作揃いなのを期待せず普通のアンソロジーだと思って読めばやはり粒ぞろいです。

「ジャングル探偵ターザン」E・R・バロウズ/斉藤伯好訳Tarzan,Jungle Detective,E. R. Burroughs)★☆☆☆☆
―― 巨大な雄の類人猿ツーグが、雌のガザンを攫ってしまった。知らせを聞いたターザンは……。

 もしかすると意外とミステリなんじゃないかと儚い期待を抱いていましたが、あえなく撃沈。ある意味ターザンでないと不可能な探偵方法ではありますが。ベルティヨン人体測定法について書かれているのがご愛敬。わたしは『火星のプリンセス』も好きじゃないのできっとバロウズ自体が苦手なのでしょう。
 

「死刑前夜」ブレット・ハリデイ/都筑道夫(The Human Interest Stuff,Brett Halliday,1938)★★★★☆
―― あしたの処刑のことで、あんたの新聞に、裏ばなしが欲しいってんですね? ようがす。刑が執行されるまで記事にしないと約束してくれるんならね。

 原題は「人情ばなし」くらいの意味か。ありがちといえばありがちだけど、タイトル自体が(軽めの)ミスディレクションになっていないこともないんだから、こういうのは活かしてほしい。
 

「殺し屋」ジョルジュ・シムノン長島良三(Stan le Tueur)★★★★☆
―― 残虐な強盗団・殺し屋スタンの一味の潜伏先を突き止めたメグレ。そこに自殺願望を抱えた男が、スタン逮捕のために身を挺したいと訴えてきた。

 「殺し屋スタン」の邦題でお馴染みの作品。リュカやジャンヴィエの変装など、シリーズの読者にはまた違った面白さがある作品です。
 

「エメラルド色の空」エリック・アンブラー小泉喜美子(The Case of the Emerald Sky,Eric Ambler)★★☆☆☆
―― 金持の老人が死亡した。病死かと思われたが、毒殺を示唆する手紙が舞い込む……。チサール博士の推理とは――。

 妙に細かい専門知識が必要なので謎解きミステリとしてはイマイチですが、そこに現実(的な法医学?)を持ち込んだという点で評価すべきでしょうか。天才型名探偵はしばしば真相を口にすることを拒むものですが、本篇の探偵は自分から首を突っ込んでおきながら、さっさと言わずに「仄めかしたのに」云々と真相を出し惜しみするたちの悪さです(^^;。
 

「後ろを見るな」フレドリック・ブラウン/曽我四郎訳(Don't Look Behind You,Fredrick Brown,1947)★★★★☆
―― さあ椅子にふんぞり返ってのんびりなさい。あんたはこの小説を読み終わったら最後、この世のものではなくなるのだ。

 趣向だけしか覚えていなかったのですが、こんな復讐譚だったんですね。初読のときはどうしても趣向の印象が強すぎて、その遊び心を安っぽく感じてしまったのですが、そういう趣向なのだと既に知ってから読んだら評価が上がりました。
 

「天外消失」クレイトン・ロースン/阿部主計訳(Off the Face of the Earth,Clayton Rawson,1947)★★★★☆
―― 衆人環視のなかから消え失せた容疑者。果たして本物の透明人間のしわざなのか……? 奇術師探偵マーリニーが挑む。

 トリックの核がわかってからも、でもその方法では事件の再現は不可能――いやでもこうすれば……という手並みにこじつけめいたところのない余裕が感じられます。
 

「この手で人を殺してから」アーサー・ウィリアムズ/都筑道夫(Being a Murderer Myself,Arthur Williams,1948)★★☆☆☆
―― 殺人の経験があるので、批評家が発表した所説を、わたしは大へんおもしろく思った。「推理小説でもっとも読者を興奮させるのは『誰が』『いかにして』と同程度に『なぜ』のなぞでなくてはならない」もっとも『いかにして』に費やすのも無駄とは思わない。

 きっと意外な結末が待ち受けているものと思っていたのに、とうとうそのまんまで終わってしまいました。無駄な完璧主義ぶりが面白いけど。都筑氏の独特の訳文が読みづらい。
 

「懐郷病のビュイック」ジョン・D・マクドナルド/井上一夫訳(The Homesick Buick,John D. MacDonald,1950)★★★★☆
―― 1949年10月3日、スタンリー・ウッズ氏と名乗る男がバスで来て、リーマン・ハウスにスーツケースを運び込んだ。これが事件の始まりだった。

 ドキュメント風に進む事件の経過に、白黒映画のサスペンスみたいな独特のものがあってわくわくしました。やがて明らかになるいかにも探偵小説的なアイデアが邪魔だと思えるほどでした。「懐郷病」という訳語に時代を感じます。今や「ホームシック」と言わなきゃむしろピンと来ませんものねえ。
 

「ラヴデイ氏の短い休暇」イーヴリン・ウォー永井淳(Mr. Loveday's Little Outing,Evelyn Waugh)★★★★☆
―― 精神病院に入院中の父を見舞ったアンジェラは、そこで出会ったラヴデイという患者に興味を持ち始める……。

 イヴリン・ウォーなのでトリッキーなのや意外なのは別に期待してませんでした。フィクションなんだからそうなるのは読者にはわかりきっているのですが、だからこそ、人が不幸になるのがわかっていながら傍観しているような後ろめたい楽しみがあります。
 

「探偵作家は天国へ行ける」C・B・ギルフォード/宇野利泰訳(Heaven Can Wait,C. B. Gilford,1953)★★★☆☆ ――探偵作家アリグザンダー・アーリントンは殺されて天国に来た。犯人は誰なのか、殺された日の行動を一日だけ繰り返すことを許されて……。

 残された手がかりから自分を殺した犯人を推理する――というパターンかと思ったら、まだ犯行の起こる前の手がかりのない時期に犯人を見つけ出すという無理難題。最終的には、その事後証拠と事前手がかりのあいだのぎりぎりのところで成立している見事な謎解きだと思います。犯人当てのロジックとしては基本なのでしょうが、それまでがへんちくりんだっただけに意外性があって引き締まりました。
 

「女か虎か」フランク・R・ストックトン/中村能三訳(The Lady, or the Tiger?,Frank R. Stockton)

 『山口雅也本格ミステリ・アンソロジー』で読んだので今回はパス。
 

「白いカーペットの上のごほうび」アル・ジェイムズ/小鷹信光(Body on a White Carpet,Al James,1957)★★★★☆
―― まったくこいつは、たまらねえ上玉だ。マックはその女を口説こうと決めた。

 「Body」と来てミステリなのだから、ははあんと見当はつくわけですが、ミステリ小説的な常識(=死体運搬は難しい)が邪魔をして、結末のような発想は盲点でした。
 

「火星のダイヤモンド」ポール・アンダースン福島正実(The Martian Crown Jewels,Poul Anderson,1958)

 『密室大集合』で読んだのでパス。著者名からわかるとおりSFミステリです。
 

「最後で最高の密室」スティーヴン・バー/深町眞理子(The Locked Room to End the Locked Room,Stephen Barr,1965)

 『山口雅也本格ミステリ・アンソロジー』で読んだのでパス。
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