全集第二巻は、超傑作!という作品はないけれど、いい意味でバラエティに富んでいる作品集です。
『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』★★★☆☆
――双眼鏡で覗きをしていた男が、豪華マンションの浴室で顔の皮をはがされた若い女の死体を発見! だが、割り出された死亡推定時刻に彼女は、「はやぶさ」に乗っていた。不可能を可能にしたトリックは何か? 時間の壁と“完全犯罪”に敢然と挑む捜査一課の吉敷竹史の前に、第二、第三の殺人が……。
吉敷シリーズ第一作。自分でタイムテーブルを作ってみればあるいは真相を見破るのは難しくないのかもしれませんが、狭義のアリバイものだと気づかせないような(著者の、そして犯人の)ちょっとした作為に個性を感じました。平凡な時刻表トリックなのに、うわべはまるで奇想炸裂のトリッキーな猟奇殺人のよう。
最近はすっかりスーパーマンになってしまった吉敷ですが、このころはほとんど特徴がありません。むしろお馴染み中村刑事の方が味があって印象が強い。最後になって吉敷の洒落っ気も顔を出しますが。
月報の対談を読むと、なんだかほとんど編集者の趣味で始められた作品みたいですね。しかも著者はいまだにその編集者のアドバイスを真に受けてて……。腐女子向けミタライものもこんな感じで一部の同人さんたちの希望を真に受けちゃってるんだろうなあ、と納得できてしまいました。里美の言葉遣いは、胡桃沢耕史の影響?
『嘘でもいいから殺人事件』★★★☆☆
――嘘でもいい、インチキでもいい、殺人事件を! テレビ界にこの人あり、“やらせの三太郎”と異名をとる迷ディレクターとスタッフが東京湾の無人島で遭遇した奇々怪々な大事件。
ユーモア・ミステリという記憶が強かったのだけれど、読み返してみると著者の独特の女性観がすでに披露されていることに驚きました。
終盤近くに登場するタクシーの運ちゃんって、作品的には意味ないですよね? 完全に笑いのためのキャラクターなのでしょうか。
全篇おふざけ感がただよっていながら、メイン・トリックは黄金期の本格ミステリを思わせる(著者にしては手堅いとでもいえばいいのか)ものでした。中盤で明かされるあるミステリ的な趣向もおふざけ感いっぱいで、言動のドタバタだけじゃなくミステリとしてもサービスたっぷりに遊んでいます。しかも読み終えてみればこのタイトルって……。ヤラレタ!
『出雲伝説7/8の殺人』★★★☆☆
――山陰地方を走る6つのローカル線と大阪駅に、流れ着いた女性のバラバラ死体! なぜか首はついに発見されなかった。捜査の結果、殺された女は死亡推定時刻に「出雲1号」に乗車していたらしい。休暇で故郷に帰っていた捜査一課の吉敷竹史は、偶然にもこの狂気の犯罪の渦中に……。好評、本格トラベル・ミステリーの力作。
吉敷シリーズ第二作は、正面からのアリバイ崩しものです。被害者の身元は最後まで不明のままなのだから犯人がその気になればもっと安全に殺人を実行できただろうに、何よりも復讐ありきで、恨みの深さから自分が疑われるところまでは織り込み済みで完璧なアリバイを用意しておくというのは、普通に考えれば本末転倒なのですが、それも本格ミステリの住人らしいと言えるでしょう。刑事VS犯人の一騎打ちが楽しめます。解決の手段が表面上『はやぶさ』に似てしまっているのが残念です。『はやぶさ』から数えて顔なし・首切り・首なしのそれぞれに動機が違うのはさすがです。
『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』★★★★★
――勇躍英国へ留学した夏目漱石は下宿先で夜毎、亡霊に悩まされ、シャーロック・ホームズに相談に行った。折しもそこに金持未亡人が訪れて言うには、永らく生き別れた弟と再会したのだが、彼は中国で恐しい呪いをかけられ一夜にしてミイラになってしまった、と。居合せた漱石もこの難事件解決に一役買うことになるのだが……。
島荘流大トリックとホームズ・パスティーシュとホームズ・パロディと漱石パロディが楽しめる贅沢な作品です。ホームズ・ファンの著者らしく、ホームズに対するからかい方がかわいい。どこから見てもホームズその人である変装お婆さんから漱石が目をそらして気づかないふりしてあげたり、新聞広告について漱石から指摘されてホームズは「しまった、そう書くのを忘れた」って認めちゃったり。ミステリとしても、そんな馬鹿な、を可能にしてしまういつもながらの豪腕に頭が下がります。
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