読む前は勘違いしていたけれど、「児童文学」ではなく「少女少年小説」なのですね。
「大洋」バリー・ユアグロー/柴田元幸訳(Ocean,Barry Yourgrau,2009)★★★★★
――私の弟が大洋を発見する。夕食の席で、弟はそのことを報告する。「素敵じゃないの」と母は言う。「さ、それ食べてしまいなさい」「お腹空いてない」「そんなことは訊いておらん。出されたものはたいらげてもらおうじゃないか」と父が言う。
ぽっかり空いた胸の内のように寂しく大洋が広がっていました。弟の部屋からしか見えない海を目にしていながら、軽蔑と嫌悪しか感じなかった語り手と父親。対照的に「わかっていたのよ」と言う母親の言葉には嘘偽りのないものがありました。
「ホルボーン亭」アルトゥーロ・ヴィヴァンテ/西田英恵訳(The Holborn,Arturo Vivante)★★★★☆
――あんなレストランは後にも先にも見たことがない。輝きはシャンデリアのせいだけではなかった。禁断の場では、と思えるほど魅惑的だった。
子どものころには輝いて見えた、というのを端的に描いた作品です。
「灯台」アルトゥーロ・ヴィヴァンテ/西田英恵訳(The Lighthouse,Arturo Vivante)★★★★★
――そこに古い灯台は立っていた。ぼくはある日、思い切って中へ入っていった。開けてくれたのはいかにも灯台守という感じの男の人だった。「さあさあ、入りなさい」とその人は言った。
こうして二作品を読んでみると、「大人になる/子どもではなくなる」瞬間というのは、自分の感覚と他人の感覚とのズレを自覚したときなのかな、と思ったりしました。それもこの二作品の場合、どちらも他人から指摘されるんですよね。
「トルボチュキン教授」「アマデイ・フィラドン」「うそつき」「おとぎ話」「ある男の子に尋ねました」ダニイル・ハルムス/増本浩子、ヴァレリー・グレチェコ訳(Профессор Трубочкин,Жил-был музыкант Амадей Фарадон,Врун,Сказка,Одного мальчика спросили,Даниил Хармс)★★★★★
――子供向け雑誌の編集室に、小柄な人がやって来た。「私はかの有名なトルボチュキン教授だ」「お待ちしていました。どんな質問にも答えられるのは先生だけですからね」「その通り。それに飛ぶことだってできる」
「トルボチュキン教授」はノンセンス児童文学かな、と思っていたら、見事に「少女少年小説」に着地しました。「アマデイ・フィラドン」「うそつき」は詩。「おとぎ話」のような仕掛けの作品をアンソロジーで読むとびっくりします。「ある男の子……」は意外とベタですが、でもこんな風に言いくるめられている子どもって実際にいそうかも。
「眠りの国のリトル・ニモ」ウィンザー・マッケイ/小澤英実訳(Little Nemo in Slumberland,Winsor McCay)★★★★★
挟み込み漫画。二作とも頭がくらくらするような漫画です。そういえばバリー・ユアグロー作品のコピーは「楽しい悪夢」だったなと思い出し、柴田氏はよほど楽しい悪夢が好きなのだと思いました。シリーズ夢落ちというのも新鮮です。
「ガソリン・アレー」フランク・キング/小澤英実訳(Gasoline Alley,Frank King)★★★☆☆
これまたおもしろいアイデアをそのまま絵にしたような楽しさがあります。
「猫と鼠」スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸訳(Cat 'n' Mouse,Steven Millhauser)★★★★☆
――猫は鼠を台所じゅう追い回している。つるつるのワックスの上で、猫と鼠は止まろうとして身を後ろにそらす。かかとから火花が上がるが、どう見ても手遅れだ。鼠はドアを突き破り、鼠型の穴を残していく。
『トムとジェリー』のドタバタを言葉で説明したような作品ですが、仮にオリジナルを知らずに読んだとしたらこれはユアグローやハルムス作品のようなシュール極まりない作品に思えたのだろうな、と思うにつけても、こんなシュールな話を何の疑問も感じさせずに一瞬で納得させてしまうアニメの力は偉大です。それにしても、トムとジェリーはこんなこと考えてたんだ(^_^。
「修道者」マリリン・マクラフリン/小澤英実訳(The West --acotyte,Marilyn McLaughlin)★★★★★
――おばあちゃんは昔から変わってた、とあの人たちは言った。あたしのからだは、前はひらたくて、がらんとした原っぱだった。肉がつくのはいやだった。。
ここでいきなり女の子の物語になりました。精神が身体の変化に追いつくまでの、おばあちゃんとの一夏です。
「パン」レベッカ・ブラウン/柴田元幸訳(Bread,Rebecca Brown)★★★★★
――そのパンを食べる違うやり方はひとつしかなくて、そのやり方で食べたのは一人だけだった。それはあなただった。
世界には「わたし」と「あなた」しかいない。子どもの世界ってそういうものかもしれない。もちろんそんな「わたし」の思い込みは理不尽なものだし、「わたし」の外の世界だって理不尽です。
「島」アレクサンダル・ヘモン/柴田元幸訳(Islands,Aleksandar Hemon)★★★★★
――船はつつましい波の上を、喘ぎ、ゲップをしながら跳ねていった。道路脇に並ぶ事故車みたいな小さな島々の前を通りすぎ、僕が「これってムリェト?」と訊くたびに「違う」と言われた。
取りあえず目に飛び込んできたものにフォーカスしてズームしたような、いかにも少年の目から見たような、異様な迫力のある描写と、変な譬喩が印象的です。
「謎」ウォルター・デ・ラ・メア/柴田元幸訳(The Riddle,Walter de la Mare)
柴田元幸による名作新訳、ボーナス・トラックみたいなものでしょう。
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