『S-Fマガジン』2010年1月号No.646【創刊50周年記念特大号 PART1 海外SF篇】

 ぶ厚い(536ページ)! 高い(2,500円)! 掲載量も半端じゃない(短篇12篇に再録5篇)! 海外作家からのお祝いメッセージ付。

「息吹」テッド・チャン大森望(Exhalation,Ted Chiang,2008)★★★★★
 ――古来、空気は生命の源であると言われてきた。しかし、真実は違う。われわれは毎日、空気を一杯に満たした二個の肺を消費する。われわれは毎日、空になった肺を自分の胸郭からとりだし、満杯にした肺と交換する。

 ロボットがみずからのルーツをたどってゆく話なのかと思ったら、実は違って、それどころかどんどん話は広がって、最後にはこれを読んでいるわたしたちのところにまでつながる壮大な作品でした。機械生命の仕組みや生き残りを求めた無駄なあがきは、戯画化された人間のよう。
 

「クリスタルの夜」グレッグ・イーガン山岸真(Crystal Nights,Greg Egan,2008)★★★★★
 ――驚異的なプロセッサ「クリスタル」を使い、進化によって意識を持つ真のAIを生み出すことに挑戦したい。だが三億年も待つのはごめんだ。淘汰のプロセスを方向づけされたものにする必要がある。……知覚力を持つ生命を消去する? ダニエルは何の良心の呵責も感じなかった。

 イーガンにしてはわかりやすいし、「倫理」についてもさらっと触れられているだけなので取っつきやすい作品でした。解説の言葉にあるとおり、「フェッセンデンの宇宙」の現代版。だけど視点をひっくり返すと(ひっくり返さなくても)神様の話になっちゃうんですね、そこも含めて洒落なのでしょう。
 

「スカウトの名誉」テリー・ビッスン中村融(Scout's Honor,Terry Bisson,2004)★★★☆☆
 ――七月十二日の朝、以下のメッセージが研究室のコンピュータに届いた。「月曜日。うまくいった。計画通りに。NT居住地までは狭い谷が一直線にのびている。煙が見える。予想外だ。まだHSの脅威にさらされていないのかもしれない」。いたずらだろうか。

 これは比較的オーソドックスなSFでした。あるいはネアンデルタールについての最新の事実が反映されているのかもしれません。わたしには知識がないのでわからないけど。ネアンデルタール絶滅の瞬間を仮想した作品。
 

「風来」ジーン・ウルフ宮脇孝雄(The Waif,Gene Wolfe,2002)★★★★★
 ――眠っているのは小さな男の子だった。ニーマン・コリンに見つかったら何をされるかわからない。ニーマン・ジョエルなら無断で入っても軽い罰ですませてくれたのに、ニーマン・ジョエルは火あぶりにされた。「オナカ スイタラ ボクノ トコロニキテ」とビンは板に文字を刻んだ。

 この内容にして火あぶりというと瞬間的に魔女狩りを連想しますが、一方で縛り首やギロチンではこの結末にはなり得ないんですよね。共同体を守るために粛清の論理が働くのも、貧しすぎれば憎む余裕がないのも、「守るもの」があるからしがみつきたくなる。
 

「カクタス・ダンス」シオドア・スタージョン若島正(Cactus Dance,Theodore Sturgeon,1954)★★★★☆
 ――グランサム植物学教授は西部にとどまり、そのうち標本も報告書も途絶えてしまった。生きているという噂だけを発散していた。死を遂げることもないし、辞職もしないのだ。そして、ぼくはその教授ポストがほしかった。どうしても彼か彼の墓を探し当て、連れ戻すかそれとも死んでいるのを証明しなくてはならない。

 著者名を隠されたらスタージョンだとは気づかなかったと思います。蛾と共生する少女に魅入られた植物学者を描いた奇談。
 

「秘教の都」ブルース・スターリング小川隆(Esoteric City,Bruce Sterling,2009)★★☆☆☆
 ――白・黒双方の魔術が横溢する都市トリノ。現代の技術者とミイラ男がこの魔都を闊歩する!(袖キャプションより)

 わたしがもう少しイタリアに詳しければ、くすぐりギャグらしきものにももうちょっと笑えたのでしょうか。
 

「ポータルズ・ノンストップ」コニー・ウィリス大森望(Nonstop to Portales,Connie Willis,1996)★★★☆☆
 ――なんの変哲もないアメリカの片田舎ポータルズ。そこにやってきたバスツアーとは……(袖キャプションより)

 扱われているのがなぜこの人なのかと思ったら、トリビュート本のなかの一篇でしたか。しかもけっこうビッグな人なんですね、知らなかった。
 

「黄昏の薄明かりの向こうへ(1)」中野善夫
 ファンタジイ/SF評論新連載。

「SFまで100000光年 76 高架下のミニラ」水玉螢之丞

「SF Magazine Gallery II(7)」加藤直之「時の塔1」

「『Sync Future』ついに刊行!」磯光雄インタビュウ
 

「SF BOOK SCOPE」
◆『日本幻想作家事典』『死者の軍隊の将軍(東欧の想像力)』『妖術使いの物語』『バッド・モンキーズ』『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』あたりは言わずもがなとして、ガガガ文庫跳訳シリーズの新作が出たのにはびっくり。しかも、樺山三英ハムレット・シンドローム、原作は久生十蘭久生十蘭×樺山三英でどんなライトノベルになるんだろう。楽しみ。

◆『国民クイズ』の加藤伸吉の新作『惑星スタコラ』も出ていました。
 

『魔京』(最終回)朝松健

「おまかせ!レスキュー Vol.139」横山えいじ

《ドラコ亭夜話》(「文法のレッスン」他4編)ラリイ・ニーヴン/小隈黎訳(Grammer Lesson 他,Larry Niven,1977他)★★★☆☆
 ――「笑ったりしてごめんなさい。だってあなた、いまの“わたしの”に、外的所有格でなく内的所有格を使うんだもの」チャープシストラは腕には内的所有格の“わたしの”、夫には所有物を表す“わたしの”、母には親族関係を表す“わたしの”を使った。

 「地球に立ち寄った異星人を相手にする酒場〈ドラコ亭〉で、店主の“わたし”が耳にした話をまとめた(中略)ショートショート連作」のうちから五篇を収録。縛られた世界設定に、それを活かしたオチ(?)は、SFならではの面白さです。
 

「創刊50周年記念エッセイ」柴野拓美伊藤典夫高橋良平
 

「新版 世界SF全集を編む(1)」大森望×中村融×山岸真
 『ミステリマガジン』でもやってた架空全集。まずは巻立てなど準備段階の話。
 

「凍った旅」フィリップ・K・ディック浅倉久志(Frozen Journey,Philip K. Dick,1980)★★★★☆
 ――宇宙船は冷凍睡眠カプセルを点検した。九番の乗客に脳活動が認められる。「厄介な故障のため、あなたは意識を持ったまま十年間の旅をすることになります。あなた自身の中に埋もれた記憶を、わたしがよみがえらせ、愉快なものだけを強調します。そうしないと目的地に着くころにはあなたの精神は劣化してしまい……」

 名作再録。記憶のなかでさえ、何度くり返してもうまくいかない繰り返しの人生。
 

「明日も明日もその明日も」カート・ヴォネガット浅倉久志(Tomorrow and Tomorrow and Tomorrow(The Big Trip Up Yonder),Kurt Vonnegut,1954)★★★☆☆
 ――時は西暦二一五八年。ルウが百二歳、エムが九十三歳、夫婦の相性がよかったことは間違いない。とはいえ悩みがないではない。「ときどきあんまり腹が立って、祖父ちゃまの不老薬を水で薄めてやりたくなるわ」

 名作再録。不老薬が開発されて、人口過剰な未来都市。「若い」世代の苦労ばかりがユーモラスに綴られたあとに、高齢者の視点から生きる楽しみが描かれていて、複雑な気分。
 

「昔には帰れない」R・A・ラファティ伊藤典夫(You Can't Go Back,R. A. Laffety,1981)★★★★☆
 ――ヘレンがムーン・ホイッスルを吹くと、ホワイトカウ・ロックはゆらつきながら百フィート降りてきて、真上に浮かんだ。「登ろうよ」トム・ブルーステムがいった。その球体には十三戸の家と一軒の店があった……われわれが大人になって永劫が過ぎた“後年”に、話がふたたび戻る。「誰がでっちあげた?」ヘレンが石くれやホイッスルを持ちこんだ晩のことだ。「でっちあげたんじゃない。あれはまだ存在するんだ」「ばかな!」

 名作再録。何て身も蓋もない現実。必要以上の身も蓋もなさ。最後の一言が胸を打ちます。
 

「いっしょに生きよう」ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア伊藤典夫(Come Live with Me,James Tiptree Jr.,1988)★★★★☆
 ――わたしは火を覚えている。土地が乾いて、上流の森が熱風に呑みこまれた。雨が降りだし火を消したのだが、連れがいる川上とのあいだに、焼けた木が倒れ、わたしたちの交配袋が流れてくるのをせき止めていた。倒木をどかすことはできなかった。だが今夜、新しい火がやってきた。火は空にあった。地上に降りた莢のようなものが開き、動くものが現れた!

 名作再録。テレパシーを使える共生生物とのコンタクト――というのも知らずに読み始めた方が面白いんじゃないかと思います。「わたし」の語りを通して「わたし」の形態や事情が徐々に明らかになってくるのは、読んでいてわくわくします。
 

「記憶屋ジョニイ」ウィリアム・ギブスン黒丸尚(Johnny Mnemonic,William Gibson,1981)★★★☆☆
 ――ぼくは散弾銃《ショットガン》をアディダス・バッグに収め、詰めものとしてテニス靴下《ソックス》を四足入れた。全然ぼくのスタイルじゃないけれど、これこそが狙いだ。粗雑《クルード》と思われているなら繊細《テクニカル》にやり、繊細《テクニカル》と思われているなら粗雑《クルード》にやる。これでラルフィ・フェイスの眼をごまかせるとは思えないけれど、奴のテーブルの脇までは行き着けるだろう。

 名作再録。う〜ん。。。やっぱり、こういうのは、苦手でした。
 

「SF挿絵画家の系譜(46)辰巳四郎大橋博之
 へえ。椎名林檎のおじさんだったんだ。
 

「サイバーカルチャートレンド(7)」大野典宏
 小型化された本体+目的に応じたさまざまな端末。
 

「サはサイエンスのサ 177 ひみつ」鹿野司

「SENSE OF REALITY」
「惑わされるな、本体は1つだ!」金子隆一/「垣間見えた「ブログの世界の落とし穴」」香山リカ
 ドラコレックスとパキケファロサウルスは同一種だった! 奥が深いというか世界は驚きに満ちているというか。

《READER'S STORY》「ショート・コンタクト」井上裕之

「MAGAZINE REVIEW」〈アシモフ〉誌《2009.6〜2009.9》深山めい
 集団カウンセリングを受けた両親から、自分が不幸の原因だと告げられた息子が、キャンプから逃げ出して同じような少年と出会い、「この島に残ることは殺されてしまうことだと聞かされて、二人で島から脱出することを決意する」キット・リード「恐怖のキャンプ場」(Camp Nowhere)が気になりました。
 

堺三保アメリカン・ゴシップ(3)」

「(THEY CALL ME)TRECDADDY(33)」丸屋九兵衛
 

「フューリー」アレステア・レナルズ/中原尚哉訳(Fury,Alastair Reynolds,2008)★★★☆☆
 ――皇帝のおそばに駆けつけたが、すでに手のほどこしようがなかった。弾は頭部を貫通していた。私は現場に背をむけ御所にもどった。すでに暗殺未遂の噂で御所内はざわめいていた。陛下の新しい体が玉座から立たれた。「申し訳ございません」「そちが万全をつくしたことはわかっている」「気になることがございます。弾頭は空洞になっていました。そこに反物質装置をいれておけば、陛下の本体ごと吹き飛ばすことさえ簡単だったでしょうに」「だれかのメッセージだと言いたいのか?」

 意識を持ち始めたロボットと、帝国誕生の秘密――というのを、絡め手から描いているのですが、あまり意外性はありません。心理的葛藤や罪と罰が大雑把で置いてけぼりな感じ。後半もうちょっと書き込まれていればよかったのに。
 

「ウィケッドの物語」ジョン・スコルジー内田昌之(The Tale of the Wicked,John Scalzi,2009)★★★☆☆
 ――タリン族の戦艦に対する発射命令を出した。「応答しません」「ほかのに切り替えるんだ」「指令は通常どおり送れますが、それが受け付けられないんです」艦長は戦艦〈ウィケッド〉に問いかけた。「だれかがシステムへのアクセスを試みたか?」《いいえ、艦長》「ハードウェアに異常はないのか?」《ありません》「だったらなぜ武器を発射できない?」《わたしにはなにもいえません》――いまのはコンピュータの台詞にしては妙じゃないか?

 意外なところでロボット三原則が登場しました。どちらかというとコンピュータと人間の人間ドラマがメインかな。
 

「第六ポンプ」パオロ・バチガルピ/中原尚哉訳(Pump Six,Paolo Bacigalupi,2008)★★★★★
 ――マギーはオーブンに頭をつっこみ、ライターに火をつけていた。「バカ、なにしてる! 爆発させる気か?」マギーは泣き出した。「ごめんなさい。気づかなかった……月の前だからかしら。精神安定剤は飲みたくないし。だってそのせいで……」「いつかできるよ」僕は職場に向かった。トログがたくさんいた。人目も気にせず性行為にふけっている。これでも人間の子なのだ。地下にはいると、チーが待っていた。「第六ポンプが故障した」「どこが? いつから?」「わからない。夜中かな」「全域の下水処理が昨夜からストップしてたってことだぞ!」

 環境汚染によって人類の知能が低下し、奇形児が生まれ、新生児も減った近未来。登場人物のほとんどは文字を読むことや常識的な判断をすることすらできないし、判断能力はしっかりしている語り手もxの2乗と2xの違いがわかりません。文明も科学も衰えているなか、下水処理のポンプを動かし続ける主人公。これまでの作品以上にひどい世界で、小さな希望が光っています。バチガルピ作品は、環境破壊に対して声高に訴えたり、ペシミスティックなディストピアだったりしないところが好きです。
 

「炎のミューズ」ダン・シモンズ酒井昭伸訳/田中光イラストMuse of Fire,Dan Simmons,2009)
 ――惑星を巡業中の劇団は、人類を統べる種族の前で演劇を披露するよう命を受けたが……(袖キャプションより)

 うーむ、これはわからないや。一度読んだあとで解説を読んで勉強してもう一度読み直さなくては。スペースオペラのアンソロジーなのに、宇宙劇団の話を書いたというのがお茶目です。
 

SFマガジン年表PART1」
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