『読んで、「半七」!』岡本綺堂/北村薫・宮部みゆき編(ちくま文庫)

 綺堂は好きでも半七はあまり好きではなかったのだけれど、二人の対談付きなのでと思い改めて読んでみたところ、けっこう面白くて得した感じです。語注の基準がよくわからくてストレスがたまるのが難点。

「お文の魂」★★★★☆
 ――ある日のことであった。妹のお道が娘のお春を連れて兄のところへ訪ねて来て、「もう小幡の屋敷にはいられません」と飛んだことを云い出した。もしや道楽者と心得違いでも仕出かしたのではあるまいか。子細を聞きただしたところ、枕もとに女の幽霊が出たと云う。

 編者のお二人も述べているように、怪談部分が秀逸です。表向き世間的には謎のままとなっている事件なので、叔父が不思議な話をしようとして口をつぐんで……やがて裏事情を知る人から謎と解決をいっぺんに聞かされることになります。(むかし読んであまり面白いと思わなかったのはおそらく、真相を暴くきっかけとなる事実を、たまたま二つとも半七が知っていたというところに釈然としなかったのでしょう。十蘭の顎十郎にしてもそうだけど、「ミステリとして優れている」とズレた持ち上げ方をされると、読み終えた後のがっかり感が強いのです)。江戸時代の話の中に「Kのおじさんが……」と書かれると、妙にリアリティがあってぞくっとしました。
 

「石燈籠」★★★★☆
 ――菊村の一粒種お菊さんのゆくえが知れない。ゆうべ帰ってきたと思ったら、又すぐにどこかへ姿を隠してしまった。女中もおかみさんも確かに見たんだけれど……。その明くる朝、半七が店に見廻りにゆくと、大勢の人が立っていた。「おかみさんが殺されて……」

 探偵役だけが知っている情報が解決に役立つというのは、普通のミステリであればアンフェアなのだけれど、「みんな顔なじみ」という江戸・捕物帳の世界であれば不思議ではないし、むしろそれどころか住人たちの交流・生活感が伝わって来て、江戸の町が身近な町内の話みたいに近しく思えてきます。幼なじみの番頭をはじめとして、「親分、いらっしゃい」「大哥《あにい》」って声をかけられるたびに、何だか読んでるこっちが嬉しくなっちゃいます。
 

「勘平の死」★★★★☆
 ――和泉屋の家じゅうが芝居気ちがいで、今年の狂言忠臣蔵で、若旦那が勘平を勤めることになった。しかし、勘平が腹を切ると生々しい血潮が衣装を真赤に染めた。糊紅ではなかった。鞘には本身の刀がはいっていたのだ。

 芝居の話で芝居っ気のある半七。哀しい話なのに、洒落ています。しかし犯行に及んだだけならまだしも、最後の最後に当人に向かってあんなこと言うとは、犯人は愚かにもほどがありますよね。しかも「お前を怨んじゃあいない」って上から目線。無理でしょう、それは。。。
 

「奥女中」★★★★☆
 ――お武家の方と御殿風の女の方が、お蝶の名を訊いたり、年をきいたりして、お茶代を一朱置いて行きました。それから三日ばかり経ちますと、お蝶の姿が見えなくなったんでございます。十日ほどすると帰って来ましたが、訊くと、目隠しをされてお屋敷のようなところにつれて行かれ、着物を着かえろの机の方を向いたまま口をきくなの振り返ってはならぬだの云われた。

 解説でも触れられているホームズのあのパターンに、もう一つからめることで、ひじょうに面白い作品になっています。読者は当然大ネタの方に気を取られていると、半七がずばっと観察眼の鋭さを見せつけます。というか実は大ネタの方は半七、謎解きできませんでした。
 

「帯取の池」★★★★☆
 ――ここを帯取の池と云うんですよ。美しい帯が浮いているのを、取ろうとしてうっかり近寄ると、その帯に巻き込まれて池の底に沈められてしまうんです。忌な伝説が残っているその池に、或る時、女の帯が浮いていたもんだから、みんな驚いて大騒ぎになったんですよ。

 姐さん肌の女心にニヤリとしました。死んじゃった人には悪いけど、完全にこの人が主役ですね。
 

「春の雪解」★★★★☆
 ――春とはいっても日はまだ短く、今にも白い物がこぼれ落ちそうな空の下、半七は寒い風のなかを突っ切って歩いた。「ちょいと、来ておくれと云うに……」仲働きらしい小粋な女が、按摩の袂をつかんで曳き戻そうとしているのであった。

 謎があるのかどうか、事件があるのかどうかもわからないまま話が進んでゆく、手探りの状態といい、部下の子どもが病気になって――なんてところといい、生活感のような現実感のようなものが伝わってきて、なんだか半七が身近に感じられる一篇です。
 

「津の国屋」★★★★☆
 ――津の国屋では子供が出来ないというので、お安という娘を貰って可愛がって育てていた。だがお安が十歳になった時に、女の子お清が生まれた。やがて二人目お雪も生まれた。そうなると人情で貰い娘が邪魔になる。そこで、出入りの職人と情交があると決めつけて追い返してしまった。お安は間もなく死んだという噂だ。とろこが不思議なことに、お清がお安と同じ齢で死んでしまった。しかもお安の姿を見たという人が……。

 半七はほとんど出てきません。探偵役が出てこないということはつまり、人は何人も死んじゃいますし、解決は先延ばしでぎりぎりまで怪談風の話でした。

 取りあえずここまで。

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 『読んで、「半七」!』


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