『俳句殺人事件 巻頭句の女』斎藤愼爾編(光文社文庫)★★★★☆

 俳句がテーマのミステリ・アンソロジー。俳句がダイイング・メッセージ俳人が探偵、俳句をお題に創作、句会が舞台、俳人が被害者、俳句が事件を象徴、等々さまざまなミステリが楽しめます。

 編者自身「絶対に買いである」と述べているように、ページ下に編者の選んだ俳句も印刷されているので、俳句ミステリだけじゃなく、俳句も楽しめる作りになっていて本当にお買い得です。
 

「巻頭句の女」松本清張 ★★★☆☆
 ――今月もさち女の句が来なかった。病気がよっぽど悪いのだろうか。手紙に返事もない。まさか死んだのではないだろう。麦人と青沙は、さち女がいるはずの愛光園という施療院を訪れた。

 清張の謎解きミステリ。作者の実生活が明らかになるとともに、俳句の背景も明らかになるところは、鮮やかな評論を読んでいるよう。清張=社会派とお題目のように唱えたくはないけれど、やはり社会派的な死体処理の仕方だと思いました。盲点ですよね。
 

「句会の短冊」戸板康二 ★★★☆☆
 ――ふしぎな経験をした。私が出席していた俳句の会で、貴重な短冊が紛失したのである。その句会の家元が二カ月前になくなって、次の家元がまだ決まらないため、六人の幹部が家元の地位を狙っているころであった。

 雅楽シリーズの一篇。『雅楽全集2』で既読。
 

「さかしまに」五木寛之 ★☆☆☆☆
 ――稲子の父親は、灯痩という俳人だったらしい。私は出版社の友人に調べてもらおうとしたが、返ってきたのは灯痩に手を出すなという警告と、灯痩が特効警察の手先だったという事実だった。

 これはひどい。無駄な部分と無意味な文章ばかりで、読んでいていらいらしてきます。一歩下がった立ち位置から、自分以外すべてを小馬鹿にしてやに下がっているザ・オヤジ。語り手がこんなでは声高な抗議も空々しい。作中の暗号(?)もほかの作家が扱っていたらもっとよい作品が出来上がっていただろうに。
 

「紺の彼方」結城昌治 ★★★★★
 ――私はひねくれた娘だった。物ごころがつくと同時に周囲を憎み始めた。まず母を憎んだ。子供の私は仔豚のように、成人した私は親豚のように太っていた。それでも、その日は私の人生の新しい門出だった。二十八歳の新妻は初めて男の手に抱かれ、嬲るような男の手を愛の行為と錯覚した。奈津江という女が訪ねてきたのは、結婚して一と月くらいだった。

 ひねくれた不美人が戦時中にかかわった犯罪とは――。まず語り手の人物像が秀逸。陰気でいじけていてもいいはずなのですが、妙に図太くて、ネガティブな魅力を発散しています。扱われている俳句が深い印象を残すという点では、本書中でも頭抜けていました。
 

「紙の罪」佐野洋 ★★☆☆☆
 ――部下の結婚式の媒酌人を務めた山脇夫妻は、二羽の鶴を一枚の紙で折った折鶴をもらった。山脇夫人は喜んで、折り方を知りたがったが……。送り主のOLは、絶対に折鶴を開いては駄目だと――。

 佐野洋は細かいところにこだわりすぎて、面白味のない作品しか書けない人という印象です。『折々のうた』掲載作を題材にミステリを書くという趣向も今一つ――というかほぼ無関係では? 内容もずっこけるような作品でした。
 

「恋路吟行」泡坂妻夫 ★★★★☆
 ――「猿の会」の会員は一様に初心者だったためか、句会を重ねるにつれて気が合うようになり、能登巡り吟行が決まった。景一はめぐみに話しかけた。「ぼくが面白がって夕子について来ただけだと思いますか。女房の浮気を疑っていたんです」

 ノン・シリーズだからと油断していたら、泡坂印でびっくりしました。俳句テーマのミステリである以上、そこに何がしかのテーマやメッセージを隠すというのは定番なのでしょうが、やはり泡坂氏はさり気なく隠すのが上手い。
 

「虻は一匹なり」笹沢佐保 ★★★☆☆
 ――刺し傷は、心の臓を貫いて左胸まで突き出ていた。下手人は後ろから文吉を刺したらしい。たったのひと突きで……?

 一茶が探偵役を務めています。時代ミステリ定番の人情もの。「それ虻に――」にむりやり絡めようとしているのはご愛敬でしょう。一茶よりむしろ阿呆の九十郎の方がキャラとしては面白い。
 

「殺すとは知らで肥えたり」高橋義夫 ★★★★☆
 ――本所横網の御隠居でお駒が隠居の死体の横に茫然自失しているところをみつけたのだという。お駒のしごきが隠居の首に巻いてあった。「ゆうべおっ母さんと一緒だったと、番所に話してください」

 賭け句会という意表を突く場面から始まります。ある事情からアリバイを申し立てられないため、仕方なく真犯人を探し出しますが――結末にいたって点取俳諧の句が効果的に用いられています。
 

「旅の笈」新宮正春 ★★★☆☆
 ――大川端の百本杭に若い女の死体がひっかかっている、という知らせがはいった。足の方から岸辺に引き揚げられたほとけを見て、うっと息をのみ、後ずさりした。ほとけには、首がなかった。

 芭蕉が探偵役――ですが、ほとんど無茶苦茶な作品です。夜鷹ではなく生娘ではないかという推理場面がまったく活かされていない――どころか後半は風太郎ばりのとんでもチャンバラでした。どうせならもっとわやくちゃな方がよかったのに。
 

「囀りの しばらく前後なかりけり」塚本邦雄 ★★★★★
 ――夜鳴く小鳥の声がうるさいと託ち嘆き呪ったのは、太宰治『駆込み訴へ』のユダであったが、たとへ真昼間でも、小鳥の声は、耳につきだすと気になって、落ちつかないものだ。

 中村汀女の句をもとに書き起こされた物語。次の中井英夫作品ともども、編者の依頼でアサヒグラフ増刊『女流俳句の世界』に書き下ろされたもの。これは塚本邦雄の小説作品のなかでも傑作の部類に入るのではないでしょうか。この句がこんな怖い物語になるとは……。
 

「目をとぢて……」中井英夫 ★★★★☆
 ――水沢香奈江はひどい胸騒ぎに襲われていた。北軽の別荘に籠って調べ物をしている筈の夫・弘史に、どうしても電話がかからないのだ。

 同じく中村汀女の句をもとにした作品。中井英夫ってこんなのも書くんだ!?とちょっとびっくりするような作品でした。
 

「死の肖像」勝目梓 ★★★☆☆
 ――菜の花や月は東に日は西に。よく知られている与謝蕪村の句である。この句が殺人現場に、何かのメッセージのようにして、血文字で書き遺されていたのである。

 自身も俳句をたしなむ著者による書き下ろし作品は――何と、いちばんミステリ度の高い作品でした。ダイイング・メッセージもの。まあ必然性とかはあれですが。図らずもなのかどうか、一茶や芭蕉は探偵役として本書に登場していましたが、忘れちゃならぬとばかりに本篇には蕪村の句が登場します。
 

「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」久保田万太郎、「乳母車夏の怒濤によこむきに」橋本多佳子、「ひんやりと人の影ゆく雛の家」酒井弘司、「蝶墜ちて大音響の結氷期」富沢赤黄男、「雉子の眸のかうかうとして売られけり」加藤楸邨、「雪嶺の裏側まつかかもしれぬ」今瀬剛一、「水に入るごとくに蚊帳をくぐりけり」三好達治、「身じろぎも許さぬ月の真葛原」福田甲子雄、「血のうすくなるまで遊び椿山」手塚美佐、「ゆめたがへくわんおん雀隠れかな」加藤三七子、「身のどこか笑ふておりぬ枯芒」、「冬の虹呼ばれしごとく振りかへる」横山房子、「マツチの火ふつと見えたる桜の夜」花谷和子、「蛇の艶見てより堅き乳房もつ」河野多希女、「日毎の庖丁 夜毎の殺意」上野千鶴子、「冬晴に応ふるはみな白きもの」後藤比奈夫、「十二月八日かがみて恥骨あり」熊谷愛子、「落蝉の仰向くは空深きゆゑ」宮坂静生、「あぢさゐの色をあつめて虚空とす」岡井省二、「山大いに笑ひて風を起しけり」松崎鉄之介、「花や花びら静けさの小学校」長谷川久々子、「吹き流る落花を淡き絹とみし」小川濤美子、「国境が蛇の衣なら一列に」堀本吟、「産卵のはげしき雪の帝都かな」江里昭彦、「らふそくに月暗がりの生まれけり」石井みや、「音楽漂う岸侵しゆく蛇の飢」赤尾兜子、「満開の森の陰部の鰓呼吸」八木三日女、「ちるさくら海あをければ海にちる」高屋窓秋、「いつせいに柱の燃ゆる都かな」三橋敏雄、「初花を木の吐く息と思ひけり」本宮鼎三、「枕絵といふ菜の花のごときもの」榎本好宏、「肉体のいづこを押せば梅の花」清水径子、「こんなにもさびしいと知る立泳ぎ」大牧宏、「向日葵の泣くとせば号泣ならむ」檜紀代、「冬に入りもつとも欲しきもの嘴」宗田安正、「赤子いま立てり地球よ動くなよ」出口善子、「薄氷の底はながれて虚空なり」杉本雷造、「瓢箪が夜遊び覚えはじめけり」山尾玉藻、「三月の甘納豆のうふふふふ」坪内稔典、「ぜんまいののの字ばかりの寂光土」川端茅舎、「宙に在る老人とそのかたつむり」鳴戸奈菜、「芒挿す光年といふ美しき距離」奥坂まや、「種袋よりこぼれたる常闇よ」久保純夫、「炎天を行くやうしろは死者ばかり」石塚友二、「佛壇のなかを通つて月山へ」西川徹郎、「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」山口誓子

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