『グランド・ブルテーシュ奇譚』オノレ・ド・バルザック/宮下志朗訳(光文社古典新訳文庫)

「グランド・ブルテーシュ奇譚」(La Grande Bretèche,Honoré de Balzac,1832)★★★★☆
 ――「ルニョーと申します。ヴァンドームで公証人をしております。失礼ですが、グランド・ブルテーシュの庭に散歩に行かれるのは、りっぱな犯罪ですぞ……」メレ伯爵夫人は、なぜそのような奇妙な遺言を遺したのだろう……。

 今のホラーやミステリの「型」であれば、男の顔を見せずに、どっちとも取れるような終わらせ方をするところだろうけれど、バルザックは男の顔を、それも限られた小窓から一瞬だけ見せるので、残酷さが際立っています。
 

「ことづて」(Le Message,1832)★★★☆☆
 ――わたしはその青年の願いにしたがい、彼の恋人をおとずれ、その死を伝えた。

 鹿島茂の『馬車が買いたい!』を読んだあとだと、馬車の描写ばかりが気になってしかたがない。「わたしの話を聞いた青年とその恋人が恐怖心にとらえられて」抱き合うような話が書きたかったそうですが、そういう意味でしたか。というか「喜び」って! 安心してのろけられる悲恋ネタってところでしょうか。
 

「ファチーノ・カーネ」(Facino Cane,1836)★★★★☆
 ――盲目の老人は〈総督〉と呼ばれていた。「貴族の出だからね、総督にだって、なれたかもしれない」「では、どうして財産を失ってしまったんですか?」「ビアンカという娘に惚れてしまったのだよ……」

 おじいちゃんのお伽噺。
 

「マダム・フィルミアーニ」(Madame Firmiani,1832)★★★★☆
 ――甥っ子のオクターヴが破産したことを聞いて、ド・ブルボンヌ氏の怒りはさらに大きくなった。フィルミアーニ夫人とかいう女性のために湯水のように金を使ったあげく、生活のため家庭教師にまで落ちぶれてしまって、ひたすら伯父の財産が転がりこむのを待っているという。

 冒頭には、さまざまなタイプの人から見たフィルミアーニ夫人についてのコメントが記されています。そうやって少しずつフィルミアーニ夫人の肖像が明らかになっていってもよかったのに。ドキュメンタリーみたいで面白い構成。
 

「書籍業の現状について」(De l'état actual de la librairie)★★★★☆

 書籍業の現状と批評。

 「書籍商は、買おうとする原稿を読んではならない」「よいタイトルこそ本を売る秘訣だ」「書籍商が著作を構想し、これを注文することが必要だ。彼らこそが読者の需要を知っているのだから」

 「山っ気から出版を始めても、実際に書物を作っている人たちに代金を支払う一年前には、売上金を手にできるという安易さから、無分別な連中が業界に参入してこのような取引を繰り返すことになったのである。彼らは豪語する――出版業では、おいしい取引は五回に一回ぐらいしかないものと見ておく必要があるが、その儲けで他の四回分の損失をカバーできるのだと。」

 二百年前からどんだけ進歩がないんだ(^_^;

 出版社・取次・小売があるのは、スムーズな流通のためだというのが現在ならわかるけれど。
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