今回の特集はスチームパンク(の最近の動向)。スチームパンクといってもだいぶ様変わりしているらしく、ちょっとでもアナクロニズムのファンタジーならすべてスチームパンクという勢いです。
「ハノーヴァーの修復」ジェフ・ヴァンダーミア/石原未奈子訳(Fixing Hanover,Jeff Vandermeer,2008)★★☆☆☆
――海沿いの町でよそ者として暮らすぼくは、回収品の修復に従事しながら日々を送っていた(袖キャプションより)
予定調和の甘々作品。
「愚者の連鎖」ジェイ・レイク/小川隆訳(Chain of Fools,Jay Lake,2008)★☆☆☆☆
――天空にそびえる巨大な歯車が動力の世界。女性船長は鎖海賊に自分の船を狙われてしまい……(袖キャプションより)
ロマンス小説。
「もうひとつの十九世紀 つきせぬスチームパンクの魅力」ネイダー・エルヘフナウ/小川隆訳(of Alternate Nineteeth Centuries... the Enduring Appeal of Steempunk,Nader Elhefnawy,2009)
――歴史的に正しいかどうかに関係なく、たいせつなのはアイディアに読者の心に共鳴するものがあるかどうかだ。これはそれ以前の時代と比べ、十九世紀末への回帰であれば、現代の基本的便利さを放棄しなければならないわけではない、という点にもあるようだ。
この評論を、今月号掲載の小説作品と重ねることができるかというと……?
「タングルフット ぜんまい仕掛けの世紀」シェリー・プリースト/小川隆・宋美沙訳(Tanglefoot (A Story of the Clockwork Century),Cherie Priest,2008)★★☆☆☆
――老博士の助手として病院の地下に暮らすぼくは、歯車やボルトで新しい友達を作ろうとする……(袖キャプションより)
スチームパンクどうこう以前に、幼稚な作品ばかりで、どうにかしてほしい。
「砕けたティーカップ」ジョージ・マン/松井里弥訳(The Shattered Teacup,George Mann,2008)★★☆☆☆
――殺された男のそばでは、真鍮でできた歯車じかけの梟がさびしくさえずっていた……(袖キャプションより)
シリーズのファン向けかな。
「コルセット宣言」キャサリン・ケイシー/黒沢由美訳(A Corset Manifest,Katherine Cassey,2009)
――当時の女たちは美しさのために肋骨をいためたが、いまはコルセットの紐も好きな強さで締めればいい。息を飲む冒険に備え、しっかりと息ができるように。
これは嘘だよねえ(^_^;、コスプレが好きなだけで、それをあとから理論武装しているだけで。嘘というか、洒落ですな。
「スチームパンクのサウンドトラックって何?」ブライアン・スラタリー/小川隆訳(What's the Soundtrack of Steempunk?,Brian Slattery,2009)
――ある美意識を共有するムーヴメントは、固有のサウンドトラックをもっている――あるいは、もつべきだ。
「小説」のスチームパンクは19世紀でしたが、「音楽」のスチームパンクは1920〜30年代と1980年代。もはや何でもあり。
「SFまで100000光年 81」水玉螢之丞
「SF Magazine Gallery II(12)」加藤直之「時の塔6」
「MEDIA SHOW CASE」「SF BOOK SCOPE」
◆『伊藤計劃記録』、リチャード・マシスン『運命のボタン』、ジャック・ロンドン『赤死病』、『山田野理夫 東北怪談全集』、『機械仕掛けの歌姫』など。〈20世紀イギリス小説個性派セレクション〉の第一弾マーガニータ・ラスキ『ヴィクトリア朝の寝椅子』はおすすめ。
「夜空に偽の星がまたたくように」椎名誠《復活!椎名誠のニュートラル・コーナー19》
よほど「アバター」(の技術)に感動したんだろうなあ。フィルムとスクリーンの話をえんえんと(^^。
『零號琴(5)』飛浩隆
『天国と地獄との狭間(9)』小林泰三
「収容所群島」樺山三英
――いないはずの余分な人間であるぼくは、囚人であることを学ぶ。
今回はソルジェーツィン『収容所群島』。読まなきゃいけない本がどんどん増えてゆく。
「サはサイエンスのサ 181 電子本2」鹿野司
「SENSE OF REALITY」
「地球は黒かった」金子隆一・「ツイッターの正体とはいったい?」香山リカ
「MAGAZINE REVIEW」〈F&SF〉誌《2009.10/11〜209.12》橋本輝幸
ルーシャス・シェパード「ハロウィン・タウン(Halloween Town)」、キャロル・エムシュウィラー「論理主義者(Logicist)」が掲載されてるそうです。
「デッド・フューチャーRemix(89)」永瀬唯
今回は「アバター」についての独自の見解。
「おまかせ!レスキュー Vol.144」横山えいじ
「文字のないSF――イスフェークを探して」高槻真樹
――SFってなァ、結局のところ絵だねェ。SFファンならこの言葉を知らない者はほとんどいないだろう。SFにとって絵とは何か。活字と絵はどちらがよりSF的なのか。SF表現において活字と絵はどのような役割分担をしているのか。活字をどんどん減らしていった場合、絵はどこまでSFであり続けられるのか。絵単体でSF表現を成立させることは可能なのか。「文字のないSF」。そんなものはあり得るのだろうか。
日本SF評論賞・選考委員特別賞受賞作。野田昌宏の発言をきっかけに「文字のないSF」の可能性がさぐられてゆきます。野田発言の扱いが中途半端ですよね。。。いっそ完全に無視しちゃえばよかったのに。「絵」と「文字のない」はイコールではないと思うのですが、そこらへんが最後までしっくりきませんでした。「絵SF」ではなく「文字のないSF」論としては秀逸です。主にシュルレアリスム絵画と絵本が取り上げられていて、これらをSFという切り口から論じているのがまず新鮮でした。
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