『西鶴諸国ばなし』『本朝二十不孝』『男色大鑑』を収録。
『西鶴諸国ばなし』はタイトルからもうかがえるように、諸国の説話集。
「公事は破らずに勝つ」★★★☆☆
――太鼓の貸し出しを渋った東大寺に対し、興福寺が仕返しをしたところ……。
いかにも日本的な責任論で、今読むと、頓知がスマートというより、何だかもうシステムの欠陥を笑ったブラック・ユーモアみたいな話に見えてきます。
「見せぬ所は女大工」★★★★☆
――女大工を雇っているのは、女部屋の修理に重宝するからだ。天井から「四つ手の女、顔は乙御前の黒きがごとし。腰うすびらたく、腹這ひにして」奥さまの寝ているところに降りて来たので、取り壊してほしいと依頼され……。
怪異の描写が具体的で、想像するとものすごく不気味なんですが、真相を読むと「ああ、なるほど」とうなずけます。定番の奇談ですね。西鶴は二つの話をくっつける手際はあんまり上手くありません。
「大晦日はあはぬ算用」★★★☆☆
――借金ばかりして平気な男が、女房の兄である医者に無心したところ、「貧病の妙薬、金用丸、よろずによし」と金子を包んでくれた。これは巧いと仲間を呼んで宴会を始めたが、気づくと小判が一枚足りない。
プライドの持って行き方が間違っている人たちの話。
「傘の御託宣」★★★☆☆
――観音の貸し傘といって、急な雨や雪のためにと、毎年ある人が寺に吊るしておく傘がある。風が吹いてその傘が飛んでいった場所には、傘というものを見たことのない人たちばかり。
後半は有名な艶笑譚です。二つの話をむりやりくっつけたみたいな書き方がこの作品集にはけっこうあるのですが、これは「諸国ばなし」を意識して、冒頭で地方の特色を紹介しているのでしょうか。
「不思議のあし音」★★★☆☆
――足音を聞いて運勢を占うことができる人に、余興に占ってもらったところ、ぴたりと当たる。外を歩いているのがどんな人なのか、足音だけで当てさせ、外をうかがうと占いとは違ったが……。
いじわるクイズみたいな真相です。通りすがりの当人が、聞かれてもいないのに真相を「ひとりごと」してしまうのはご愛敬。
「雲中の腕押」★★★☆☆
――短斎坊という木喰がいて、百余歳であった。あるとき年とった法師がやってきて、自分は常陸房海尊だという。
神々の喧嘩みたいで壮大さに笑える。
「狐四天王」★★★★☆
――門兵衛が石を投げて狐を殺してしまった。その後、息子の門右衛門が留守のときに、狐が門右衛門に化けて女房の不義を責め、間男に化けた狐たちを証拠にして、頭を剃らせた。さらに門兵衛の親のところに……。
あらすじだけならコピー人間の出てくるホラー・サスペンスです。狐だからおもろかしくなってるけど。
「姿の飛び乗物」★★★★☆
――山の中に女乗物が現れ、中に美しい女が乗っていた。何を聞いても埒があかないので、翌日里に運んでやろうとしたところ、すでに山から消えて一里離れた場所に現れていた。女を襲おうとした者たちは、病に倒れたという……。
巻の二は怪談っぽいのが多い。次々と場所を変えて現れるうえに、中に乗っているのも女だったり翁だったり、何だかUFOや都市伝説っぽいではありませんか。
「十二人の俄坊主」★★★☆☆
――海上で宴をもよおしている最中、殿様がふざけて小姓に武士を海に突き落とさせた。あっさり落ちてしまったのを不審に思って問いただしたところ、「殿の小姓に怪我でもさせてはいけないゆえ。しかし代わりに印をつけておきました」というので見たところ、小姓の着物に刀でつけた穴が空いていた。
前半が武士の誉れ、後半が大蛇の襲来。大蛇と戦うのが前半の武士ではなく殿様なので、むりやり話をくっつけた感がつきまといます。しかも殿様、中途半端……。巻き添えの舟の十二人こそ可哀相。
「水筋の抜け道」★★★★☆
――越後屋で奉公していた美しい娘が、若い男と恋仲になった。それを見つけた越後屋の女房が、ふしだらだと怒って娘の顔に火箸を押しつけた。娘は絶望して海に身を投げた。十日ばかり後、遠くの浜で仏があがっているという。奉公娘に間違いない。若狭から奈良まで水脈があるという伝説は本当だったのだ……。
どうでもいい観光案内が挟まっているようにも思えてしまいますが、水脈のことがタイトルになっているところを見ると、これも「奇談」扱いなのかな。娘はせっかく供養されたというのに、この後しっかり復讐を遂げます。
「残る物とて金の鍋」★★★★☆
――帰り道を急ぐ途中、老人に行き会っておぶっていくはめになった。ところが何の重さも感じない。しばらく行くと休憩しようと言って、老人が息を吹くと、酒や肴、酌女まで現れた。人の言うところによれば、これは生馬仙人という者だという。
マトリョーシカ(^_^)。
「夢路の風車」★★★☆☆
――男が寝ているところ、夢のなかに女が現れて、自分たちはつきまとっていた男に殺されて、埋められていると告げた。柳を目印にしておくので、恨みを晴らして欲しい……。
隠れ里と、亡霊の夢告げをくっつけたもの。最後は風車に乗って故郷に帰ってくるのがタイトルの由来。
「男地蔵」★★★☆☆
――幼い娘を集めて玩具を作って一緒に無邪気に遊ぶ男がいた。父母も重宝して、仏のようだと噂した。ところが美しい娘をさらってしばらく遊んでから返していたことが判明、これまでばれなかったとは、さすが京都は鷹揚なことだ。
ふつうに犯罪なんですが、西鶴さんも鷹揚だよ。。。
「神鳴の病中」★★★☆☆
――父親が残した家宝の刀を兄弟で争っていたが、結局は兄が手に入れて鑑定してもらったところ、無銘のなまくらであった。かつて父親がかっとなって男を斬りつけたのだが、なまくらだったため相手は傷一つ負わず、それを記念して家宝にしたのであった。ところでその事件のきっかけとなったのは干魃の際の水争いであった。雷様が女遊びが過ぎて腎臓を壊しておしっこが出なくなったため、地上に雨が降らなくなったのだそうである。
相変わらず関係ない話を二つくっつけてます。ていうか、おしっこですか。。。
「蚤の籠抜け」★★★☆☆
――盗人に入られた浪人が目を覚まし斬りつけたので、盗人は何も盗らずに逃げ出した。同じ夜、紺屋に夜盗が入った。浪人の家の門に血が流れていたため、詮議の結果牢に入れられてしまう。牢のなかではさまざまな暇つぶしをしているなかに、蚤に芸を仕込んでいるものがいた。やがて片耳のない男が、そのわけを話し始めると……。
ここから巻三。誰が誰だかわかりません。蚤の男は話に無関係か? 自分のことはともかく、人殺しまで助けちゃうところが、やっぱりプライドの持ち方が間違っているよなあ。
「面影の焼残り」★★★☆☆
――大切に育てていた一人娘が死んでしまった。野辺送りをして翌早朝に焼場に向かうと、死人が倒れている。何者かと見れば、髪や頭は焼けていても風情は変わらぬ娘であった。薬を飲ませても甦らないので占者を呼んで看せたところ、供養の用意をしてあるからいけないのだという。位牌などを取っ払ったところ、娘は息を吹き返し、尼になったということである。
早すぎた埋葬もの……というのは、当然といえば当然のことながらたいていは土葬の話なのですが、なんと本篇は火葬です。無茶だろ。。。
「お霜月の作り髭」★★★☆☆
――酒を覚えた坊主が門徒たちと飲んでいると、婚礼を明日に控えた若者が隣で寝入っていた。坊主たちは面白がって墨で若者の顔に髭やら何やら落書きして真っ黒にしてしまった。気づかずに婚礼に出た若者は、そこで初めていたずらを知り、激怒。舅は恥をそそぐために両家ともどもに刺し違える覚悟だったが、命は一つ、粗末にはせず、坊主どもに髭を描いて謝らせることで落着した。
髭だけならともかく、真っ黒って……(^_^;。本人も気づこうよ。
「紫女」★★★★☆
――仏の道に思い入れ、妻をも持たぬ武士がいた。あるときやさしい声で「伊織さま」と名を呼ぶ。見れば紫の着物を重ねて髪を垂らした美しい女がいた。途端に夢のようになって、男がその女と契ったところ、二十日もしないうちに痩せおとろえてきた。薬師の言うには「それは紫女といって、人の血を吸い命を奪う」と。
おお、これは珍しいジャパニーズ吸血鬼。わたしが読んできたかぎりでは、この手の日本の怪談のパターンでは血ではなく「精気を吸う」が多かった気がします。
「行末の宝舟」★★★★☆
――薄い氷を渡ろうとして沈んでしまった男がいた。その年の七月七日、沖から光り輝く船が現れ、そこに男もいた。竜王の都に流されて、使用人になったのだという。乗組員には頭が魚の尾や螺のものもいる。帰り際に、「竜宮の女の淫乱ぶりをみんなに見せたいものだ」というと、ついて行きたがったものが何人もいた。それから十年経ったが、ついて行ったものは二度と戻って来なかった。
これは『諸国ばなし』には珍しく、「人間は危険なことを敢えてしてしまうものだ」というテーマが前半の氷渡りと後半の竜宮行きに一致していて、前後のつながりも自然でした。
「八畳敷の蓮の葉」★★★☆☆
――蛇が木にのぼってそのまま昇天した。その跡が大きな池のようになっていて、龍が昇天したと騒いでいた。だが大きなことなどいくらでもある。昔和尚が信長公に大きな蓮の葉の話をしたところ、信長公がお笑いになった。別室で涙を流す和尚を見た人が、笑われて悔しかったのかと尋ねると、天下を取る人には八畳敷の蓮の葉もちっぽけなものだとわかり感激したのだと答えた。
……ということは、大きなもの自慢のトップは信長の野望。。。
「因果の抜け穴」★★★☆☆
――兄が斬られた。弟は息子とともに兄の仇討に出かけたが、見つかってしまった。逃げだしたものの、弟は抜け穴から頭から出したところで捕まってしまい、恥をかかせぬよう息子は親の首を切り落とす。復讐を誓うものの父の幽霊が出てきて前世の因縁なのだから諦めて出家せよと説く……。
「前世の因果」と「親殺しという因果」を掛けているのだろうか。なぁんか、最初っから最後まで、「さむらい」な話でした。
「形は昼のまね」★★★☆☆
――浄瑠璃の人形が、人間のように動き出した。合戦をして疲れたあとで水まで飲んでいる。人形同士が食い合う例は昔から伝えられているが、水を飲むとはおかしい――と翌日たしかめてみると、すべて狸のしわざだった。
ここから巻四。水を飲んでばれちゃうところが、愛嬌があって狸らしいです。
「忍び扇の長歌」★★★☆☆
――姫様と奉公人が情を通わせていたので、男を成敗し、姫にも自害を命じた。「不義あそばし候へば、御最後」。だが姫は、「男と女が互いにただ一人の相手を持つのを不義と言うのですか」と言って涙を流し、男を弔うために尼になった。
これはちょこちょこ出てくる武士道批判ということになるのでしょう。
「命に替ゆる鼻の先」★★★☆☆
――天狗が少女に化けて人間をからかいにやって来た。人間はなんとか追っ払おうとするものの、天狗は心を読んで攻撃をかわす。ところが檜物職人の工具の部品がはずれて天狗の鼻に大当たり。天狗は怒って火をつけようとする。
「驚くは三十七度」★★☆☆☆
――猟師の子どもが寝ている間に三十七度びくびく身体を震わせた。生き物を殺すのは罰当たりだと女房にいさめられて、たしかめるとその日は鳥を三十七羽射とめていたため、猟師も恐れて供養をした。
「夢に京より戻る」★★★★☆
――いい女が一人きりでふらふら歩きまわっているので、好き者かと男たちが噂する。一人の男が声をかけてみると、「藤の花は雨風さえいとうのに、ましてや人に折られるのがつらいので、取り返しているのです」と言って消えてしまった。ある人がいうには、寺の藤を京に移したところ藤の精が夢枕に現れたので寺に返したという伝説があるという。翌日寺に行ってみると、なるほど折られた藤がみんな元に戻っていた。
「力なしの大仏」★★☆☆☆
――大男なのに力なしなのを馬鹿にされた「大仏の孫七」が、生まれた我が子に幼いころから重いものを持たせて力持ちにする訓練をさせ、ついには牛一頭を軽々持ち上げるまでに育てましたとさ。
「鯉の散らし紋」★★★☆☆
――内助が鯉を可愛がっているうちに、人間ほどの大きさに成長した。やがて内助も嫁をもらうことになったが、漁に出ているうちに美しい女が留守宅の嫁に出て行けと脅しに来た。
魚が人間の子を口から生むというのもすごいのですが、それを描いた挿し絵がまたすごい。怪魚が河童を吐き出しているような……。
「挑灯に朝顔」★★☆☆☆
これは奇談でも怪談でもなく、風流についての話。
「恋の出見世」★★★★☆
――働き者だったため支店を持たせてもらった手代が、妻になる人を探していたところ、一人の浪人が「そなたの評判を聞いて娘を嫁がせたい」と言って実際に娘を連れてくると、自分は髪を切って法師から「遅い」とせかされたまま行方知れずになってしまった。
よんどころない事情があったのであろう実話っぽい話ではありますが、何せ作中では事情がまったく説明されないため、ずいぶんと不思議で謎めいた話になっています。
「楽しみの魚摩魚古《まこ》の手」★★★☆☆
――流円坊が遁世していると、入江から見慣れぬ生き物がやってきた。魚摩魚古《まこ》というものであった。これが薪や魚を運んで来てくれて、かゆいところに手が届く気の利きよう。これが今いう「孫の手」である。
由来譚というか、駄洒落のために生み出された生き物ですね。
「闇がりの手形」★★★★☆
――懸想したあばれ者に強姦された美女であったが、機転を利かせて相手の背中に鍋炭の手形を押しつけていたのだった。
むりやり因縁話にしちゃってますが、頓知譚です。
「執心の息筋」★★★★☆
――臨終の夫が後妻から「あなたの死後は髪を切って独り身で暮らす」という固い契りを聞いて、安心して後妻に財産を残して世を去った。だが三十五日も終わらぬうちに継子が死に、残り一人も病気になり、養生のためといって遠くにやられてしまった。息子は無念のうちに死んだ。その後、継子の幽霊が現れて、軒端より息を吹きかけると、継母の髪に火炎が燃えついて、跡形も残らず燃えてしまった。
因果応報はともかく、幽霊が息を吹きかけ継母の髪が燃える、最後のシーンの絵的な恐ろしさが忘れられない作品です。
「身を捨てて油壺」★★★★☆
――美しかったが夫が次々と怪死したため十八から後家のまま過ごし、やがて八十八には妖婆のような姿になってしまった。生活のために明神の燈明を盗んでいたが、不審に思った神主が見張っていると、恐ろしげな山姥が現れたので弓を射ると、老婆の細首が落ちた。首はそのまま火を吹き出し、天にあがった。その後も夜な夜な現れて、往来の人を驚かせた。肩を越されると三年以内に死ぬという。一里を飛ぶのも目にも留まらぬ速さだった。近づいたときに「油さし」というとたちまち消えるという。
不思議な話・怪しい話から、突如として妖怪の話になるぶっ飛んだセンスが素敵な一篇。
「銀が落としてある」★★☆☆☆
――紅茸のことを霊芝だと言ったら信じる男がいたので、「金を拾って商売すればいい」とからかってやった。ところが男は実際に金を拾おうと毎日毎日外を歩きまわった。男の正直に心を打たれた近所の人々は、金を出し合って拾わせてやった。やがて男は裕福になったということだ。
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日本古典文学全集 39 井原西鶴集2(旧全集)
新編日本古典文学全集 67 井原西鶴集2(新全集)