『Warrant for X(The Nursemaid Who Disappeared)』Phillip MacDonald,1938年。
名探偵アントニイ・ゲスリンもの。何かが起こるらしいことはわかっているのに、事件も犯人もわからない――つまり「X」に対する逮捕状、というわけです。
アメリカ人がロンドンをふらふらしているところから物語は始まります。そして青年はふと訪れた喫茶店で、二人の女性が怪しげな会話をしているのを盗み聞きしてしまいます。日常のなかに突然ファンタジーが現れたようなこうした冒頭部分は、本文中でも触れられているチェスタトンか、あるいはスティーヴンスンのよう。
ただしそこから先は、女性客がメモを忘れていったり、そのメモに手がかりが書かれてあったり、会う人ごとに新しい手がかりをもたらしてくれたり……とご都合主義の連続で、ご都合主義にもかかわらず試行錯誤や手がかり検証をいちいち繰り返してばかりなので少々退屈気味。
退屈しかけたところで、体格のいいおばさんのおかげで命を救われるというギャグが挟まれていて、しかもこの出来事をはじめとした犯人側の動きによって、犯人に迫る手がかりが手に入るというおまけつきです。
偶然とはいえ犯人側のミスにより論理的に犯人に近づいてゆくのが、倒叙ものを髣髴とさせて、この場面は本書の論理面の山場でした。
もう一つジャネット・マーチの正体に関する勘違いも、単純にして鮮やかで、これはまんまと騙されてしまいました。
さらにはアクションの山場まであって、怪我をしているアメリカ人が体を張って犯人を追跡します。だけどそんな展開でも、さりげない論理も忘れないのが可笑しなところです。このアメリカ人、全篇を通じてやたらと気が短いのですが、その気の短さがこんなところで生きてくるとは。本来であればタクシーは走り去ってしまうのに、アメリカ人がドライバーを殴り倒したおかげでタクシーは犯人のアジトの前に停車したままで、だからタクシーを見つけてゲスリンもアジトを発見できたという(見事なのかくだらないのかわからない)論理。
全体的にいってサスペンスなのだけれど、ときどきギャグや論理的な推理が挟まっていて、珍作、かな。
米国の劇作家ギャレットは自作公演でロンドンを訪れ、齢三十四にしてG・K・チェスタトンの最高傑作ともいうべき本に巡りあった。所在ない日曜の午後、チェスタトンに導かれてノッティング・ヒル界隈を逍遙した彼は、立ち寄った喫茶店で犯罪の謀議と思しき会話を耳にする。すわ一大事と会話の主を追うが尾行に失敗、事件の予兆を告げようにも取り合ってくれる相手が見つからず……。(カバー裏あらすじより)
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『Xに対する逮捕状』
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