「晩餐後の物語」(After Dinner Stories)★★☆☆☆
――とつぜん、みぞおちのあたりがふわっと軽くなったように思えた。エレベーターが落下し、マッケンジーはうしろへはね飛ばされた。閉じ込められた函にようやく救けが来たときには、乗客の一人が死んでいた。さっきまでは元気だったのに……。
前半こそ舞台も人間も都会的でありながら、後半になると死んだ青年の父親が関係者を集めて息子を殺した犯人を告発するという、神話だか民話みたいな大仰な話になってしまいます。そこにサスペンスを感じるというより、ちょっとしらけてしまうようなところがありました。
「遺贈」(Bequest)★★★★☆
――車のなかの女が口をきいた。「それであたしたち、逃げださなきゃならなかったのね」男は前方を見つめていた。「そうなんだ」「これからどうする気?」……やがてふたりは別れて、男は町へはいった。が、道の途中で二人組の男に車を乗っ取られてしまった。
どこかロマンチックな「さらばニューヨーク」のような出だしから、二人組の強盗の話にシフトする思いも寄らない展開が見どころです。オチのアイデアだけなら平凡な話なのですが、冒頭がウールリッチ節であるだけに意外性が増しています。
「階下《した》で待ってて」(Finger of Doom(Wait for Me Downstairs))★★★★☆
――ようやく、会社から出てくる彼女の姿がみえた。ぼくは結婚したら、女房に稼がせるようなまねはしない。「待った? 帰りにこの小包を届けなきゃいけないの。ここで待っててね。すぐにもどってくるわ」だがいつまで待ってももどってこない。管理人に言って開けてもらった部屋は空き部屋だった……。
アイリッシュ得意の失踪ものです。組織が絡んでいるせいで、大がかりな細工にも説得力があるというか、そのわりには仕事が雑すぎるというか、まああんまりこだわってはいけません。ピンの色というのは、けっこう秀逸な手がかりに思えるのですが、どうなんでしょう。刑事との友情がおしゃれです。
「金髪ごろし」(Blonde Beauty Slain)★★★☆☆
――運転手はタブロイド紙を手に運転席にもどった。後ろの人物は新聞の名前を見て不審そうな顔をあげた。「これはなんだ?」「タイムズはまだ出ていないそうなんです」
殺人事件の新聞記事を軸にしたオムニバスです。あるいは生きている喜びを噛みしめ、あるいは自分の将来におびえ、そしてあるいは……。これはきれいにきまっているのかどうか、よくわかりませんでした。
「射的の名手」(Dead Shot)★★★★☆
――クリップはサイン帳を手に飛び出して行った。「ラフィットさん、サインしてください」「はい、これでよくって?」アパートにもどると、クリップはサイン帳のあいだから、カーボン紙といっしょに挟んでおいた小切手を抜き出した。……後日、クリップは銀行の探偵に挟まれていた。「ラフィットさんが、告訴する前に会っておきたいそうだ」部屋に入ってきたラフィットがたずねた。「あなた、射撃の腕前は?」
事件に巻き込まれてしまった人間が自らの疑いを晴らそうとする――というのはアイリッシュのパターンの一つですが、本篇はそこにもう一ひねりしてあります。あまりにも事件の構造が明白に見えるだけに(そしてアイリッシュの作風を、読んでいるこちらが知っているだけに)秘書の態度がすぐれたミスディレクションとして機能していました。
「三文作家」(Penni-a-Wonder)★★★☆☆
――「部屋はしずかだろうね? ぼくは作家なんだ。あしたの朝までに、表紙の絵にあわせた作品を書きあげなきゃならんという羽目になってしまったんだ」
登場する作家のモデルがアイリッシュ自身かどうかはわかりませんが、作家の創作術がわかって興味深い作品です。アイリッシュが落とし話というのは意外な気もしますが、おしゃれなラストというのも落としどころだと考えると、けっこう多く書かれているかも。
「盛装した死体」(The Body of a Well-Dressed Woman)★★☆☆☆
――ヒューズの顔は蒼ざめていた。「待ってくれ。かならず払う……」受話器をおいて、女のアパートに立ち寄った。「あすの晩、パーティをひらこうと思うんだ。だれか呼んでおいてくれないか」……別居中の夫との外出に、〈彼女〉は着替えの最中だった。急に、呼び出しの電話がかかってきた。
コロンボ型の物語ですが、犯人を嵌める手際にさすがに無理がありすぎて全然スマートじゃありません。「盛装した死体」の趣向も、最後まで引っ張るにはちょっと弱いです。
「ヨシワラ殺人事件」(The Hunted)★★☆☆☆
――いきなりフスマがさらっとあいた。ブロンドの女がころげこむように、とびこんできた。麻酔剤を飲まされているらしい。「あなた。たすけて……目をさますと……殺されていましたの……それをみつけただけなのに」
これは日本が舞台でなければ翻訳されなかったであろう、絵に描いたようなパルプ・ストーリー。未訳の作品のなかにはきっとこんなのもけっこうごろごろしてるんだろうな。
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