『杉村顕道怪談全集 彩雨亭鬼談』杉村顕道(荒蝦夷)

『怪談十五夜
 

「白鷺の東庵」★★★★★
 ――幕末の頃の話ですが、東庵という医者が住んでいました。通り名を白鷺の先生とかいわれていて、それというのが、医者の本業よりも、囲碁の達人だったからです。黒石を持ったことがないのですね。ところがある年のこと。旅籠屋の子守娘に簡単にやっつけられてしまったんです。

 祟りや幽霊は祟られる側の罪の意識――という定石を奇をてらわずに描いた名篇。小賢しく心理的にごにょごにょ書かずに〈罪の意識=碁石〉という潔さが効果をあげています。
 

「草鞋の裏」★★★★☆
 ――山崎と岡村は同じ藩の出だった。ある日のこと。山崎の外出中に、「たのもう」と玄関先で微かな声がする。岡村が玄関に出て見ると、そこには山崎の父親が淋しく立っていた。「小父さんではありませんが。唯今足洗を持って来ますから、暫く御待ち下さい」と言って草鞋の紐を解こうとした時だった。長い道中を続けて来たはずの老人の草鞋の裏に、ちっとも泥がついていないではないか。

 これはジェントル・ゴースト・ストーリーなのですが、ジェントルななかにも「そこにあるべきものがない」という怖さを演出しているのが巧みです。
 

「豆腐のあんかけ」★★★☆☆
 ――私は百人一首《かるた》が好きなんです。大会が始まってからは、連夜かるた取りで夢中になります。その晩も遅くなってから帰りますと、家の方から村上爺さんがやって来るではありませんか。ところが声をかけても返事もせずにサッサと行ってしまいました。すると翌朝の食卓で、母親が「昨夜村上がやって来た夢を見た」と妙なことをいうじゃありませんか。昨夜村上は実際にやって来たはずなんですから。

 これは怪談としてはちょっとごちゃごちゃしていてすっきりしないのですが、怪異ではなくオチで落としてうまくまとまっているのが面白い作品でした。

 初めの二篇がよかっただけに思わぬ拾いものかと喜んでいたのですが、だんだんと取るに足らないありきたりの話が増えてきてしまいます。なかでは「兜鉢」と「隻眼の狐」が出色。
 

「兜鉢」★★★☆☆
 ――有名な洋画家の中泉が瀟洒なアトリエを建てました。土方の一人が妙なものを掘り出した。何だとお思いになりますか。兜なんですよ。中泉はこれを馬鹿に面白がって、丁寧に洗って鉢にしまして蘭を植えました。兜鉢は縁側の軒に釣るされて、有名な芸術家のやることらしくさすがに風雅です。ところがこの兜鉢が庭先にぶん投げられていることが何度も続きました。

 もしも映像化したならギャグにしかならないような、大時代的にもほどがある亡霊が登場しますが、蘭を植えた兜鉢が風流なだけに、全体としては面白い絵になっている作品でした。
 

「隻眼の狐」★★★☆☆
 ――幕末の頃です。庄内藩に浅川という侍がいて、その家に狐が棲んでいた。もう家族の一員のように可愛がられていたそうです。ある時浅川が上役と喧嘩をした。家に帰ると例によって狐が食物の催促をしている。腹の立っている時というのは仕方のないもので、狐がいやに癇癪に障って来た。真赤な火箸を投げると、狐の左眼にグッサリ刺さった。

 残酷な復讐の仕方にも愛嬌があるところが狸狐らしい。これも怪談というよりは落とし話みたいなことになっていますが、こういうのもときにはいい。
 

『杉雨亭鬼談 箱根から来た男』

 面白かったものや気になったもののみ記す。
 

「名鶉」★★★☆☆
 ――国一番の分限者といわれる縮緬屋も三代目の時には零落してしまった。首でも縊ろうかと思っていた矢先、見すぼらしい老婆が案内を乞うて来た。その晩から婆さんは居着いてしまった。「この小判で縮緬仕入れて、東に行きなされ。向こうは値の上がっている最中じゃ」

 これはひねり方が面白い作品です。駄目駄目な三代目はやっぱり駄目駄目だったので、せっかく仕入れた縮緬を売ることもできず、さらには勝負事(闘鶉)で金を手に入れようとする駄目っぷりなのですが、それを見越して一歩先んじた手を打つ回りくどさ。しかも結局は怪異というより頓知話のような成功譚で、怪談としてはかなりバランスが悪いのですが、頓知に意外性があって印象に残る作品でした。
 

「箱根から来た男」★★☆☆☆
 ――関東大震災にまつわる怪奇談は、沢山ある。弁護士の田崎は、仲間数人と箱根に出かけていた。留守宅は妻と女中の二人、地震の直後に、とり敢えず家を出た。すると、数日後、箱根にいっていた田崎が、血相変えてやって来た。地震とともに、倒壊した旅館の庭に飛び出し、無事だったものの、鉄橋が落ちて渡ることが出来なかったので、鉄路にぶら下がって漸っと辿り着いた。

 表題作なので期待していたのですが、例によって例のごとくの、ちょうど死んだ時刻に別の場所に現れた、のパターンでした。ただし単なるいい話には終わらずに、遺された人を宙ぶらりんに放ったまま物語を閉じる、最後の一文が異質といえば異質です。
 

「ウールの単衣を着た男」★★★★☆
 ――川松が初めてその男と会ったのは、新宿の寄席の末広亭だった。夏の盛りだというのに、黒っぽいウールの単衣を着て、熱心に落語を聞いていた。「やっぱり文楽はうまいですな」「うまいといえばうまいでしょうが、いつまでたっても渋味がかかりませんな」……十月に入って明治座に観劇に出かけたところ、偶然にも隣席に、例のウールの男がいたではないか。

 何らかの因果によって説明される怪異譚が多く収録されているなかで、本篇は理屈抜きの単なる〈怪異〉でしかないという点で異色作です。
 

『怪奇伝説 信州百物語』
 

『彩雨亭鬼談拾遺』
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