・パオロ・バチガルピ特集
「ギャンブラー」古沢嘉通訳(The Gambler,Paolo Bacigalupi,2008)★★★☆☆
――すでに絶滅している蝶から採取されたDNAが、連邦生物保存機講のミスで処分されてしまった。大渦潮のなかで、ぼくの書いたその記事は、針であけたような小さな穴にすぎない。結果的にぼくの給料は社員のなかで一番低い。父はギャンブラーだった。僭主がラオス新王国設立を宣言したとき、父は市民の不服従に軍配があがるほうに賭けた。
これはほとんど現代のマスコミの話そのもので、SFという形を活かしてどうこうという感じでもありません。たとえて言えば白黒テレビがカラーテレビに変化したとしてもテレビはテレビで変わらない程度に変わっていない未来。だから、(SFという)極端な形が取られることで現実の問題がクローズアップされるという効果もあまりなく、面白いんだけどでもなぜわざわざSF?……という違和感がつきまといました。
「砂と灰の人々」中原尚哉訳(The People of Sand and Slag,2004)★★★☆☆
――敵性の移動体だ! 俺は谷を見下ろした。もつれた毛の塊。四本脚。「バイオ物かな」「にしては手がないじゃん」とリサがつぶやく。「こいつはバイオ物じゃねえ。犬だ」とジャークがささやいた。科学がなかったら俺たち人間はどうなってただろう。ゾウムシ技術や、活性化細胞……。俺たち人間も昔はこの犬みたいだった。石を食べられないし、骨が折れたらおしまいだった。
今の世界とは価値観のまったく違う世界なので、もし感情移入するとしたら、今の世界の生き残りである犬に感情移入するしかないほどです。「ギャンブラー」とは違い、極端ゆえに、「当たり前」の存在が際立っていました。やや感傷的なところは変わりませんが。「昔、人間は犬を食用にしてた」という誤伝がいかにもそれっぽくて芸が細かいところです。
「読めない名前を持つ作家」パオロ・バチガルピ・インタビュウ(/石亀渉訳(The Author with the Unpronouceable Name)
――「遺伝子組み換え穀物の危険性についてはどうお考えですか?」「食糧需要への対処という問題に関するかぎり、解決策としては近視眼的だ、と感じざるを得ません」「短篇「カロリーマン」や「イエローカードマン」のような作品には、『ねじまき少女』のキャラクターや題材の原型が現れていますね?」「実は、『ねじまき少女』の着想が最初にあったんですよ」
かなり詳しい自己解説になっていました。インタビュアーが上手いのか、本人が真摯な人柄なのか。環境問題を扱った作風からすると、真面目すぎるというのが正解でしょうか。
・新海誠特集
「僕がSFでマンガでアニメで、おたくと呼ばれた頃(中篇)」長山靖生
「それまでSF作家は、極端にいえばSF愛読者の顔を思い浮かべながら作品を書いていた。(中略)ところがジャンルの拡張によって、作家と読者の乖離が進行した。こうした事態に伊藤典夫は危惧の念を抱いた。/伊藤は多くの作家をゲストとして呼ぶことを前提に、作家とファンが親しく交流できるSF大会を開催しようと呼びかけた。」という部分にひっかかりを覚えました。そういうのを「閉鎖的」とも呼ぶのでは?
さて「SFでマンガでアニメ」ですが、この連載記事を読むかぎりでは、他人に迷惑をかける分だけアニメおたくが鬱陶しい。もとより誰彼かまわず平気で自分の価値観を押しつける人、という印象。
・書評から気になったのは、アンソロジー『狼女物語』、ナボコフ『ローラのオリジナル』、文庫クセジュ『SF文学』
「世の中真っ暗闇でもいいじゃござんせんか。」椎名誠《復活!椎名誠のニュートラル・コーナー25》
「現代SF作家論シリーズ(5) フィリップ・K・ディック 存在の「黒い箱」と共感の地平」海老原隆
「MAGAZINE REVIEW」〈F&SF〉誌《2010.9/10〜2010.11/12》橋本輝幸
冒頭で紹介されていたケン・リュウ「言葉使い」(The Literomancer)が気になりました。老人カンは、テキサスから引っ越してきた少女リリーに、漢字が持つ意味や中国の伝承などを教えてくれた――だがリリーが口にした単語を聞くと、父親は血相を変えた。父親は諜報機関に所属しており……という内容。
「第6回日本SF評論賞 「玲音の予感――『serial experiments lain』の描く未来」関竜司」
・今月号は巻末の近況報告に、気になる作品紹介がありました。「著者(=田中啓文)を『ダジャレ作家』と捉えている人は《永見耕太郎の事件簿》シリーズを読むべきだと思う」(福井健太)、「W・G・ゼーバルト『カンポ・サント』(白水社)は、的を射たナボコフ論や、レムへの言及を含む文学エッセイなど、充実の一冊。ゼーバルトの紹介に興味を掻きたてられて、ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』(岩波現代文庫)を読んだら、こちらも素晴らしい傑作でした」(牧眞司)。
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